第15話 舞踏会に赤い薔薇


 そうこうしている間に、舞踏会の日がやってきた。


「うん……なかなか斬新なドレスだね」

「斬新……ですか?どこかおかしいでしょうか、お父様?」

「いや、よく似合うよ。アリアは自分の見せ方を良く知っている」


 予定通り、シャーベットオレンジのドレスだ。

 ウエストにアクセントのやや大ぶりな花、そこから零れるように裾にかけてホワイトとオレンジの小さな花を散らしてある。アシンメトリな装飾は珍しいけれど、目立たない色を使ってるから平気、というのは希望的観測?


「帰りは遅くなりそうだ。アリアは頃合いを見て、アルフォンソに声をかけなさい」

「はい、お父様」

「あまり羽目をはずさないように。今日は庭も解放されているから要注意だ」

「大丈夫ですわ、お父様。迷子になったりしません」


 子供の時はよく、お屋敷の裏手にある森で迷子になって皆に心配をかけた私だ。だけどあの森に比べたら中庭は全然狭いし、今夜はライトアップもされているはず。


「うん……、いや、アルフォンソは庭のほうで控えさせたほうが良いかな」

「ええ、寒いですよ?」

「とにかく、よく知らない人間と二人にはならないように。とくに、男は駄目だ」

「でも、舞踏会は出会いの場でしょう?」

「アリア」


 お父様は小さくかぶりを振ってため息をついた。


「男というものはね、開放感からついつい羽目を外してしまう生き物なんだよ」

「ああ、なるほど……」


 そういうの心配でしたか。

 だけど招待状がなければ王宮へは入れない。身分がはっきりしている以上、お城で不埒な真似をするとは思えませんわ。ありていに言えば、心配し過ぎだと思います。


「わかりました、肝に銘じておきます」

「そうだね。何かあったら迷わず大声で助けを呼びなさい」


 大真面目なお父様が可笑しくて、外を見るふりで笑いを堪えた。

 夕暮れ時、王宮の門には次々と貴族たちの馬車が吸い込まれて行く。一応会場へはお父様がエスコートしてくれるけど、問題はその後だよね。お父様にはお父様のお付き合いがあるから、べったりというわけにはいかない。御者兼従者のアルは例によって別室で従者用のおもてなしを受けるはずなので、こちらもアテにならない。とにかくできるだけ早くお友達を発見しなくては……。第一目標はやっぱネイビードレスのモニカかな……。





「あら、アリア様ではなくて?」


 しかし会場に入るなり、あまり嬉しくない相手に見つかってしまった。貴族学校で一緒だったソフィア様ことソフィア・ローザ・クレメンティだ。身分的には私やモニカよりも上の侯爵家、しかも末っ子なので甘やかされて育ったらしく、格上のご令嬢の間ではつまはじきにされ、私たちの中では威張り散らすという困ったお嬢様だった。派手で主張の強いショッキングピンクのドレスは彼女の性質にこそよく似合っている。


「ごきげんよう、ソフィア様。お会いできて嬉しいですわ」

「ずいぶんとご無沙汰でしたものね。こうして舞踏会でお会いするのは初めてではなくて?」

「はい、学校を出てからは領地で暮らしておりますので」


 精一杯愛想を良くしようとしているんだけど、なんとなく逃げ腰になってしまう。モニカ!モニカはどこにいるのよ。せめてこの辛苦をモニカと分かち合いたい!


「まあ、どおりで田舎の匂いがすると思いましたわ」


 ソフィア様は扇で口元を隠して、コロコロと笑った。

 しかしこのくらいなんてことはない。いつも言われていた嫌味なので、耐性ができている。


「ソフィア、彼女は?」

「あら、ごめんなさいお兄様。私の学友でしたのよ。マテラフィ伯爵家のアリアですわ。アリア様、兄のブルーノです。クレメンティ家の時期当主よ」


 えっと、それは敬いなさいということですね?

 私はまたもやかなりのエネルギーを消費して、精一杯の愛想笑いを浮かべ、礼をとった。


「はじめまして、ブルーノ様。お会いできて光栄です」

「よろしく。しかし、ソフィアと同い年か。ずいぶんと幼く見えるな」

「あら、お兄様、そういときは若く見える、と褒めるべきではなくて? まあ、私より若いということは、子供のように見えるということだけど」


 悪かったですね!

 とは言えないのが社交界というやつである。あーもう帰りたい。テンション下がる。


「いや、ソフィアと比べた私が悪いんだ。君の純朴さも悪くないよ、アリア」

「ありがとうございます」


 純朴って、微妙。

 どうやらこの兄も妹と同類らしい。

 蛇のような目で上から下まで眺められて、ちょっと鳥肌が立っちゃった。ああ、できるなら一刻もはやくこの場を立ち去りたい。

 そう思ったとき、背後から天使の声が聞こえた。


「アリア!」


 モニカだ!

 よくもこの状況を見て声をかけて下さいましたわ!あなたこそ生涯のお友達よ!


