グルメ イン ア ラビリンス アンダー ザ グラウンド

綾部 響

グルメ イン ア ラビリンス アンダー ザ グラウンド

「メリルーッ! 敵の攻撃を引き付けてーっ!」


「りょーかーいっ! って、こいつ、すごく素早いよーっ!?」


「もうっ! じゃあ、セレナッ! 何とか奴の動きを食い止めてっ!」


「えー……私ですかー? ……解りましたー……頑張ってみま……へぶっ!」


「セッ、セレナッ!? 大変っ! メリル、セレナのフォローにっ!」


「わ、わかったよっ! ボクが相手してる間に、マーシャ姉はセレナをっ!」


 ここは最近新たに発見された地下迷宮ラビリンス。そして彼女達は盗掘を生業としている冒険者達だった。

 太古に隠された古墳と同じ位、新たに発見された地下迷宮には思いも依らないお宝がワンサカひしめいているのが定説なのだ。故に彼女達の様な冒険者は、危険も顧みずにその最深部へと向かう。他の誰よりも早くそこへと到達する為に……。


 だが当然の事ながら未踏破の地下迷宮には危険が満ち溢れている。未発動未解除のトラップや未発見未確認だったモンスターの登場。どの様な不測の事態が起こるのか、それはどれほど熟達した冒険者であっても予測不能な事柄であった。そして彼女達もその多分に漏れる事無く、今まで遭遇した事のない怪物モンスターに捕捉されてしまい苦戦を強いられていたのだった。


「ハラホレハラヒレー……お花畑が見えるですー……」


「セレナッ! セレナッ!? たーいへんっ! 早く回復呪紋ヒーリングを……って、あたしも魔力MPが無くなってたんだったっ!」


「マーシャ姉っ! ボクももう技量SPが無くなっちゃったよっ! どうしようっ!?」


 彼女達は思いも依らない程強い怪物と遭遇して、予想以上の苦戦を強いられていたのだった。業界では1、2を争う程の実力を持つ彼女達でさえてこずる様な怪物に襲われて、彼女達のパーティは崩壊寸前だと言えた。


「……もうっ! 仕方ないわねっ! こんな所で使うのは癪だけど、食事を摂るわよっ!」


「まってましたーっ!」


 マーシャの決断にメリルが歓喜の声を上げて答えた。

 この世界には魔法や特殊技能と言った技術が発展し、それに伴いそれらを強化、回復させる食事が存在する。特別に育成された具材を使ったそれらの食事は、失われた生命力や魔力を回復させ、摂取した者の潜在能力を一時的に底上げする効力を持っているのだ。


「さぁ、セレナッ! これを飲んでっ!」


 マーシャはまず大きなダメージを負って気を失っているセレナの口に、小さなガラス瓶に入っているキラキラと光り輝く碧の液体を含ませた。


 ―――それこそは超希少魔法飲料、エリクシャー。


 超高級根野菜「マンドラゴラ」の希少部位だけを取り出しじっくりと煮詰める。信じられない程の甘みを有しているマンドラゴラを更に煮詰めれば、その甘味たるやこの世の物とは思えない程になる。しかも不思議な事に、甘さがくどくなく後味は爽やかなのだ。

 元が魔法植物なだけに、それだけでも十分な効力を有しているのだが、そこに更なる一手間が加えられる。

 超特級「キラービーの蜂蜜」が惜しげもなく加えられるのである。

 採取が困難なキラービーの蜂蜜は、舌もとろける甘さの他に滋養強壮効果を有している。1度飛び立てば数百キロを飛ぶことが出来るキラービーのローヤルゼリーは、古くから健康食品として伝説級に崇められていたのだ。それをマンドラゴラと併せる事で、即効性を助長する事が出来るのだった。ただどちらも効果が強力過ぎて、そのまま飲むと逆に体を壊しかねない。故に実際は随分と薄められているのだが、そもそも粘度が高いのでその方が飲みやすくなったのだった。


「……ん……うん……んん……」


 僅かに口へと含まされだけで即座に意識を取り戻したセレナは、喉を鳴らしてエリクシャーを飲み出した。まるで水を求めて砂漠を何時間も彷徨っていた旅人の様に、セレナは一心不乱にエリクシャーを飲み続ける。時折煌めく液体が彼女の口元より滴り落ち、星の様な輝きを地面へとばらまいていた。

 

「ふぃー……それじゃあ、あたしも魔力を回復させなくちゃね」


 そう言ってマーシャはエリクシャーの物とは形の違うガラス瓶を取り出し、開けた瓶の口にストローを突き刺して中の黄金色に輝く液体を飲み出した。


 ―――最高級魔法飲料「イエローメロンジュース」


 その名の通り、中身はメロンジュースである。しかし当然ながらメロンジュースである筈等無かった。

 使用されているのはこの世界でも最高級品である「イエローメロン」。このメロンは特に多くの魔力を含有しており、そのまま食べるだけでも枯渇した魔力を相当回復してくれる果物だ。糖度が高く、市場で出回る物の中でも最高に近い18%を大きく上回る23%を誇っており、ほんの少し口にしただけでもその甘さの虜になってしまう程だった。しかしこのイエローメロンは当然甘いだけではない。

 多くの水分を有し、キメの細かい食物繊維で構成された果肉は、それまで知るメロンの触感を大きく覆す威力を持っていた。まるで舌の上でとろける様な果肉を知ってしまうと、他のメロンなど食べる事が出来ないとまで言われる程超極上果物であるのだった。

 そのまま食べてもそれだけ評価の高いイエローメロンを、何の惜しげもなくミキサーにかけて濃密なジュースとするのだ、充分な水分を含んでいるために、他の液体を加える事無く見事なジュースとなったイエローメロンは摂取しやすく濃厚なだけに効果も抜群な「イエローメロンジュース」へと変貌を遂げるのだった。


