第21話 先延ばしの理由
幸か不幸か、こんな日に限ってお父様が夕食前にお戻りですわ!
ひょっとして王子様関連で何かあったのかとドキドキしたけど、私とアルより少し遅れて食堂に入ってきたお父様は、いつも通り「だたいま、アリア」と笑ってくれた。
「おかえりなさいませ。今日はずいぶんと早いお帰りで、嬉しいです」
「ああ、舞踏会も終わったし、今日くらいは早く上がろうという話になってね」
そっか、そっか、そうですわよね。
お父様のお仕事は商業関係だけど、舞踏会のような大きなイベントのときには当然手伝いに借りだされる。来月から導入される新しい制度の準備でそれでなくても大忙しなのに、このところ働き過ぎだと思っていたところだ。
父親の健康を気遣う娘としては、早く帰ってきてくれたことは素直に嬉しい。だけど今日に限ってはちょっと……『領地に帰ろうと思います』って、どう切り出すのが正解なの?
「舞踏会は楽しかったかい?」
「えっ」
「送ったきりでかまってやれなくて悪かったね。だが、アリアが踊っている姿は見かけたよ」
いきなり舞踏会の話題か・・・いやお父様にとっても、私にとっても大きなイベントだもの、むしろ当然の流れともいえる。この話題からうまく持って行けないかな……。
『素敵な舞踏会で、とても楽しかったです。だけどなんだか領地が懐かしくなってしまいましたわ』
とか?華やかな王都の生活に少し疲れた田舎育ちの娘……うん、いける気がする。
多忙なお父様を王都に置いて、ただ帰りたいとお願いするのは、なんとなく気が引けるもの。
あ、今日は海老のスープだわ、美味しい。
「今朝はお前に花が幾つも届いたそうじゃないか」
スープに気を取られている間に、またお父様に先手を取られた。
「えっ、ええ。楽しくて、つい誘われるままに踊ってしまいましたから」
「いや、アリアに誘われるだけの魅力があるということだよ。もっと自信を持ちなさい」
なんだか上機嫌だ、言い出しにくいことこの上ない。……、アルから切り出してもらえないかなと様子を伺うと、彼はちょっと肩を竦めてみせてから素知らぬ顔でスープを口に運んだ。ぜんぜんあてにならなーい!
「それで、どなたか良い人はいたかい?」
「ええ、皆様とても楽しくて優しい方ばかりでした」
「ふむ……実はね、アリア。私も君へのカードを、一通預かってきている」
「えっ」
「トマス」
お父様がポケットから取り出したカードを、トマスが恭しく受け取った。そのままくるりと向きをかえ、私のところへ運んできてくれる。お礼を言って受け取ったのは良いけど、テーブルが大きすぎて不便だ……カードくらい手渡しで済ませる距離がいいのに。もしも和食だったら、お醤油の受け渡しでトマスが大忙しになっちゃう。
しかし署名を見たとたん、そんな妄想は頭から吹き飛んだ。
「エヴァンジェリン様……?」
「メッセンジャーはユージィン殿下だった。はは、私もさすがに驚いたよ」
笑っている場合ではありませんわお父様……!
これをユージィン様がお父様に渡したのなら、さぞかし目立ったに違いない。私だけならともかく、マテラフィ伯爵が悪目立ちするような真似はホント止めてほしい。いえ、もちろん悪いのはエヴァンジェリン様ではありませんわ、問題は無駄にフットワークの軽い王子様だ!
「あの、失礼しても?」
「ああ、読みたまえ」
カードの文字は、やや丸っこく、几帳面に並んでいる。
『親愛なるアリア・リラ・マテラフィさま。先日は素敵なお花をありがとうございました。つきましてはお礼と、お願いがございます。ぜひ私の王宮までいらして下さい。お返事をお待ちしております。あなたの友、エヴァンジェリンより』
お礼と、お願い?
まさか王子と結婚しろというアレではないよね?
いや、エヴァンジェリン様が私を呼びつけてそんな無理難題を押し付けてくるわけがない。私はアシュトリアの天使を信じていますわ!
「実は王子に急かされて、もう返事をしてしまった」
「ええっ?」
「明日の昼食を一緒に、というお話だ。都合はどうかな」
明日は帰省の準備をしようと思っていたんです、とはなかなかに言い難い雰囲気になってしまった。もちろん、他に予定は無い。
「殿下は、舞踏会のときに約束してあると言っていたよ」
「約束?」
あ、あああ、思い出した!
舞踏会だ。王子様からダンスに誘われる前、エヴァンジェリン王女から話があるからって、そう伝言されたんだっけ。後日お聞ききしますと答えたのは確かに私だ。色々あり過ぎてすっかり忘れていましたわ。
「はい、その通りです。具体的なお話ではありませんでしたけど……」
「いつの間に王女と仲良くなったんだい?」
ドキッ。
今それをお聞きになりますか、お父様。
「えっと、王子とのお茶会の時、色々ありまして……、王女様は私の刺繍がお気に召したようなのです」
どこから説明したら良いのかわからないので、ものすごく端折ってみる。そもそも王子とのお茶会がすべてのはじまりなのだ。逆に言えば、私と王女様の接点なんてそこにしかありえない。
「おや、贈り物でもしたのかな?」
「いえ……、どちらかといえば忘れ物、というか」
ギリギリ嘘は言っていないラインだよね、ね?救いを求めてアルのほうを見たら、目を逸らされた!やっぱりぜんぜん頼りにならない!どうしよう、全部話すべき?このまましらばっくれる?
「なるほど」
しかしお父様はやっぱり機嫌よく頷いた。もう少し、疑うとか詳しい話を聞こうとか、そういう考えは浮かばないらしい。素敵です、お父様。
たとえ訊かれたとしても、私と王子の妙な縁は『前世』あってのものだ。それを抜きできちんと説明することは、とても難しい。だって、あのユージィン様が私に興味を持った理由がどこにも見つからないじゃない!
「明日は王宮から迎えが来ることになっている。失礼の無いようにね」
「あ、あの、お父様」
「うん、なんだい?」
「私、エヴァンジェリン様とお会いして良いんでしょうか?」
「どういう意味かな」
「お父様のご迷惑になりません?」
お父様はちょっと目を見開いてから、悪戯っぽく少し笑った。
「心配しすぎだ、アリア」
「でも……」
「王宮は、お前が思うほど封建的な場所ではない。貴族にも色々な人間がいるのは、間違いないけれどね。なに、多少火の粉が振りかかっても、そのくらいは自分で振り払える。アリア、君が誰と会うのも、親しくするのも、君の自由だよ。私は娘を信じている」
ああ、お父様……!
ちょっと浮世離れしているけど、その大らかさと優しさ、さすが大好きなお父様ですわ。
「ただ、ひとつだけ約束してくれ」
「何でしょう」
「出かける時は必ず行先をトマスに伝えていくこと。家のものに心配をかけてはいけないよ。良いかい?」
「はい、お父様。約束致します」
「いい返事だ。アリアは私の自慢の娘だよ」
褒められてぽわんとしていると、視界の隅でアルがやれやれというように肩を竦めた。
あ、しまった。
領地に帰りたいとお願いするつもりだったっけ……。いえ、もちろん忘れたわけではありませんわ。ただ、明日エヴァンジェリン様のお話を聞いたあとのほうが良いかも。『お礼』はともかく、『お願い』というのがひっかかる。
アルの視線がなんだか生温いけど、気付かないフリでやり過ごそう。
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