【番外編4・後】血は水よりも濃いと云う(アリア視点)


 案の定騎士たちの訓練場では大勢の騎士たちが整列して王女様を出迎えた。

 聞いた話ではユージィン様は時々騎士に混じって気軽に訓練をなさっているそうなので、この緊張感はやはりアシュトリアの王女への敬意と憧憬からきているのだろう。


「まあ、皆様ごきげんよう。馬上からのご挨拶、失礼いたしますわ」


 そう言って王女様が微笑めば、猛者揃いの騎士たちとて顔が緩むというものである。見事にゆっるゆるである。むしろ今日この時間、この場で訓練していた幸運に感謝しているかもしれない。


「悪いな。堅苦しい挨拶は必要無い。少しの間、妹が馬場を借りるぞ。皆は休憩するなり余所で訓練するなり、自由にしてくれ」


 ユージィン様がそう言い放つと、多くの騎士たちは当然のように休憩を選択した。

 うん、遠巻きにでもアシュトリアの天使の乗馬を見たいですよね、わかります。ほとんどの騎士は馬場に残り、王子様の引く馬に乗ってゆっくり巡る王女様を眺めている。

 その騎士たちのなかに、ふと覚えのある顔をみつけた。


 えーっと、どこで会ったんだっけ?


 気になってじっと眺めていると、栗色の髪の若い騎士は私の視線に気付き、一瞬ぎょっとした顔を見せて回れ右をした。


 え、今の、もしかして逃げられた? 

 私、なにかおかしなことをしたかしら。そもそもどうして見覚えがあるの? 王妃様の別荘を訪れた時の護衛にいたとか? それとも婚約発表のときの護衛のひとり? しばらく王宮に滞在していたからその間に何か迷惑をかけた可能性は、なきにしもあらずだ。


 何にせよ逃げられるなんてショックだな、と一瞬ヘコんだけれど、考えても仕方ない。今はエヴァンジェリン様だ。駆け足になって少し緊張気味に手綱を握る姿も可愛い……エヴァンジェリン様マジ天使(本日2回目)。


「あ、あのっ!」


 柵越しの王女様に見惚れていると、後ろから声をかけられた。

 完全に油断していたので、びっくりして振り返る。あ、たぶん今、相当な間抜け顔だったはず。いかんいかん、ポーカーフェイスを覚えろって、こういうところだよね……。


「えっ、はい?」


 さらに出てきた台詞もこれだもん。王太子の婚約者としてはダメだろう。

 だけど私よりも声をかけてきた騎士のほうがテンパっている様子なので、咄嗟にたてなおして背筋を伸ばす。

 さっき逃げていった見覚えのある騎士さんだ。その後ろにもう一人、浅黒い肌の騎士がきまり悪そうに立っている。うん、やっぱり二人とも見覚えがあるぞ?


「アリア様、わ、我々のことを覚えておいででしょうか」


 見覚えはありますわ。でもはっきりとは思い出せない。

 待てよ、『我々』ってことは、後ろの騎士と二人セットってことだよね?

 あ、あああ、思い出したぁ!


「あ、阿吽の」

「あうん?」

「いえ、こちらの話です」


 思い出した! 教会の入り口で会った、ジュリエッタ様の護衛の二人だ。

 扉の横に仁王像よろしく阿形と吽形みたいに立っていたから、『阿吽の騎士』。ギリギリ思い出しましたわ。


「もちろん、覚えていますわ。教会で一度お会いしまいしたよね?」

「はい。あの、その節は大変に、その」


 阿形くんは何故かしどろもどろになっている。ええと、あのとき何かあったかしら。確かジュリエッタ様が教会でシスターとお話をしていて、入り口のところで二人に止められたんだよね。


「あの時はアリア様のことを存じ上げず、大変失礼いたしました」


 言葉に詰まる阿形君を見るに見かねたのか、後ろから吽形くんが助け船を出した。彼のほうがだいぶ落ち着いてみえる。


「あら、失礼なんてありませんでしたわ。ジュリエッタ様の護衛は大事なお仕事でしょう? 慎重になるのは当然だと思います」

「しかし、まさか王子と婚約される方とは知らず……、あの、」

「無作法なふるまい、申し訳ありませんでした」


 おろおろし続けている阿形くんと大真面目な吽形くんが可笑しくて、私はぷっと吹き出した。いかんいかん笑うところじゃない、と口元を抑える。


「ご、ごめんなさい。でも、あのときは私だってこんなことになるとは思いませんでしたもの。お二人が知らないのは当たり前でしょう?」

「アリア様……、」

「だから、全然お気になさらず。どうぞこれからもお仕事、頑張ってくださいね」


 そしてできればジュリエッタ様によろしく。

 そんな精一杯の願いを込めてにっこりすると、ほっとしたような阿形くんの視線が一瞬泳いだのち、ぎこちなく笑顔が固まった。


「おい」


 同時に背後からユージィン様の声が飛んでくる。振り返ると、王子様とが柵の内側ぎりぎりに来て、私越しに阿吽の騎士たちを睨んでいた。その傍らで、馬に乗った王女様はにこにこ笑っている。笑っている――――、けど、なんか微妙な圧を感じるのは気のせいかしら?


