第十七回 銃声(後編)

 白神山の麓にある、無人の荒れ寺に入ったのは、すっかり陽が沈んだ時分だった。

 雷蔵が待っていた。他にも数名の代官所下役や駆り出された百姓衆が控えている。また、手伝いの女に扮して、薊も控えていた。


「雷蔵。お前が賊共の居場所を突き止めたらしいな」


 利重が下馬し、嬉々として雷蔵に言った。


「殿……」


 それには流石に驚いたのか、雷蔵は一瞬だけ戸惑った後、片足をついて頭を下げた。


「そう固くなるな。清記に聞いたぞ。お前の手柄だ」

「何ほどの事もございませぬ。たかが、賊徒の根城一つです」


 利重が、雷蔵の腕を取り立ち上がらせた。その様子を眺め、清記はハッとして雷蔵の背後に回った。


(もしや、雷蔵は利重を斬る気では)


 その懸念を覚えたのだ。今の雷蔵は、我が子ながら、何をしでかすか知れたものではない。

 離れていた八十太夫も、いつの間には利重の側に立っていた。この男も、雷蔵の危うさに気付いたのだろう。


「昨年から、お前は手柄を立て続けに立てておる。それに報いねばならぬな」

「これも、平山の男としての役目でございます」

「嬉しい事を申すものだ。他の連中も見習わねばならぬ。して、雷蔵よ。岩窟に潜む敵の様子を教えてくれ」

「かしこまりました。それを攻める為の方策も考えております」

「聞こう。八太夫、軍議だ。皆を集めろ」


 雷蔵が利重から離れる。清記はホッとして、胸を撫で下ろした。

 本堂に、指図役が集まった。その円座の中に雷蔵がいる事が、妙な違和感を覚える。

 雷蔵が、山の絵図を持ち出して、語り始めた。

 賊徒が潜む岩窟は、山の中腹にある。出口は入口の一か所だけで、奥にはかなりの広さがあるらしい。そして賊徒は、日中は各々自由に動き、夜のなると戻ってくるそうだ。そうした情報は、この近辺に詳しい山人や百姓から聞いたという。


「奴らは、夜毎酒を飲んで深く眠っております。攻めるならば、朝方でしょう」

「で、どのように攻める?」

「火攻めです。暗いうちに、燃えるものを岩窟の入口に置いておきます。そして、火を付け煙で燻すのです。慌てて出て来た所を、殿の山筒隊で、一人ずつ……」


 一同が、声を挙げる。苦笑する者もいれば、膝を叩く者も。そうした反応を、利重は扇子を開く事で抑えた。


「中々、えげつない手だな」

「領民を苦しめた賊徒には、それ相応の死が必要と存じます」

「ふむ。平山、倅の献策をどう思う?」

「愚息にしては、中々の妙手かと。戦いの極意は、相手の意表を突く事。この火攻めはまさにそう。確実に仕留められましょう」


 それを聞き、利重は深く頷いた。


「よし。今夜のうちに準備をしてしまおう。明朝には、賊の首を城下に持ち帰るぞ」


 決定が下され、一同が平伏する。しかし、部屋の隅で控えていた八十太夫は、鋭い眼差しを、雷蔵に向けていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 岩窟の入口に、密かに枯れ枝や木材を並べた。特に燃えやすく油を含んだ杉の葉を仕込むよう、雷蔵が献策したようだ。

 それを聞き入れた利重は、


「容赦のない鬼子に育てたものだ」


 と、清記に耳打ちした。だが、頼りになるとも。

 払暁間際。岩窟前に手勢を伏せ終えた。後は、合図を待つだけである。

 賊徒は、深く眠り込んでいる。それは、薊が確認済だった。

 周囲の闇が、薄くなってきた。そろそろだろう。そう思った清記は、利重に目を向けた。利重は清記の意を察し、片手を挙げた。

 斉木が立ち上がる。手には火矢。弦を引き締める。そして、岩窟の入口に積み上げられた木材に向かって放った。

 木材は、すぐに燃え上がった。杉の葉が、勢いよく煙を上げている。

 煙の奥が騒がしくなった。燃え上がる炎を抜けて、人が咳込みながら出てくる。

 賊徒である。見るからに、その風体だった。すると銃声が響き、賊徒の身体が崩れ落ちた。

 それが開戦の合図になった。次々に銃声が響き、賊徒が崩れ落ちていく。狙い撃ちだった。山筒隊の腕にも驚かされるが、新式の火縄銃の威力も絶大だった。被弾すると肉が抉れ、弾けるのだ。

