第22話 沈黙が誤解を育てる

「ちょろすぎです、お嬢様」


 ホットミルクを持ってきてくれたアルが、テーブルにカップを置くなりそう言った。

 今日の予定は全て終了、あとは本でも読んで寝るだけだ。


「あなたね、ちょろいってどういうことよ」

「そのままの意味です」

「だって、あの状況で『お父様、私、今すぐ領地に帰りたいんです』とか言い出せる?」

「ええ、完全に伯爵に丸め込まれていましたね」


 はあ、とため息をついて、ゆっくり首を振る。

 なによう、アルだって何も言ってくれなかったじゃない。


「お父様は私を丸め込んだりしません。誰と親しくしても良いって、私を信じているって、そう言って下さったわ」

「お言葉ですが、お嬢様は旦那様を見縊っておられます。ああみえて伯爵はけっこうなタヌキ……、じゃなくて策略家でいらっしゃいますよ?」


 今、タヌキって言ったよね?

 今度絶対お父様に言いつけてやるんだから。


「策略家って、昼行燈みたいなお父様が?」

「お嬢様、お言葉が過ぎます」

「あなたに言われたくない」


 アルはすうっと目を細めると、腕を組んで私を見据えた。


「ああみえて、伯爵様は若いころ、先代について戦場へ出ていたそうですよ」

「え、何の話?」

「マテラフィ伯爵家のスタートは騎士階級ですからね。今でも国境沿いの領地を任されているのは、先の戦役での功績が認められているからです」


 知ってるわよ。

 お祖父さまは第二騎士団の団長だったんでしょ。国境近くまで攻め入ってきた隣国の軍を押し返すことができたのは、お祖父さまの働きによるところが大きかったと聞いている。私の記憶のなかでは、ただ優しいお祖父ちゃんなんだけどね……。


「伯爵がはじめて戦場に出たのは、14の時だそうです。じいさんの話では、それは目覚ましい働きだったとか」

「え、ヨハンさんのお話なの?」

「そうです。昔、寝る前によく話してくれました」


 ヨハンさんはアルのひいおじいさんにあたる人だ。ちなみにまだまだお元気で、とっくに引退した今も家業を手伝って働いている。御年89歳(自称)、我が領地の生き字引のような人で、当然私も、お父様すら頭が上がらない。


「そんな方が、昼行燈なわけがないでしょう。降りかかる火の粉を払うとかいうのも、絶対物理で殴りに行く気ですよ、あれは」

「物理で……?」


 騎士姿のお父様が、火の粉を剣で薙ぎ払う姿を想像してみよう……、うん、無理だ。全然イメージが沸かない!まだタヌキのほうが似合っていると思いますわ。


「このところお嬢様は挙動不審でしたし、帰りたいと言い出すと察知したのかもしれません。さすが我が主」

「誰が挙動不審よ……でも、私を丸め込む必要なんてないじゃない。目的がわからない。あ、私がエヴァンジェリン様と仲良くするのが嬉しいのかしら?」

「違いますよ。伯爵様の望みは、単純明快」

「え?」

「お嬢様を王都に引き留めたいだけです。伯爵は最近重要な仕事を任されて、いつ領地へ帰れるかわからない状況ですし、舞踏会の反応でお嬢様の良縁を探すなら今だと判断したんだと思います」

「ええっ?」

「それに領地にはクラウス様とロザンナ様がいますしね……、ほら、あちらは新婚ですから」


 つまりあれですか?

 お兄様が新婚で、私が領地へ帰ると邪魔になる、と。そしてお父様は娘可愛さで傍に置いておきたい、と。ついでに良い縁談をまとめたい、と。そういうことでよろしいのかしら?

 そんな疑問をアルにぶつけてみたら、あっさりと頷かれた。


「ま、おおむねそういうことです」


 ちょっと待って、私の意思は?

 このまま王都に留まっていたら、なし崩しにどなたかと結婚させられて、領地へ戻れなくなるってことじゃない?まだ全然、心の準備ができていないのに!


