第28話 馬上の攻防
少し休んでから、池の周りをぐるりとまわることにした。
もちろんシロに二人乗りだ。
走っているときは気にならなかったけど、この密着率、普段考えられない距離だ。
白馬の上、背後にはぴったり王子様ってこんな緊張するものなんだろうか。平気な顔で乗っているお伽噺のお姫様って結構すごくない?
「アリア」
「はい?」
「思い出したことはあるか?」
「え、何をでしょう」
と、聞き返してから思いつく。ふたりきりでいて、王子が私にそう訊くなら、当然前世のことですよね。
「決まっているだろう、前の世界のことだ。お前はあまり話さないからな」
「話すほどのことは、何も」
ええ、もう、私の人生なんて平凡過ぎて。それに記憶にあるのはほとんど『学校』での出来事だ。小さいころのことはまれに思い出すけど、高校より後の記憶は全くない。これはあれかな、そのくらいまでしか生きられなかったってことなのかな、やっぱり。
全く何も話さないのも不自然なので、さしさわりのないことは話しておこう。
「思い出すのは16、7のころまでです。その後の記憶はまったくありませんから、たぶん、長生きではなかったのでしょう」
「そうか、……悪い」
「別に悪くはありませんわ。覚えていないから、何も感じません」
「なるほど」
逆に色々とはっきり覚えている王子様のほうが心配だ。舞踏会の時みたいに、強烈な記憶に引きずり込まれそうになるユージィン様は、見ているほうが辛かった。織田信長だもんなー、日本史のなかでもおそらく1、2を争う苛烈な人生だ。そりゃ楽しい思い出ばかりじゃないだろう。
「ユージィン様は、悪い夢が少なくなったとか」
「ああ、言った通りだ。お前に会ってからずいぶん減った」
「それはきっと、こちらの世界で考えるべきことが増えたからですわ」
「……そうだな」
わずかに笑いを含んだ声が近くなる。
ちょっと待って、既に密着しているというのに声が近くなるってどういうこと!?
「アリア」
みっ、みっ、耳元で囁くのはお止め下さい!
やばい、ドキドキしてきた。だってユージィン様、声も王子様なんだもの。服越しに体温が伝わってくるんだもの。男性と、ダンス以外でこんなにくっついたことはない。アルとだって年頃になってからはここまで接近しない。おかげで私、こういう感じ、全然免疫が無いんだから!
「なっ、なんでしょう?」
「お前は、俺をどう思っている?」
「ええっ?」
どう思うって、どう?
もう駄目だ、全身の血管が、どっくんどっくん脈打っているのがわかる。このドキドキはどう考えても異常だ、軽く生命の危機を感じるんですけど!
「ゆ、ユージィン様は、この国の王太子ですわ」
「ああ、そうだな。それで?」
それでって、何だよ!私に何を言わせたいんだ、何を。
こういうの、ズルくない?
ひょっとして、人生経験の差が出ているんだろうか。
私が困り果てていたその時、すぐ近くの水面で、ぱしゃっと大きな魚が跳ねた。驚いたのか、シロの歩みがぴたりと止まる。王子様の気配も、わずかに離れた。これは逃げ出すチャンスだ。ありがとう、大きなお魚さん!
「まあ、魚が跳ねましたわ!」
「大きかったな」
荷物の中に、確か釣り糸と釣り針があったはず。王子様ってば、今日はアウトドアを満喫する気満々だったとみえる。こんなふうに二人乗りで、逃げられない小娘をからかっている場合ではないでしょう!
「釣れるでしょうか」
「釣れるだろう」
「では、釣りをしましょう!」
私はシロの首にかじりつくようにして、ちらりと背後の王子様を振り向いた。案の定、王子様は面白そうに私を見ている。
「アリア、顔が真っ赤だぞ」
誰のせいだよ誰の!
くっそう、絶対からかわれている。考えたことはなかったけど、敵は織田信長として50年近く生きていたんだっけ。妻は10人以上だっけ。私が敵う相手じゃないじゃん!
「日に焼けたのかも。すぐ引くから平気です」
「では、木陰で釣りでもするか」
澄ました顔で頷いた王子だけど、目が笑っているんですよ、目が。
はあもう……、命の危険さえ感じた、私のドキドキを返せ!
結局、私は3匹、王子は2匹魚を釣った。
そのへんの枝に糸と針を括りつけて、餌はパン。それで釣れるんだから、この世界の魚ってチョロいの?それともこんな池で釣りをする人がいないから、経験値が足りないのかな。それならば私も一緒だ。心から同情する。
もちろん釣った魚はたき火で焼いて二人で全部食べちゃったんですけど……ごちそうさまでした。
「次は狩りに来るか」
「ええっ、ウサギやシカを狩るのはちょっと……」
「魚をたいらげておいて、良く言う」
まあ、それはその通り。だけどやっぱり哺乳類の殺生は気持ちが進まない。でもお肉は好きなんです。所詮人間なんて勝手な生き物なのですわ、王子様。
「ではやはり海へ行こう。港町にひとつ屋敷がある」
「えっ」
「母上が静養で滞在している場所だ」
あ、そうか……。
そういえば、王妃様はお加減がよくないんだよね。重病だという話こそきかないけれど、昔から身体が弱く、王宮の行事などへもずっと出席を控えている。
「ご心配ですね」
「うん?」
「王妃様のご健康を祈っておりますわ」
「ああ……まあ、そうだな」
ユージィン様はなんだか端切れの悪い返事を寄越した。
「母上は確かに丈夫ではないが、簡単には死ぬようなタイプではないぞ」
「ええっ」
「そういう人なんだ。まあ、いつか会えばお前にもわかる」
ええ~、王妃様にお会いする機会なんか無いと思いますわ。エヴァンジェリン様のところに通ってるから、可能性はゼロとはいえないけどさ……。
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