「……ん……ん……ん……」


 喉を鳴らすマーシャの顔が紅潮して行き、恍惚とした表情を浮かべ始める。それと同時に彼女の身体から淡い光が輝きだし、まるでその飲み物が力を与えているかの様にも見えた。


「……ん……ふぅー……」


 全てを飲み干して、潤んだ瞳をメリルの方へと向けたマーシャは、先程より悪戦苦闘しているメリルを救援すべく魔法を唱えだした。


「大いなる炎の類聚るいじゅうっ! 火球乱舞サラマンダーボールっ!」


 怪物の方へと手を翳し呪文を完成させたマーシャの掌からは、複数の火球が出現して狙い違わず飛翔していった。怪物へと着弾した火球は小さな爆発を連続して起こし、途切れることなく連続で放たれる攻撃に怪物は怯み後退っていった。


「さっすがマーシャ姉っ! それじゃーボクもっ!」


 怪物の圧力から解放されたメリルが、自身のバックパックより丁寧に紙で包装された物体を取り出した。彼女がその包装を丁寧にはがすと、中からは厚めの肉を上下からパン生地で挟んだ食べ物が顔をのぞかせた。


 ―――A10ランク獣肉使用「ミートハンバーガー」


 見た目は庶民に愛されるベスト・オブ・ジャンクフード「ハンバーガー」である。だが当然その使用されている食材には大きな違いがあり、価格だけでゆうに十数倍する超高価料理である。

 何と言ってもメインとなる、使用されているハンバーグには強力な魔力を有している「ベヒモスの肉」が使用されている。それもただのベヒモスではなく、特に強力な魔力と体力増強効果を持つ「キングベヒモスの肉」が使用されているのだ。凶悪で名高いキングベヒモスの肉は入手が困難であり、それだけでこの料理がどれ程高価かを窺い知る事が出来ると言う物であった。

 しかしベヒモス族の肉はそう言った魔力効果だけが魅力では無かった。人間が飼育し、入手が比較的容易な家畜の肉を遥かに凌駕する旨味を有していたのだった。

 このハンバーガーにはその「キングベヒモスの肉」の、特に旨味が乗った希少部位の内、更にその肉塊の中心部だけを使用しているという付加価値まで付いていた。どうしたって表面部は外気に晒されて乾燥し、旨味と共に肉汁をも失われてしまう。それでも十二分に美味であるのだが、このハンバーガーにはその肉塊の中心部を使う事によって旨味と肉汁を保持した状態の物を使用しているのだった。しかもそれをそのまま食すのではなく、携帯性の高いハンバーガーにしているのだからどれ程贅沢かは言うまでもないことだろう。

 その肉を挟んでいるバンズも普通の物ではない。生産者が丹精込めて無農薬で栽培した高級小麦を使用しているのだ。そのバンズが肉の旨味を吸い込んで、その味は到底比類なき物へと昇華しているのだった。

 そして魔力を帯びた肉類には、体力や攻撃力の向上が効果として期待出来る。更にベヒモス族の肉には失われた技量を回復する効果も持ち合わせているのだ。

 

 メリルは取り出した「ミートハンバーガー」を一口頬張った。驚く程に柔らかいバンズを噛み進めると、突然重厚な抵抗が歯の進行を塞ぐ。ベヒモスの肉で作られた肉に到達した事が即座にわかる触感なのだが、それはただ単に肉が固いという事ではない。表面が程よくカリカリに焼かれており、その僅かに固い表層を噛み進めると、そこからは閉じ込められていた肉汁がまるで一気に解放されるかのようにその旨味を纏って溢れ出してくるのだ。時間を置いてすっかり冷めてしまっているにも拘らず、その旨味と肉汁が損なわれる事など一切なく口の中を蹂躙して行った。


「ん―――っ!」


 その余りの美味しさに、思わずメリルは感嘆の声を漏らし動きを止めてしまった。しかし悲劇はその時訪れる事となる。


 ―――ブンッ!


 マーシャの攻撃を受けながらも、怪物はその長い尻尾を周囲へと振り回したのだ。そしてその闇雲な攻撃は、不幸にも僅かに足を止めたメリルの手元に直撃したのだった。

 

 ―――その時……メリルはまるで世界の時間が停まったかのように感じていた……。


 まるでスローモーションの様に自らの手から放り出された「ミートハンバーガー」は、美し過ぎる放物線を描きながらその構成を分解させ、2つのバンズと1つのハンバーグへと分離して地表目指して落下して行く。


「あ……あ―――っ!」


 ―――……ドシャッ!


 メリルの叫びと、ハンバーガーが地面に落ちたのは殆ど同時であった。メリルの突き出された右手が、虚しく空を掴んでいる。


「あーあ……メリル、おかわりは無いからね」


 ひたすら火球で攻撃を続けているマーシャが、無慈悲な宣告をメリルへと託した。


「ノ……ノ―――ッ!」


 頭を抱えてその場に膝をつくメリルを見つめて、マーシャは小さく溜息を吐いた。


「……もう……セレナ、あの娘は当分使い物にならないから、代わりに前衛をお願いね?」


 すっかり体力を回復させたセレナへとマーシャが指示を送る。


「はーい。まっかせてー」


 どこか気の抜けた返事をするセレナは、その言葉からは到底伺えない速さと力強さで怪物の前へと躍り出た。


 彼女達の戦いは、まだまだ続いて行くのだった……。

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グルメ イン ア ラビリンス アンダー ザ グラウンド 綾部 響 @Kyousan

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