【番外編8・後】ジュリエッタ様の華麗なる孤児院改善計画


「まあアリア。それにユージィン様も、ごきげんよう」


 教会に到着して子供たちの様子見に行くと、旧孤児院の前に噂の人が立っていた。おんぼろな建物に不似合いなほど優雅に近づいて来る。今日もひっそり付き添っている無口な騎士様は、何かを悟ったように無表情だ。


「ジュリエッタ様、またお会いできて嬉しいです」

「表の教会のではなく孤児院の前とは、妙なところで会うな?」


 確かに孤児院の建物は教会の裏手、たまたま通りかかったとは考え難い位置にある。けれどジュリエッタはこともなげに頷いた。


「ええ、下見をしてきましたの」

「下見?」


 下見、下見って、何の下見でしょう?

 まったく話が見えてこないのでオウム返ししかできない。


「あら、まだお話していなかったかしら。ここで新しい服を仕立てる計画ですから、その場所の下見ですわ」

「服を」

「ここでか?」

「まあ、お二人とも息がぴったりで羨ましいこと」


 私とユージィン様の反応に、ジュリエッタ様がコロコロと笑った。


「……まさか孤児たちに、自分たちの服を自分で作らせようということか」

「さすが殿下、ご慧眼です」


 マジで?

 服を仕立てるのは、刺繍や小物作りとは違う。頑張ればやってやれないことはないだろうけれど、基本オーダーメイド形式で敷居が高いのだ。


「もちろん指導をしてくれる方は確保しました。場所は新しい孤児院の談話室を借りれば充分です。それに、年長の女の子はひととおりお裁縫ができるときいていますわ」


 ジュリエッタ様はしかし、自信満々で話を進める。


「布地も懇意の仕立屋から安価で譲ってもらう約束をとりつけましたし、あとはシスター・レオノーラを説得するだけです」


 さっすがジュリエッタ様、仕事がはやい。

 わずか数日でそこまで具体的に詰めてくるなんて、並大抵ではできません……あら、どっかの誰かさんのやり方によく似ていますわね?

 だけど当の誰かさんは私の隣でふむ、と腕を組んだ。


「俺がレオノーラ先生なら、まずは賃金や布代がどこから出るのか問いただすな」


 こちらももっともな突っ込みだ。だけど赤薔薇の君はびくともしなかった。


「ええ、そうでしょうね。初期費用については私が貸し出す形にいたします」

「貸す? 戻ってくるアテはあるのか?」

「仕立てができるようになれば、ここで造った服を他の孤児院に安価で提供いたします。量が作れるようになれば慈善バザーで売ることだってできるでしょう?」


 そう言うと、ジュリエッタ様は私の顔を見た。


「アリアは自分で作った小物を慈善バザーに寄付しているとか」

「はい……私のは完全に趣味の延長ですけど」

「まあ、謙遜するものではなくてよ。レオノーラ先生はとても助かっていると褒めていらっしゃったわ。私、それで今回の計画を思いついたの」


 なるほどぉ。

 私はただ作っては寄付をするだけで、子供たちに刺繍を教えようなんて考えなかった。もちろん子供たちが自分で利益を得るようにしようなんて、思いもつかなかった。

 いつどれくらい来るかわからない寄付を待つより、自分たちで服を作れるようになれば手に職もついて一石二鳥、孤児院で育った少女たちがこのさき生きていくための糧になる。


「しかしな、ジュリエッタ」


 すっかり心を動かされた私とは違い、ユージィン様はまだ慎重な声だ。


「服を仕立てるならば、まずは採寸が必要だろう。やみくもに仕立てた服をバザーで売るというのは無理がある。身体に合わない服を買う者などいないぞ」

「ええ……仰る通りです。ですからまずは見本の品を出して、バザーで注文を受けてから採寸、という形にしようかと考えているのですけれど……」


 ジュリエッタ様がわずかに言い淀んだ。

 服と言えば仕立屋に注文して、いちから採寸して仕立ててもらうものだ。

 だけどそもそも子供たちの服はお下がりが多いし、きっちり身体に合っていなくても、SMLくらいの標準サイズを取りそろえればいいのでは? 

 実際平成の世ではそれで事足りていたもの。


「あの……、バザーで売るのならサイズは厳密でなくても良いのではないでしょうか?」


 深く考えるよりも先に言葉が出た。


「どうせ子供はすぐ大きくなりますし、平均的な大きさのものをたくさん作れば良いと思います」


 そう続けると、ジュリエッタ様とユージィン様、さらにフリッツ様の視線が私に集中する。わあ、なんだこれ、圧がすごい……。


「……お前はまた、妙なことを」

「どういうことかしら、アリア」


 ぱっと思い浮かんだのは某衣料量販店だ。

 シンプルなデザイン、大量生産、大量販売。この世界には存在しないからこそやってみる価値がある……ような気がする。


「いくつかの大きさの型紙で、同じものをたくさん作れば良いと思うのです。お客様にはその中から自分の身体に一番近いものを買ってもらえれば――子供の服でしたら、少し大きめのものを買ってもすぐに成長して合うようになるでしょう?」


「……」

「……」

「……」


 あれ、ダメだった?

