第30話 主従二対

 教会には、先客がいた。


 小さな聖堂には不似合いな立派な馬車が停められているのを見て、私はアルと顔を見合わせる。ひょっとして身分の高い誰かが懺悔でもしているのかな?

 そんなことを思いながら入り口の階段まで行くと、ドアの左右に門番よろしく騎士が二人立っていた。修学旅行で見た仁王像みたいだ、と考えてからいつの記憶だろうと一瞬自問。


「申し訳ございませんが、しばらくお待ち下さい」


 口を開いたほうが阿形像に決定ですわ。


「どなたか、お祈り中でしょうか」


 アルがそう問いかけると、阿形君は迷ったように吽形君の顔を見る。こちらは本当に寡黙らしく、ただわずかにかぶりを振っただけだ。


「私、シスター・レオノーラにお話がありますの。中にいらっしゃいますか?」

「はい」

「では、ここで待ちます」


 阿吽の騎士は、ちょっと顔を見合わせる。ここで食い下がるとは思っていなかったのだろう。だけど私だって午後はエヴァンジェリン様と約束があるし、一秒でもはやくシスターに会って寄付の誤解を解いて、口止めをしなきゃ。ここで待つことぐらいどうってことない。

 阿形くんがますます困惑したように口を開きかけた、その時だ。

 ぎぎ、と教会の重い扉が開いた。

 慌てたように、騎士二人が脇に控える。

 えっと、どうするべきかな。私の斜め前にいたアルは、阿形君のほうへ一歩道をあけたけれど、相手がわからない以上、主たる私としては簡単に道を譲るわけにもいかないのだ。まんがいち伯爵家より格下の相手だった場合、家の恥になるらしい。貴族ってめんどくさいよね。


「まあ……」


 しかしそんな心配は無用だった。

 阿吽によって開かれた扉から現れたのは、彼らより頭ひとつ背の高い騎士に先導された『赤薔薇の君』、ジュリエッタ様だ。アルが息を呑む気配を感じながら、私は貴族の子女らしくスカートをつまんで礼をとる。


「ごきげんよう、ジュリエッタ様」

「珍しいところで会うわね、アリア」


『赤薔薇の君』は、にっこりと豪華な微笑みを浮かべた。それはこちらの台詞です、ジュリエッタ様。こんな古びた教会に、宰相の娘で赤薔薇のジュリエッタ様がいらっしゃるなんて想像もできませんでした。

 ジュリエッタ様が手にした扇をわずかに動かすと、阿吽の騎士がお辞儀をして去って行く。残された主従二組は、教会の入り口で向かい合う形となった。うん、完全に負けてる……、いろんな意味で。


「シスターに御用かしら。それともお祈り?」

「はい。慈善バザーのことで、シスター・レオノーラにお話がありますの」

「まあ、お待たせしてごめんなさい」


 とんでもないッス!

 ……と体育会系で叫びたくなったけど危うく自制しましたわ。

 だけど、ジュリエッタ様こそこんなひなびた教会に、何の用だろう……?思わず小さく首を傾げると、アルがこちらを向いて何か言いたげに口をパクパクさせた。え、何?ちゃんと言わなきゃわからないわ。

 間抜けな主従が可笑しかったのか、ジュリエッタ様がくすりと笑った。


「私はシスターに相談がありましたの」

「え?」

「どうして私がここにいるのか、不思議に思ったでしょう?」

「ええっ」


 どうしてわかったんですか?ひょっとしてジュリエッタ様って超能力者なの!? アルといい、ジュリエッタ様といい、私の周りにはカンの良い人間が集まるんだろうか。


「シスター・レオノーラは、神学と行儀作法の家庭教師でしたの。今は優しい顔をしているけれど、昔は、それはそれは厳しい先生でした」

「そうでしたか……」

「時々、困ったことがあると話を聞いていただくのです。誰かに聞いてもらうだけで、気分が楽になることって、あるでしょう?」


 言いながら、ジュリエッタ様は私とアルを交互に見た。赤薔薇の君に免疫のないアルは、珍しく緊張していて面白い。


「ジュリエッタ様、そろそろ」


 控えていた護衛騎士が、静かに口を開いた。ジュリエッタ様はちらりと騎士に視線をくれて、小さくため息をつく。


「この通り、私の護衛は融通の利かない騎士様なの。私の気持ちなんて、少しも察してはくれませんのよ」


 ええ~、どう反応すればいいのかわからない。私がへどもどしていると、ジュリエッタ様のみならず仏頂面だった騎士様までもが口元を緩めた。いかん、笑われている!


「貴女が羨ましいわ、アリア」

「ええっ?そんなまさか!」

「そういう素直なところ、私には真似できないから」


 ふっと妖艶な笑みをこぼしてから、ジュリエッタ様は彼女の護衛を見上げた。視線を受け止めた騎士様は、また困ったように仏頂面に逆戻りだ。少なくとも、アルほどお喋りでないことは間違いない。


「ではアリア、また会いましょう。近いうちに、きっとお茶にご招待するわ」

「身に余る光栄です、ジュリエッタ様。ごきげんよう」


 去って行く侯爵家令嬢とその騎士様を見送ってから、私とアルはどちらともなく顔を見合わせた。


「なんか……本物のご令嬢ですね」

「あら、あなたの目の前にも本物のご令嬢がいるじゃない」

「護衛も3人だし……、しかも最後のあの騎士は第三騎士団の次期副団長と噂の、フリッツ・グランデ様ですよ」

「へえ? そうなんだ」

「反応薄っ!」

「そういえば、舞踏会でも見かけたわ」


 あのときも、フリッツ様はジュリエッタ様を見守っていたわけだ。阿吽の二人はいなかった気がするけど。


「本物の騎士が護衛についてるって、羨ましくないですか?」

「全然。私にはアルがいるもの」

「……」

「何よ、不満なの?」

「いや、そういうことをしれっと言っちゃうところ、どうにかしてください」

「あっ、騎士様が嫌ってわけじゃないわよ。そりゃ格好良いなーとは思うけど、あんな立派な方がいつも傍にいたら、緊張するじゃない」

「……なるほど」


 うん、どうやらアルも納得してくれたみたい。

 思わぬところでジュリエッタ様にお会いできたのはラッキーだったけど、あまり時間はなくなってしまった。さっさとシスターに寄付金の事情を話して口止めしないと、午後からの約束に遅れてしまう。


 エヴァンジェリン様をお待たせするのは絶対避けたいもの、急がなくちゃ!

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