【番外編8・前】ジュリエッタ様の華麗なる孤児院改善計画



 教会に到着して馬車を降りると、そこにアシュトリアで一番麗しい先客がいた。


「まあアリア、奇遇ね」

「ジュリエッタ様!」


 ああ、古びた教会を背景に背負ってもジュリエッタ様は華やかですわ! 

 やっぱ赤薔薇の君の二つ名は伊達じゃない。護衛騎士のフリッツ様を従えて艶然と微笑む姿は一幅の絵画のようだ。


「私たち、よくよく教会で縁があるようね」

「お会いできてとても嬉しいです、ジュリエッタ様」

「もしかしてアリアもシスター・レオノーラに御用かしら」

「はい、シスターは教会の普請と引っ越しの準備でお忙しいでしょうから、なにかお手伝いできればと思って」


 前々から進めていた教会の普請は一応ひと段落し、おんぼろ孤児院に押し込められていた子供たちは新しい孤児院へ引っ越し準備中だという。幼子も多いので、さぞかし大変だろうと今日は様子を見に来たのだ。

 だけどジュリエッタ様は、びっくりしたように目を見張った。


「手伝い? あなたが、教会で?」

「こちらには色々ご縁があるので、他人事とは思えなくて」


 もともとアルと一緒にバザーの手伝いもしていたし、今回の普請はユージィン様の寄付で実現したのだ。様子が気になって何度か足を運ぶうちに孤児院の子供たちともすっかり仲良くなった。


「……後学のために聞いておきたいわ。具体的にアリアはここで何をするのかしら」


 ジュリエッタ様はしかし、不思議そうに首を傾げている。確かに貴族の娘はあまり『引っ越しのお手伝い』なんてしませんものね。ここはひとつ慎重に、ご令嬢らしい返答をしなくては。


「いえあの……、せいぜいお掃除とか、小さい子供のお世話とか」

「お掃除と、子供の世話……?」


 噛みしめるように呟いたジュリエッタ様が、戸惑ったようにひとつふたつ瞬きをした。その背後でフリッツ様がわずかに口を開き、思い直したように真一文字に閉じる。

 ええもう、お手伝いというにはあまり戦力になっていないことは承知しています。アルがいればもう少し色々できるんだけどなあ……具体的には力仕事が中心に。


「従者を連れて来られたらもう少し役に立てるのですけど……」


 言い訳がましくそう付け加えると、ジュリエッタ様は何かを思い出したようにクスッと笑った。


「ああ、あの面白い従者さん、今日はいないのね。残念だわ」

「アルフォンソは私よりもずっと忙しいので」


 今日は大事な会合があるとかで、お父様が早朝にアルフォンソを連れて去ってしまった。有能で気の利く従者は大忙しなのである。


「と、いうことは、これから殿下がいらっしゃる予定があるのかしら」

「えっ」

「ふふ、図星?」

「お時間ができたら来るかもと仰ってはいましたけれど、たぶん無理だと思います」


 ユージィン様もこれまた超絶忙しいのだ。

 来られるかどうかはせいぜい五分五分、会いたいという気持ちはもちろんあるけど、無理はして欲しくない。

 『貴族のご令嬢』ってヒマなんだよねー、なんて考えていると教会の方から私の名を呼ぶかわいらしい声が聞こえた


「アリアさまー!」


 振り返ると、小柄な影が転げるように駆けてくる。


「いらっしゃいませ、アリアさま!!」


 ぱふっと抱きついてきたのはここの孤児のひとり、セイラという少女だ。まだ小さいのに働き者で素直な彼女は人なつっこく、私やアル、それからユージィン様ともすっかり仲よしなのである。


「こんにちは、セイラ。引っ越しはどう?」

「あのね、アリアさま」


 と、セイラはキラキラした目で私を見上げた。

 あんまり嬉しそうなので思わず中腰になって顔を寄せると、わくわくを抑えきれない様子で声をはずませる。


「あたしたち、一人ずつあたらしいベッドと毛布を使えるの! 夢みたいにすてきでしょう?」

「ホント? それはすごいわ、セイラ」


 前に見学に来たときには、ひとつのベッドに何人もの子供が並べられてうすーい毛布に無理矢理潜り込んでいたものね。あれでは寝返りをうつのも難しい……っていうかできない。


「それにね、ベッドは二階建てなの。あたしのベッドは下だけど……」

「あら、それは少し残念ね?」

「ううん、大きくなったら上のベッドが使えるし、とっても綺麗なベッドだから、それだけで嬉しいわ。ね、アリアさま、一緒に見にいきましょうよ!」


 セイラはとんでもない幸運に出会ったように話している。

 だけど小さなセイラはあいかわらずやせっぽっちだし、着古したスカートもエプロンも、布をあてることもできないくらいすり切れてどころどころ穴が空いていた。

 教会の孤児院は行き場を失った子供でいっぱいで、善意の寄付や慈善バザーの売り上げだけでは、食べさせるだけで精一杯なのだ。


「ええ、楽しみね。早く見たいのだけど……少しだけ待っていてくれる? こちらの方がシスター・レオノーラに御用があるのですって」

「え?」


 そう伝えると、セイラはようやく気付いたというようにジュリエッタ様のほうを見上げた。え、と声を漏らした唇のかたちのまま、ぽかんとしてしばらく固まる。

 ジュリエッタ様は、何故か大真面目な表情で、孤児院の少女の目をまっすぐに見ていた。


「あの……ええと、」

「ごきげんよう――はじめましてかしら?」

「ご、ごきげんようぅ……?」


 ジュリエッタ様の声と微笑に、セイラは顔を真っ赤にして私の影に隠れる。

 なるほど、ジュリエッタ様が麗しすぎて気後れしちゃったのね? 私も初めてお話したときは同じ気持ちだったからよくわかりますわ!

 思わず共感している間に、ジュリエッタ様が一歩踏み出して私とセーラに近づいた。


「かわいらしいお友達がいるのね、アリア。紹介していただける?」


『お友達を紹介』なんて、まるで舞踏会にでも来たみたいな台詞だ。だから私も、思わずそのつもりになって背筋を伸ばす。


「はい――この子はセイラ、教会の孤児院で暮らしています。セイラ、こちらはジュリエッタ様。私の憧れの方よ」

「じゅりえった、さま」


 おずおずとした呼びかけに、ジュリエッタ様は優しく微笑んだ。


「アリアとはお友達なの。それからシスター・レオノーラは私の先生だったのよ。よろしくね、セイラ」

「はい……あの、」

「なあに?」


 まだ半分ほど私に隠れたままのセイラをのぞき込むように、ジュリエッタ様が少し背中を丸める。


「……ジュリエッタさまって、もしかして、女神様ですか?」

「え?」

「だって、絵本のリューネア様にそっくりなんですもの」


 頬を桜色に染めたセイラの言葉に、赤薔薇の女神様は軽く目を見開いてみせてからそっと少女の頭を撫でた。


「ありがとう、女神様と間違えられるなんてこの上ない光栄だわ」

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