【番外編4・前】血は水よりも濃いと云う(アリア視点)
「私、市場へ行ってみたいですわ」
エヴァンジェリン様の一言で、私とユージィン様は顔を見合わせた。
よほど驚いたのか、視界の端で給仕をしているベルまでが動きを止めているのが少し可笑しい。
「……お前を連れていくなら、騎士団をひとつ連れていくことになるが」
「まあ、それでは公務になってしまいます」
ぷうっと頬を膨らませるエヴァンジェリン様には言いにくいけれど、アシュトリアの天使はどこへ行っても目立つ存在だ。王子様のように微妙な冒険者衣装でうさんくささを演出することも不可能だろう。
かといって、騎士団を連れていくとなれば市場は少なくとも一部は封鎖、厳重警戒は余儀なくされるだろからあの雑多な雰囲気を味わうことはできないよね。
「お前な、少しは自分の立場というものを考えろ」
「お兄様にだけは絶対言われたくありません!」
「俺は自分の身くらい自分で守れる」
そう言われて悔しいのか、エヴァンジェリン様が上目遣いにユージィン様を睨み付けた。うっわ、めっちゃ可愛いのでやめてください直視できません。
「……では、遠乗りでもいいですわ」
「む、……それなら騎士団の腕利きを5,6人連れていけばなんとかなるか」
「ですから、騎士の方と一緒では気が休まりません」
「仕方ないだろう」
「嫌です。どうして普通にお出かけしてはいけませんの?」
そう言ってエヴァンジェリン様は私の顔を見た。
「アリア様だって普通にお買い物や遠乗りにお出かけになるのでしょう?」
「私は慣れていますし、ちゃんと護衛も連れていいますわ。王女様とは違います」
「お兄様と婚約したのですから、立場的には同じはずです」
うっ。
でも違うのだ。自慢ではないけれど、私は市井に完璧に溶け込むことができる。こればっかりは生まれながらにして天使なエヴァンジェリン様には絶対無理な技だと断言できます。
うん、まあホント私に貴族オーラが無いという話ですけどね。
「そもそも俺たちが揃って出かけたらどうしたって目立つだろう。遠乗りのほうは何か手を考えておくから、機嫌をなおせ」
「考えておくって?」
「そうだな、ものものしくない護衛をさりげなく連れていく方向でどうだ?」
「……私、森へ行って湖で釣りがしてみたいですわ」
「わかったわかった。寒くなる前に連れて行く」
「約束ですわよ」
王子様が降参、というように両手を軽く挙げた。
ふふ、ほんとうに妹君には甘いなあ。ま、こんな天使な妹におねだりされたら私だってデレデレしちゃう自信がありますけれど。
「では、今日は兄上の馬にご挨拶に行きましょう?」
「お前な、本当の狙いはそれか?」
「遠乗りにいくまでに慣れておくためです」
どうやら天使様は動物がお好きらしい。
それにしても最初は無理目な要求をしておいてだんだん目標を下げていく交渉術、子供とはいえさすが一国の王女様だよね。今度私も今度トマスかアルに使ってみよう。
馬小屋の外でしばらく待っていると、王子様自ら一頭の馬を小屋の外へと引いてきた。
前にお世話になった“シロ”ではない。今日の子は白い身体にうっすらと灰色の模様が浮かんでいる。
「まあ、マダラ! 久しぶりですわね?」
声をはずませたエヴァンジェリン様はしかし、ゆっくりと慎重に馬に近づいた。うん、驚かさないようにという配慮は正しいです――、ていうか馬の名前! “まだら”って日本語でそのままか! 王子様のネーミングセンスは視覚と直結しすぎですわ!
「乗るなら訓練所まで行くぞ」
「よろしいのですか?」
「どうせ最初からそのつもりだろう」
よく見ると、既にちゃんと鞍がついている。おそらく訓練所のほうへももう連絡を済ませているのだろう、最近のユージィン様はぬかりないし、エヴァンジェリン様に関わることならなおさらだ。
王子様は唇を斜めにして笑うと、軽々と妹君を抱き上げて鞍に座らせた。マダラはおとなしく待っている。
「よし、歩くぞ。しっかりつかまっているよ」
「はい、お兄様」
ぴんと背を伸ばし、エヴァンジェリン様は少し緊張した顔で頷いた。
おおー、王女様が乗った馬を王子様が引いている。しかも見目麗しいご兄妹だ。こんな光景なかなかお目にかかれるものではない。
「確かアリア様は乗馬がお上手なのでしょう?」
傍らを歩く私に、エヴァンジェリン様がそう言った。
「上手くはないですけれど、普通に乗るだけなら」
「さすがアリア様ですわ。私はこの高さがまだ少し怖くて」
「いえ、そんなことは……、」
「は、アリアははじめて乗った馬の上で大泣きしたらしいぞ」
もう、絶対言うと思いましたわ! 睨み付けたけれど、ユージィン様にはまったく効き目がなくて楽しそうに言葉を続ける。
「驚いて走り出した馬にしがみついて耐えたというのだから、なかなかの根性だろう?」
「ユージィン様!」
全然褒めていませんよね、それ。
「まあ、それは恐ろしかったでしょう?」
けれどエヴァンジェリン様は心配そうに私の顔をのぞき込む。ああもう、エヴァンジェリン様マジ天使。そこのお喋りな王子様の妹君だとはとても思えません。
「いえ、全然無事でしたし、馬とも仲良くなれましたし、馬に乗れるようになりましたから」
いやー、今思い返してもあれは結果オーライだけどね。
笑って言ってみせると、エヴァンジェリン様は小さく首を傾げた。
「あら、ではここで大声で泣いたら、私もひとりで馬に乗れるようになるかしら?」
えっ、そういう意味ではありませんわ!
無邪気な言葉に慌てて、ほぼ脊髄反射で首を振る。
「絶対ダメです、エヴァンジェリン様!」「止めろ、怪我でもしたらどうする」
私とユージィン様の制止がほぼ同時だったせいか、王女様は一瞬目を見開いたあと、王女様らしくにっこりと微笑んだ。
「まあ……、お二人の仲がよろしくて、わたくし、とても嬉しいですわ」
(続)
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