「あらぁ、モニカ様もいらしていたのね」


 話の腰を折られて、ソフィアは少し不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 しかしこのくらいでひるむモニカではない。彼女も対ソフィア耐性は充分なのだ。


「ソフィア様、ごきげんよう。そろそろ国王陛下がお越しになるそうですわ。侯爵家の皆様は、あちらに集まっておいででしたけど、よろしいのですか?」

「まあ大変、お兄様!」

「ああ、我々も行かなくては」


 挨拶もそこそこに似たもの兄妹が去って行くのを見送って、私たちは素早く人ごみに紛れた。また見つかったら面倒ですものね。


「助かったわ、モニカ!」


 心の友に心からのお礼を言うと、モニカはわかりやすく呆れ顔を作った。


「あなたもよくよく面倒なのにひっかかるわね」

「ええ、会場に入った瞬間目があって、びっくり」


 たしかについてない。こういう日はロクなめにあわないから、早めに退散したほうが良いかも。そんなことを考えていると、階段のあたりが急に騒がしくなった。遠目に真っ赤なドレスが見える。


「『赤薔薇の君』のお出ましよ」


 モニカの囁きに、私も小さく頷いた。

『赤薔薇の君』ことジュリエッタ様。エスコートしているのは、ファビオ・ベアルツォート侯爵。ジュリエッタ様の父親であり、我が国の宰相でもある。

 ふたりは今宵の主賓といっても過言ではない。


「あいかわらず、お綺麗だこと」

「あの宰相が手放そうとしないのもわかる」

「申し込みは山ほどあるそうですわ。今のところ、全てお断りしているとか」


 周りの招待客も、みんなジュリエッタ様に注目している。

 先々代国王の妹君を母親に、現宰相ファビオ様を父親に持ち、美しく賢く気高い本物のご令嬢。私やモニカより一つ年上のお姉さまだ。学校に通っていたころから赤系のドレスを好んでいたので、後輩たちの間ではあこがれを込めて『赤薔薇の君』と呼ばれていた。漫画みたいだけど、本当にそう呼ばれるにふさわしい方なのだ。

 もちろん降るように縁談はあるという噂だし、公爵家のお姉さま方を差し置いて、王太子妃候補の本命だと目されていたのだけど、ジュリエッタ様は例の王子様の茶会を断ったという噂なんだよね。まあ、噂は噂だけどさ……。


「はあ、素敵ねえ」


 モニカですら、うっとりした乙女にしてしまう美貌と魅力。もちろん私もただのいちファンである。学生時代、ダンスの授業でご一緒して褒めていただいたときは、天にも上る気持ちだった。そのあと何を踊ったか覚えていないもの。

 ジュリエッタ様の姿が見えなくなったので、私たちは壁際に落ち着いて舞踏会のはじまりを待つことにした。周囲では、色とりどりのドレスに身を包んだ淑女たちと、礼服でとりすました紳士たちが思い思いに歓談している。

 本日の舞踏会は無礼講とのお達しなので、会場の雰囲気はリラックスムードだ。


「そういえば、ソフィアのお兄様……お名前はなんとおっしゃったかしら」


 ヒソヒソ声で、モニカが意外なことを訊いてきた。


「え、まさか、モニカああいうのが好み?」

「バカ言わないで。そうじゃなくて、そのお兄様ね、ジュリエッタ様に求婚したんですって」

「ええっ」


 あのにやけた男が!?

 うーん、その勇気だけは褒めても良い……良い、のかな。いややっぱり、身の程を知るって大切なことだと思う。


「ほら、ジュリエッタ様が王子のお茶会を断ったという噂があったでしょう?」

「ええ、私もそれは聞いているわ」

「それでチャンスだと考えた方々がいたみたい。もともと多かった求婚が、また増えたそうよ。ジュリエッタ様と結婚すれば、将来は安泰ですものね」


 まあね……だけどジュリエッタ様のような素敵な方は、ちゃんと彼女を愛してくれる方と結婚してほしいなあ。少なくとも、ソフィアのお兄様は無い。絶対無い。


「ソフィアのお兄様は侯爵家の跡取りでしょう?確か私たちより5つ年上って、けっこう良い年齢だもの。そろそろ身を固めろってかなりせっつかれているみたい」

「侯爵家の嫡男なら、選び放題じゃないの?」

「普通はね。だけど王都の貴族の間でクレメンティ侯爵の跡取り息子といえば、女癖の悪さで有名なのよ。この場でそれを知らないのは辺境から出てきた純真なご令嬢だけだわ」

「へえ……」

「へえ、じゃなくて、貴女のことよ!重々気を付けなさい。火遊びに付き合って身を持ち崩した娘も、一人や二人じゃないって話だから」


 うわあ、都会って怖い。社交界、恐るべし。

 基本、貴族社会って大きな問題にならない限り、この手のスキャンダルは公にはならないんだよね。一応一夫一妻制ということになっているけど、貴族の当主なら愛人くらい普通だし。王家に限っては、側室を持つことも許されている。正直、バリバリ一夫一妻制な前世の記憶がある私には、ついていけない世界だ。できれば結婚は私だけを見てくれる人としたい。


 この大広間にそんな人が何人くらいいるか、そもそも存在するかも怪しいけどね……!



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