「ねえアル、私、混乱してきたわ」

「とりあえず、明日はエヴァンジェリン様に会うしかないでしょう」

「……あなたは来なくて良いから」

「いえ、絶対に御供致します。お嬢様のことが心配ですからね」


 嘘ばっかり。

 エヴァンジェリン様に会いたいだけじゃない?それともお目当てはビアンカちゃん?

 本当に、アルは従者のお仕事を満喫してるよね……ちょっと羨ましい。





 そんなわけで、王宮である。

 ついこの間来たばかりなので、少しは慣れました。例によって、アルフォンソは既に従者の控室だ。たぶんビアンカちゃんと楽しくお話でもしていることだろう。私は、といえば無口な侍女の先導で歩いていた。この前の応接室を通り過ぎ、一度階段を上がって、すぐに下がって、突き当りを左に曲がってさらにまっすぐ。なにこれ、迷宮?たどり着いた先のドアを案内役の少女がコンコンとノックする。


「エヴァンジェリン王女、アリア様がお越しです」


 返事は待たなかった。そのまま、ゆっくりとドアを開く。


「どうぞ、王女がお待ちです」

「ありがとう」

「まあアリア様!わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 中へ進んでびっくり、ガラス張りのテラスだった。あまりこの国では見ない造りだ。呆けていると、天使なエヴァンジェリン様がにこにこしながら近づいて来た。

 私は慌てて礼をとる。


「失礼いたしました、エヴァンジェリン王女。こちらこそお招きに感謝しておりますわ」


 とりあえず、挨拶は基本です。

 昔はまだるっこしいと思っていたけれど、今ではこれをやらないと落ち着かない。習慣って染みつくものなのだ。全然気にせず自分のやり方を貫いているユージィン様はある意味凄いと思う。突然やってきて勝手に上がりこんで前置き無しに要件だけ済ませ、嵐のように去って行く。いや、むしろ嵐に巻き込んで、ただでは去って行かないことが多いからなぁ……。


「今日はここで、お昼をご一緒しようと思っていますの」

「素敵なテラスですね」


 くるりと見渡す。

 テラス自体はそれほど広くないけれど、ガラス張りなので窮屈さは感じない。木製のテーブルの上には市松模様のクロスが敷かれている。

 外は小さな箱庭だ。テラスの中に並べてある鉢植えも箱庭と調和して、まるでひと続きの世界のようにみせている。こういうの、なんだっけ。ちょっと懐かしい。


「まるで外にいるみたいでしょう?」


 エヴァンジェリン姫は、ちょっと得意そうな笑みを浮かべた。


「ここは、お兄様が作らせましたの」

「ユージィン様が?」

「ええ。今日もご一緒できればよかったのですけど、最近はお兄様、真面目にお仕事をしているみたい。お昼はあまり戻って来ないんです」


 ということは、今日は王子は不在ですか。安心したような、ちょっと物足りないような……いえ、別に会いたいわけじゃないんだから!ツンデレとかそういうことではありません、念のため。

 謎の言い訳を心の中で並べている最中にも気配の無い召使が数人やってきて、テーブルの上にランチの皿を並べていく。


「先日の舞踏会でも、遅刻せず、踊るべき方とほどほどに踊り、最後まで会場にいてくれました。こんなこと、覚えている限りでは初めてです」


 えっとそれは褒めるべきでしょうか。王太子としては最低ラインの働きじゃない?しかしエヴァンジェリン様はにこにこしながら、とんでもない言葉を言い放った。


「きっと、アリア様がいたからですわ」

「えっ」

「私とお兄様が踊ったあと、アリア様もどなたかと一緒にフロアに出てきたでしょう?お兄様ったら、しばらくアリア様のダンスを見ていましたのよ?」


 王子が私を見ていたとしたら、理由はひとつしかない。話をする機会を狙ってたんだ。最近お市の方の夢を頻繁に見ると言ってたもの、よほど話をきいて欲しかったに違いない。私だって前世の夢を見た後は、無性に誰かに話したくなる。

 前世持ち同志、王子の気持ちもわかりますわ。


 ……ええ、痛いほどわかりますけれど、王子様。

 無駄にエヴァンジェリン様の誤解を生むような行動は慎んで下さいませ!




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