第6話 伯爵家の主

 我がアシュトリア王国は海に面した小国だ。

 北と東は海、西の国境には大河、南の国境は比較的なだらかな山脈が横たわっている。攻められ難い土地柄ではあるけれど、ほんの30年ほど前までは南に接するバルティア王国との戦争が断続的に続いていた。

 バルティアとの争いを治め平和協定を結び、今の体制を整えたの今は亡き先代国王アルフレード様。現国王フェルナンド陛下のお父様で、ユージィン殿下のお祖父様にあたる国の英雄だ。フェルナンド陛下は先代とともに戦場に立ったことがあるけれど、ユージィン殿下は平和な世に生まれ育った。私やアルも同様、戦争を知らない。


 前世でも平和な世界を生きた私はともかく、織田信長という強烈なキャラクターで戦乱の世を生きていた王子様の目に、この世はどう映ってるんだろう。だけど殿下が好むか好まざるかに関係無く、彼の人生のレールは一本道で敷かれている。王妃様はもともと身体が丈夫な方ではなく、公の場に姿を見せる機会は少ない。ご兄弟は年齢の離れた妹君がお一人だけ。国を愛する家臣からすれば、王子にはさっさと婚約なり結婚なりして身を固め王の補佐を通して統治のなんたるかを学んでもらいたいというのが本音だろう。


「ただいま、アリア」

「まあお父様!今日はずいぶんとお早いお帰りですのね」


 王都に来て2週間ほど。

 お父様はずっと忙しくしていらして、夕食をご一緒することもままならない状態だった。特にここ数日は夜中のご帰宅だったらしく、顔を合わせるのも久しぶり。国境に領地を構えるお父様のお仕事は、交易関連が中心だ。領地の統治をお兄様に任せるようになったおかげか、ここ2,3年は王都での仕事が増えている。


「せっかくついてきてくれたのに、あまり構ってやれないくてすまないね」

「お父様は大切なお仕事をなさっているのですもの、私の誇りですわ」

「ああ、アリアは本当に良い子だ」


 未だに子供扱いされるのも悪くない気分なのは、私がファザコンだからでしょうか。ハグとともに、頬ずりされる。ちょっぴりひげがチクチクするけど、私はお父様が大好き、髭の問題などささいなことだ。今日はお父様と夕食をご一緒できるなんて幸せです。


 もちろん、夕食は普段よりも豪華だった。

 給仕を仕切るトマスも心なしか生き生きしてみえる。食卓についているのは私とお父様、そしてアルことアルフォンソ。彼は使用人という肩書ではあるけれど、領地の豪農スタンバーグ家の次男坊で、私の乳兄弟で幼馴染で世話役で、時々お父様の部下。行儀見習いで預かっているという面もあるので、食事時は一緒にテーブルを囲むことが多い。


「ここ数日、面白いことがあってね」


 と、お父様が切り出した。


「まあ、なんでしょう?」

「アリアは、ユージィン殿下にはお会いしたのか?」

「はい。先週お茶会にお招きいただきました」

「どう思った?」

「どう……とは?」


 ええ~、いきなり返答に困る質問をしないで下さい、お父様。向かいに座ったアルが笑いを堪えて肩を震わせている。他人事だと思って、完全に面白がってるわね?

 答えに窮した私に、お父様は鷹揚に笑いかけた。


「名目はともあれ、一応見合いだ。父親として、まずはお相手への印象を訊きたいね」


 うーん、印象、印象かあ。織田信長の生まれ変わりってことばかりが先行しちゃって、ユージィン様ご自身のことは正直よくわからない。偏屈だとか癇癪もちだとか、前評判の割には普通に話せたかしら。ちょっと人の話を聞いてないところがあったけれど、それほど嫌な感じはしなかった。お金を持っていなくて困ってたら助けてくれたし、悪い人ではないと思う。ええ、たぶん、きっと……おそらく、ですけど。


「そうですわね……、面白い方だなと思いましたわ」

「ほう、どんなふうに?遠慮は要らない、正直に頼むよ」


 やけに突っ込んで来ますのね、お父様。

 こういう時はどう言い逃れても無駄なので、私は覚悟を決めた。


「色々とずれているところはありますけど、世間で言われているようなボンクラ王子とは思いません。頭の回転も良いし、話していて退屈もしませんでしたわ。あとは、なんというか……興味の焦点をうまく合わせることができれば、いずれ素晴らしい王様になって国民を導いて下さると思います」


 なにせ前世は織田信長だもん。リーダーシップとか発想力実行力はまず間違いなく人並み外れてるはず。けれど私のような世間知らずの小娘が難しい意見を述べるのも怪しいので、なるべく感覚的なコメントを心がけてみました。


「ふむ、焦点を合わせる……、か。なるほど、アリアは相変わらず面白いことを言う」

「そうでしょうか?」


 私のコメントが面白いとしたら、それはきっと前世の記憶があるおかげだ。私自身が斬新な発想をできるというわけではない。

 どうやらお父様は満足したらしく、一つ頷いた。


「実はな、今日、2年越しで取り組んでいた仕事にめどがついた」

「え?」

「市場への出店権の問題だ。改革を進めようとする我々と、現状維持で良いという商工協会の間で長い間揉めていたのだが、昨日突然ある人物が見事な折衷案を提示して、双方の合意に至った」


 市場への出店権?

 商工協会との折衷案?

 なんだか聞き覚えのあるキーワードなんですけど……。


「ある人物って、まさか……、」

「そう、ユージィン殿下だ。もちろん商工協会にしても我々執務官にしても、殿下の意見では無下にはできない。しかし、それを差し引いても見事なプランだった」

「まあ……」


 さすが信長公、仕事はやっ!

 いや、この場合さすがユージィン殿下、と評価するべきかな。


「決裁は的確だし、求められれば鋭い意見を仰ることもあったが、殿下が積極的に動いたのは今回が初めてだ。少なからず周囲の評価も変化しただろう」

「積極的に…」

「ユージィン殿下はなかなかせっかちでね、新しい制度はこの春から導入予定だ。導入後も定着するまでしばらくかかるだろう。領地へ戻る時期が遅れるけれど、アリアは大丈夫かい?」

「ええ、お父様。アルもいてくれるし、王都の暮らしも楽しいです」

「そうか。ならばよかった」


 あの布地の店は絶対ゆっくり見たいし、まだ会えていないお友達もいるし、しばらく王都に滞在できるというなら大歓迎だ。もちろん一番落ち着くは領地のお屋敷だけどね。田舎で育った私にとって、王都みたいな賑やかな場所はたまーに滞在するくらいが丁度良いのだ。


「ところでアリア」

「はい」

「ついこの間、王宮からの迎えで外出したそうだね?」


 ぎっくぅ。

 えっ、誰?誰がお父様に報告したの?

 向かいのアルと目が合うと、彼は小さくフルフルと首を振った。

 まあ、普通に考えたらトマスよね。彼は自分の職務に忠実で、お父様に嘘はつかない、隠しごともしない。


「ええ…、ええ、行きましたわ。申し訳ございません」

「いや、咎めているわけではないよ。出かけるのはかまわない。しかし行き先ははっきりさせたほうが良いな。トマスの寿命が縮んだら、私が困る」

「肝に銘じておきます」

「ああ、頼むよ」


 どこまでご存じなのかしら、お父様。

 一緒に出掛けたのがユージィン殿下だと知っていますか?

 しかし怖くてこちらからは聞けない。いっそ誰と行ったのかと追及して下されば答えることもできるのだけど、この話題はそこで終わり。

 お父様はいつになく上機嫌でワインを一瓶空にしたのだった。


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