 やばい、ジュリエッタ様とユージィン様のみならず、フリッツ様までもが完全に珍獣でも眺める顔で私を見てるじゃん! 思いついたことをすぐ口にしてしまうクセ、学生時代に散々苦労したというのに……私ときたら全然進歩していない。


「あの、申し訳ありません、私……」


 もごもごと言い訳を並べようとした私の手を、ジュリエッタ様がぎゅっと握った。


「何を謝っているの、アリア。とても面白い思いつきだわ!」

「え?」

「そうだな、考え方は悪くない。そもそも市井の子供はたいてい古着を着ているんだ、多少サイズが合わないくらい気にしないだろう」

「同じものを数多く作るようにすれば、お裁縫の練習にも良いはずよ――ああ、こうしてはいられないわ。フリッツ、すぐに仕立屋へ行きます」


 振り返った赤薔薇の君に、護衛騎士フリッツ様は珍しく苦笑じみた表情を浮かべた。


「は……、しかし、シスター・レオノーラがお待ちでは?」


 おお、喋った!

 フリッツ様は寡黙だから、声を聴くのはものすごく久しぶりな気がします。


「あら……そうね、まずはレオノーラ先生だわ。早急に話を詰めなくては」


 ジュリエッタ様があまりに前のめりなので、かえって心配になってきた。


「あの、今のはほんの思いつきで、うまくいくかどうかわかりませんわ」

「当たり前でしょう。やってみなければどうなるかはわからない、でも、何もしなければ今のままよ」

「……はい」


 ああ、ジュリエッタ様、やっぱりめっちゃカッコいい!!

 優雅に、かつ意気揚々と歩き出したジュリエッタ様の背中を眺めてから、ユージィン様が呆れた顔でフリッツ様の背中に声をかける。


「おい」

「……は」


 王太子に声をかけられ、護衛騎士は立ち止まって振り返ると、ピシッと礼を取った。こんな時だというのに、生真面目は人なのだ。

 

「お前の主は商売人にでもなるつもりか?」

「は……、いえ、」

「あの調子じゃ、そのうち家を飛び出すかもしれん。今のうちにあれを止めなくていいのか?」

「ユージィン様!」


 ユージィン様ったら、完全に楽しんでいますね?

 ジュリエッタ様とフリッツ様はデリケートな問題を抱えているので慌てて遮ると、一呼吸だけ置いてフリッツ様が応えた。


「私はジュリエッタ様の護衛ですから」


 静かだけれど、きっぱりと意思を持った声。


「侯爵令嬢であろうが商売人であろうが、あの方をお護りすることに変わりはありません」


 そう言い置き、今度こそ歩き出した騎士様は、すぐに赤薔薇の君に追いついた。

 ジュリエッタ様は後ろを振り向かない。

 だけどおそらく、フリッツ様がすぐに来てくれると信じて歩いて行く。


「あの男……ついに吹っ切れたか?」

「ええ、ちょっとびっくりしました」

「だとしたらジュリエッタの粘り勝ちだな。まったく、女にしておくのは惜しい」


 あ、マジのトーンだ。

 これは我が国初の女宰相誕生も夢物語ではないかもしれませんわ。

 そうひとりごちていると、後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「アリアさまー!」


 ぽすん、と軽い衝撃に振り向くと、孤児院から駆けてきたセイラがスカートに抱きついて私を見上げる。


「いらっしゃい、アリアさま! 今日はお兄さんと一緒なのね」


 何度も孤児院を訪れているので、セイラはニコニコとユージィン様にも愛想を振りまいた。もちろん“お兄さん”の素性は、子供たちには秘密なのだ。

 ま、秘密にしなくてもこんなところに王子様がいるなんて子供たちは夢にも思わないと思いますけどね!


「こんにちは、セイラ。今日も元気ね?」

「はい、アリアさま! ねえねえ、今日もかくれんぼしてくれる?」


 うっ。

 どうしよう、ドレスを破いて怒られたばかりだからまずいのだけど、期待に満ちた顔で訊かれると断り難い!

 迷っていると、隣でユージィン様が背中を丸めてセイラを覗き込んだ。


「セイラ、今日は俺が相手をしてやろう」

「えー、お兄さん大きいし、隠れるところあるかなぁ」

「かくれんぼなら得意だぞ。俺ならドレスを破くこともないしな」

「え、ドレスを?」

「ユージィン様!」


 ユージィン様はちらりと私の顔を見ると、楽しそうに笑ってセイラの手を取った。


「ではセイラ、最初の鬼は引き受けてやるぞ」

「ホント?」


 手を繋がれて、セイラがわずかにはにかんだように訊き返す。


「二言はない」

「にごん?」

「ああ、そうだな……嘘はつかない、ということだ」

「やったあ! 早く行こう!」


 飛び上がって喜んでから、セイラが私のほうをおずおずと見上げる。


「えっと、じゃあ……、あのね、」

「なあに、セイラ」

「アリア様も、手を繋いでいい?」

「もちろんよ」


 差し出された手を握り、私たちは真新しい孤児院へと歩きはじめた。





(了)

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