第7話 2通の書状
「お嬢様、使いの者がこちらを。お嬢様宛でございます」
「ええ?」
トマスが差し出して来たのは、2通の書状だった。
一通はなんとびっくり、王室の封蝋を施された正式な招待状だ。もう一通は小さめの、普通の手紙?メモに近い。まあ、先に開くならこちらだよね。
私は刺繍の手を休めて、書状を開いた。
『14リルを徴収する。明日迎えの馬車を出す故、都合の良い時間を教えるように』
右上がりのクセのある文字で、最後にファーストネームだけの署名がある。もちろん王子様だ。思わず二度見しましたわ。明日?明日って指定かよ!いやでも、時間の都合を聞いてきてくれただけは一歩前進かもしれない。
「トマス、使いの方は?」
「控えの間で返事をお待ちです」
「やっぱり?えっと、アルはいる?」
「はい、只今呼んでまいります」
羽根ペンと紙を引っ張り出している間に、アルがやってきた。
「お呼びでしょうか」
「アル!あなた明日は暇?」
「は?明日ですか?確か午前中は伯爵のお使いがありますけど、午後は屋敷に戻ります」
「じゃあ午後、絶対空けておいて」
「どこかへお出かけですか?」
「王宮へ」
「王宮なら、俺が行ってもどうせ従者控室で待たされるだけでしょう。この前のお茶会もずっと待たされてたし」
「それでも良いから、お願い」
「……わかりました」
よし、アルがついてきてくれるなら一安心……とは言っても気分的な問題なんだけどねー。ええ、アルフォンソに依存気味なのは自覚していますわ。だけど完全アウェー感のある王宮で、呼べばすぐ来てくれる場所にアルがいるかどうかというのは私にとって大問題なの。
「トマス、返事を書いたわ。お願いできる?」
「畏まりましたお嬢様。お預かり致します」
トマスが出ていくと、アルはユージィン様直筆の手紙に視線を落として、呆れたように肩を竦めた。
「また王子様ですか」
「ええ。この前色々言っちゃったから、仕返しするつもりかも。どうしよう、アル」
「大丈夫じゃないですか?で、14リルって?」
「お金を持ってなかったから、市場でお昼代を立て替えていただいたの」
「ああ、なるほど」
アルはわずかに顎をひいて、笑みを堪えている顔を作った。
「気に入られたみたいですね」
「え?」
「そうでなきゃわざわざ呼びつけないでしょう、14リルで」
「ないない、それはない。これには理由があるの」
アルはそのへんの会話を知らないから明後日の方向に勘違いしてるみたいだけど、絶対お返ししますと言い張ったのは私のほうだ。
「ま、どっちでもいいです。頑張って下さい、お嬢様」
「頑張るって何を?」
首を傾げてみたけど、スルーされた。アルはもう一つの仰々しい書状を手に取って刻印を確認している。
「こっちは王家の刻印ですよ。開いて良いですか?」
「ええ、お願い」
「……へえ、招待状です」
「え、何の?」
「舞踏会の」
「ええ~」
「そこは喜ぶところでしょう」
舞踏会かあ。正直な話、ダンスは嫌いじゃない。でも、舞踏会って色々面倒なのよね。あれってぶっちゃけて言えばお見合いパーティだもの。次々に誘われて断るのも心苦しいし、かといって踊りまくるのも疲れる。まったく誘われず壁の花というのも寂しい。私のところに招待状が来ているくらいだから、たぶん学生時代の友達や上級生のお姉様方も来るだろうけど、誰が招待されて誰がされていないかわからない。あらかじめ『招待状来た?』と訊くわけにもいかないのが難しいところだ。誰も知り会いがいなかったらかなり寂しい。
「自覚がないようですけど、お嬢様だって適齢期なんですからね。そろそろ本気で考えないと、あっと言う間に嫁き遅れますよ。選べるのは若いうちです」
「わかっているわよ」
言われなくてもわかってる。わかってるから余計に面倒なの!
しかし王宮から正式な招待状が来たとあっては、よっぽどのことがない限り断ることはできない。
「それで、舞踏会はいつ?」
「来週末です」
よかった、少し時間がある。私は息を吐きだして、思考を切り替えた。
「じゃあ、急いでドレスを選ばなくちゃ」
ごちゃごちゃ考えても無駄だ。行かなければならないのなら、楽しんだほうが良い。重ねて言いますけど、踊るのは好きなのよ?ドレスや小物を選んでアレンジを考えるのも楽しいし、お洒落して舞踏会って、やっぱり女の子にとってワクワクのイベントだもの。ああ、お見合い要素さえなければもっと楽しいのに。
「お嬢様」
「なぁに?」
「狙うならご嫡男ですよ。次男以下ならよっぽどの家柄じゃないと、食い詰めたら目も当てられません」
「助言ありがとう。貴方って時々妙に現実的よね」
「心配してるんです、これでも」
そう言ってアルは少し困ったように笑った。
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