 死体が十を越えた時、利重はまた合図を出した。一斉に刀を抜く。抜刀隊の突入だった。

 薄暗闇の中、炎に照らされた闘争は、殺戮以外何物でもなかった。賊は抵抗らしい抵抗が出来ぬまま、殺されていく。

 掃討が完了するまで、四半刻。その様子を利重の側で眺めていた雷蔵は、冷たい笑みを口許に浮かべていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 建花寺村に戻ると、相賀が子飼いの役人を率いて駆け付けていた。

 利重に駆け寄り、その戦果を讃えている。遅いと思ったが、これが相賀という男だった。


「寝返ったのですね、彼は」


 その様子を眺めていた雷蔵が、清記の側に来て耳打ちした。

「仕えるべき主君に出会ったと言うべきだな。彼は、有能な主君の幕僚として活きる男だ。幼君を守り立てるような性質たちではない。それに利景公より水が合うようだ」


 そう説明しても、雷蔵の冷めた目線は変わらない。


「嫌いか?」

「いや。好きか嫌いか以前に、どうでもいい存在です。何度か手を貸しましたが」


 それから、祝宴だった。

 利重は完勝とも呼べる戦果に、満足気だった。死者も負傷者もいなかったのだ。

 利重だけでなく、兵達も高揚していた。おそらく、人を斬った事が影響しているのだろう。今の世の中で、刀を抜いた武士は一握りだ。

 翌朝、折角の機会だからと利重は内住郡を巡察して城下に戻ると言い出した。先導役は雷蔵で、利重の左右には清記と相賀がついた。八十太夫は、その後ろで控えている。全員が騎馬である。馬術が苦手な相賀には、斉木が轡を取っている。

 雷蔵が、順に巡る村々で説明をする。利重が要所要所で質問を投げかけるが、それにも滞りなく答えていた。


「内住郡の課題は何だ?」


 最後の村への途中で、利重が雷蔵に訊いた。


「教育です」


 そう断言した雷蔵に、清記は驚いた。それは清記も考えていた事だった。


「ほう」

「村々に寺子屋を設置すべきと思っておりますが、師匠となるべき人材がおりません。いや、これは内住に限ったものではないのかもしれませぬが」

「では、藩庁に何を望む?」

「寺小屋の師匠を為すお役目の創設です。藩が禄を与える事で、師匠は教育に専念出来ます。どうせ部屋住みなど人材は余っているのです。そうした者を活用すべきでしょう」

「何故、百姓に学問を?」

「国の根本は、民の質と愚考します」

「なるほど。先君も同じような事を申しておったわ」


 その時だった。

 銃声が轟いた。

 一発。そして、二発目で利重の白馬が倒れた。


「殿」


 八十太夫をはじめ、皆が利重を取り囲む。清記は雷蔵を目配せをした。

 雷蔵が銃声がした方へ飛び出していく。すかさず八十太夫と、兵の中から数名の若い武士が十数名続いた。おそらく逸死隊の面々だ。


「大事ない」


 利重が、ゆっくりと身を起こした。


「殿、お気を付け下さい」


 相賀がそう言ったが、利重は相賀を押し退けた。


「大事ないと申しておろう」

「しかし」

「馬が私の身代わりになってくれた」


 白馬は、頭部を撃ち抜かれ即死だった。


「一歩間違えば、私もこうなったかもしれぬな、平山」

「ええ。今、雷蔵と江上が刺客を追っております」


 利重が頷いた。自分が襲われても、動じる気配もない。肝の太さと大器を伺わせる。


「刺客は誰なのか、追わねばなるまいのう……」

「まずは城に戻られてからです」


 相賀が言った。


「刺客が賊徒ならば良いが」

「それは何故でしょうか?」

「……誰も悲しまずに済む」


 その先は、敢えて言わない。利重の口ぶりから、清記はそう感じた。

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