「貴様ら、アリアと何を話している?」


 えっ、ユージィン様、口調が厳しいです。


「い、いえっ、僕――、じゃなくて、我々はアリア様にお詫びをしていただけであります!」

「詫び?」


 すうっと目が細められる。美形がすごむと怖いのでやめてあげてください、もう。


「ユージィン様、このお二人はジュリエッタ様の護衛を担当されていたのです」

「ジュリエッタ?」

「ええ。それで以前教会でお会いしましたの。その時のお話していました」


 ジュリエッタ様の名前のおかげか、王子様と王女様の圧がぐっと緩んだ。


「なるほど?」

「まあ、そうでしたの。お二人とも、お仕事ご苦労様です。これからもお願いいたしますね」


 エヴァンジェリン様がにっこり微笑むと、阿吽の騎士たちの表情がぱっと明るくなった。吽形くんはともかく、阿形くんなんかてきめんお花畑だもん、わっかりやすっ!


「あっ、ありがとうございます!」

「ご意向に沿えるよう、精進いたします!」


 ぴんと背筋を伸ばして礼をとると、二人は足取り軽く去って行く。

 あーあ、もう少し話をしてジュリエッタ様の近況とか聞き出したかったのになー。ひらひらっと手を振ってから王子様と王女様を振り返ると、柵越しにユージィン様のあきれ顔が私を捉えた。


「目を離すとすぐこれだ」

「ええ?」


 何の話かわからず首を傾げると、エヴァンジェリン様がクスクス笑う。


「お兄様はアリア様が他の殿方とお話をしていたので、やきもきしていましたのよ」


 は? 他の殿方って、阿吽の騎士がですか?

 ちょっと立ち話をしていただけなのですけど、それだけで?


「エヴァ、お前に俺のことが言えるのか? めざとくみつけて様子を見に行けと急かしたのはお前のほうだろう」

「あら、慌てて戻ってきたのはお兄様でしょう?」


 えー。

 なんだかんだでやっぱり兄妹だよね、この二人。若干ズレてる杞憂が過ぎると思うの。

 しかしこの状態を容認してはいけない。少なくともユージィン様はヤンデレの才能があるもの、こじらせたら面倒ですものね。


「それは私のことを信頼していないということでしょうか?」


 ふくれっ面をつくってそう言うと、ユージィン様は微かに狼狽して小さく首を振った。


「いや待て、そういうわけじゃない」

「あら、私が信頼していないのはお兄様ですわ。アリア様のことはもちろん、心から信頼しています」

「おい、エヴァ、お前な……」


 電光石火で梯子をはずすエヴァンジェリン様、さすがです。ここは良い機会だから追い打ちで釘を刺しておこうかな?


「もちろん、ユージィン様を敬愛しておりますけれど……、私にも大切にしたい人や、お話をしたい人はたくさんいます。それを許していただけないのは困りますわ」

「いや待て、そういうことじゃない。お前が誰と話そうと、当然の自由だ」

「今みたいにささいなことを気にされるようでは、とても信じられませんわ」


 じっと見据えると、王子様は降参というように両手を挙げた。


「わかったわかった、悪かった」

「本当にそう思っておられます?」

「もちろんだ。詫びの気持ちとして、晩餐のデザートにお前の好きなチョコレートケーキをオーダーしておく」

「まあ、チョコレートケーキですわよ、アリア様」


 馬上で手綱を握ったまま、エヴァンジェリン様が声をはずませる。


「ああ、約束しよう。だから機嫌をなおせ」


 もう、仕方ないなあ。

 こんなささいなこででいつまでもへそを曲げているのは、子供じみていますもの。決してチョコレートケーキにほだされたわけではありませんよ? ええ、ありませんとも!


「あら、私はいつでも上機嫌です」

「お前な……」

「お兄様、お兄様、そろそろお部屋に戻りましょう。これ以上長居をすると皆様のお邪魔になりますわ」


 王女様の声ではっと首を巡らすと休憩中の騎士たちが慌てて視線を逸らして、明後日の方向を向く。しまった、あたりまえだけど一部始終見られてた!

 え、ちょっといたたまれないのですけど……!


「ああ、そうだな。では戻ってゆっくり話をすることにしよう」

「はい、お兄様」


 けれど麗しい王家のご兄妹はびっくりするくらい気にしていない。

 これも経験なのだろうか。それとも持って生まれた性格かしら?


 本当によく似ているなぁと諦めて、私はとこっそりと笑みを堪えた。




(了)


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