第16話 油断大敵舞踏会


 オープニングのダンスは、王太子ユージィン殿下と、妹君のエヴァンジェリン姫。この一曲が終わると、本格的にダンスがはじまる。私たち女性陣は誘われるのを待つ側なので、いつ踊るかは決められないのが辛いといえば辛い。


「こうしてみると、ちゃんと王子様なのよねえ」


 ご兄妹のダンスを眺めながら、モニカが何かを諦めたように呟いた。うん、それには同意せざるを得ない。姫君が可憐過ぎるのはまあ当然として、リードするユージィン様も中身さえ知らなければ立派な王太子に見える。かなりの身長差があるのに、それを感じさせない軽やかなダンスだ。いっそどこか同盟国の姫君と結婚したらどうかしら。そうすれば同盟がより強固になる……なんて考えちゃうあたり、私もこの世界に感化されてるな。ちょっと反省。政略結婚なんて自分だったら嫌なのに、ごめんなさい、ユージィン様。


 曲が終わって、王子と王女がお互いに礼をとると、ファンファーレとともに会場に拍手が巻き起こる。拍手が消えかける絶妙のタイミングで、新しい曲がはじまった。既にペアが決まっている男女から、次々とホールへ進み出る。

 ほぼ同時に、私とモニカのところへも二人連れの青年がやってきた。

 うん、知らない人だ。


「踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで」


 金髪の青年がモニカに申し込み、黒髪の青年が私の前でお辞儀をした。


「よろしかったら、一曲お付き合いいただけませんか?」

「ありがとうございます。私でよろしければ」


 よかった、とりあえず初っ端から壁の花は免れた。手をとられ、一礼してからするりとダンスに入る。


「ジョバンニと申します。お名前を伺っても?」

「アリアですわ、ジョバンニ様」


 踊りながらにっこり答えると、ジョバンニ様は私の身体に添えた手に、僅かに力を入れた。


「アリア……可愛い名だ」

「お上手ですわね?」


 うーん。

 うーーーん。

 ううーーーーん。

 元日本人、しかも庶民の、それも学生時代の記憶しかない私としては、こういうやり取りは苦手なんだよね。基本男性は褒め殺しの姿勢だし、女性もふわっと受け流すのがスマートなのだろうけど、どうしても照れる!非常に照れる!顔が赤くなる!

 私の動揺を見て取ったのか、ジョバンニ様は少し可笑しそうに口元を緩めた。


「舞踏会でお見かけするのは、はじめてかな」

「そうでしたかしら」

「貴女のような可憐な方、一度見たら忘れませんよ」


 おうふ、わかった!わかったから。

 でもこのくらいは序の口なのだ。公平に見て、ジョバンニ様はけっこう実直な印象だもの。魅惑の低音ボイスで社交辞令を囁いているだけ、いたって普通に女性を褒めているだけだ。舞踏会に出席する限り、このくらいは当然の試練なのです。

 これをあと何人続けることになるのかな、と考えながら、私は軽やかにくるりと回った。





 ああ、久々に踊った。

 無駄に甘い言葉の数々を受け流すため、無心で踊りましたわ。

 ジョバンニ様とは2曲、その後次々ダンスを申し込まれて踊りまくってしまった。スローな曲になったのをしおになんとか抜けてきたけれど、既にモニカがどこにいるかわからない。咽喉が渇いたので、飲み物をとりに休憩エリアへ向かう途中で、会いたくない顔を見つけてしまった。


「おや、アリア。また会ったね。踊らないのかい?」


 うう、よりにもよってソフィア兄!名前、なんだっけ思い出せない!

 踊りを申し込まれたら面倒なので、私は先手を打つことにした。


「久しぶりに踊ったので、少し疲れてしまいましたの」


 私は咽喉が渇いているんだ。

 ではごきげんよう、と言いかけた私にソフィア兄はするするっと近づいた。


「では、庭に出てはどうかな。今日はライトアップされていてなかなか見ものだよ」

「それは綺麗でしょうね」

「では、行こうか」


 ええっ!

 行こうかってどういうことでしょう。私、ちょっとゆっくりして何か飲もうと思っているんですが……。


「あの、のどが渇いてしまいまいたの。お庭は後で拝見いたしますわ」

「飲み物なら庭にもある。さあ」


 いやっ、しまった、手を差し伸べられた。これはガチでエスコートの体制だ。

 相手は侯爵家の嫡男、しかも面倒な友人の兄。ここで断るのは相当な勇気が必要となる。ていうか断るのは実質不可能だよね、人目もあるし……。

 仕方ない……、どこかで巻くしかないかな。庭に出たら、花を見るフリをして積極的にはぐれよう。


「あら、ブルーノ様、ごきげんよう」


 しかし進む方向から、麗しい深紅の薔薇が近づいてきて、ソフィア兄はぴたりと動きを止めた。

 わずかに顔がこわばり、ひるんでいるのが伝わってくる。しかしそこはあのソフィアの兄、数秒で防衛方針を決めたらしく、立ち直った。


「ああ、ジュリエッタ、今日も咲き誇る薔薇のように美しい。君のご機嫌が麗しいなら何よりだ」


 そうそう、ブルーノだ、ブルーノ様。

 ようやく名前が思い出せたというのに手をひっこめられましたけど、丁度良かったですわ。ジュリエッタ様に感謝を込めて礼をとると、美しい薔薇の君は私に視線を寄越した。


「まあ、アリアね。お会いするのは卒業以来かしら」


 うわあ、ジュリエッタ様が私の名前を覚えていてくださるなんて!ブルーノの存在が吹っ飛ぶ勢いで、心だけが舞い上がる。油断すると乙女のポーズで拝んでしまいそうですわ、お姉さま!


「はい、ジュリエッタ様。覚えていていただいて、とても嬉しいです」

「もちろん覚えているわ。あなたのダンスはとても魅力的でしたもの」

「ありがとうございます」

「そういえば、大広間でお友達を見かけました。誰かを探しているようでしたけど、貴女ではないかしら?」


 もしかして、モニカかも。

 ていうか、これは逃げ出す絶好のチャンス!


「まあ、きっとモニカですわ。探しておりましたの」

「では、よかったら一緒に参りましょう。私も広間へ戻るところでしたのよ?」


 にっこり笑って有無を言わせず、ジュリエッタ様はブルーノ様に引導を渡す。


「ではブルーノ様、私たちは失礼致しますわ」


 何か言いたげなブルーノ様にはもう一瞥もくれず、ジュリエッタ様が歩きだす。一応誘って下さったのはブルーノ様が先なので、軽く会釈をしてからジュリエッタ様の後を追った。

 少し先で立ち止まると、ジュリエッタ様がわずかに悪戯っぽく私の顔を見る。


「余計なお世話だったかしら?」

「いえ、助かりました。ありがとうございます」


 今日はよく助けられる日だ。

 ええ、私がぼんやりしているのはもちろん認めます。


「お一人なの?」

「いいえ、父と一緒に参りました」

「お父様では護衛にはならないわ。よかったら、私の騎士を一人お貸ししますけれど……」


 と、ちらりと視線を送った先には背の高い騎士が少なくとも二人、ジュリエッタ様の周囲を油断なく監視している。ひええ、さすが宰相のご令嬢ともなると、お城の舞踏会にも騎士様が護衛についてくるんだ……、お父様、アルで良いから私にもお願い致します。


「……その必要もないようね。貴女をお探しの方がいらしたみたい」

「え?」

「では私はこれで。また是非お会いしたいわ、アリア」


 するりと離れていく所作も美しい……。思わず見惚れていると、後方から聞き慣れた声が飛んできた。




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