第3話 変わり者どうし


「お嬢様、お客様がお見えになっておりますが…」


 王子様とのお茶会から三日後の、お昼時。

 王都の邸を仕切っているトマスが困惑した表情で私のところへやってきた。ほとんどの貴族は王都にも屋敷を構えている。主な仕事は領地を治めることだけど、年に数回は会議や晩餐会に出席するために王都に滞在するからだ。私のお父様も例外ではない。領地の屋敷に比べればこじんまりとした家だけど、過ごしやすいこの家を私は存外気に入っていた。


「お客様?」


 誰だろう。

 基本領地で暮らしているので、王都での知り合いは多くない。行儀見習いの学校に通っていたからその時の友人はいるけれど、約束も無しに尋ねてくるような人物に心当たりはなかった。


「誰かしら」

「それが……、王宮の馬車でお見えでして…」

「王宮?」


 一瞬、チラっと王子様の顔が浮かんだ。いや、そんなはずないよね。ない…とは思うけど、可能性を捨てきれない。


「良いわ、お通しして」

「しかし、お嬢様…」

「王宮の馬車なのでしょう?何かあったらお父様の首が飛びます」


 未だ困惑した表情のままトマスは一礼して部屋を出ていった。

 すぐに廊下からカツカツと足音が近づいてきたので立ち上がると、ほぼ同時にドアが開き、背の高い影がひゅうっと部屋に入ってくる。


「いるじゃないか、ええっと…、マリア?」


 いきなり名前を間違えられた。


「アリアです。アリア・リラ・マテラフィですわ、ユージィン殿下。先日は素敵なお茶会にお招きいただき、ありがとうございました」


 現れたのは、案の定王子様だった。びっくりするくらいの軽装だ。王子様というよりは酒場にたむろしている冒険者だと名乗ってくれたほうがしっくりくる。トマスが面食らうわけだ。


「そう、アリアだったな。迎えに来た」

「迎えに、ですか?」

「ああ」


 そんな約束をした覚えはない。私が動けずにいると、ユージィン王子はつかつかと私に歩み寄って腕を掴んだ。


「グズグズするな、出かけるぞ」

「出かける?これから?殿下と一緒に?」

「そうだ。どうせお前、暇だろう」


 ああ、この人、色々駄目だ。型破りにもほどがある。これじゃ縁談もまとまらないはずだよねえ…。こら、みだりに未婚の女性に触るんじゃありません。


「お待ちください。私にも予定というものが…」

「予定?何の予定だ?」

「それは…、午後には仕上げてしまいたい刺繍がありますし…」

「刺繍と俺とどちらが重要か、理解しているか?」

「……」


 ですよねー。

 どうしてここにやってきたのかとか、その格好はどういうことなのかとか、色々言いたいことはあったけどたぶん無駄だと悟って私は覚悟を決めた。


「わかりました。すぐに準備いたします」

「準備なぞ必要ない。行くぞ」


 えええ、ちょっと、今普段着なんですけど。

 それより私、まだお昼ごはん食べてないんですけど。

 不満はあれど王子様に逆らえるはずもなく、私は部屋の外へと引っ張り出された。廊下に心配顔のトマスが控えている。せめてアルがいればなんとかしてくれたのだろうけど、あいにく彼はお父様の従者として外出中。王子様と違って忙しい男なのだ。


「お嬢様…」

「大丈夫よ、トマス。少し出かけてきます」

「では、御支度を」

「いえ、平気。心配しないで。夕方には戻りますから」


 戻りますよね、たぶん。

 そう念じながらユージィン様を見上げると、彼は私をチラリと見おろして面白そうに笑った。えー、もう、意味がわからない。






 見送ってくれたトマスは最後まで不安そうだったけど、御者付きの馬車は王宮のもの。

 とりあえず身元だけはしっかりしていると判断したのだろう、強く引き止められなかったのは幸いだった。騒ぎになって悪目立ちするのは避けたい。

 馬車が動き出してから、私は王子様に話しかけた。


「ユージィン殿下」

「外にいるときに殿下は止めろ。万が一にも騒ぎになるとやっかいだ」


 お前がそれを言うか。私はひとつ咳払いして立て直す。


「ではユージィン様。普段からこんなふうにお出かけをされていますの?」


 心の底から呆れていたので、たぶん顔に出ていただろう。向かいの席の王子様はしかし、まったく気にしない笑顔で私の問いを受け止める。


「ああ。これまでも何人もの女を誘ったが、馬車に乗り込んで来たのはお前がはじめてだ」

「普通は乗りませんわね」


 何人も誘ってるのか、このやり方で。

 なんだか頭が痛くなってきた。もっとしっかりしたお屋敷なら、ご令嬢への面会も叶わないだろう。断っておくが、トマスがいい加減だということではない。彼は高齢でユージィン様を止めるのは物理的に不可能だし、それ以前に『王宮』という権威には最大限の敬意を払っている。たとえ中に乗っていたのがチンピラ……、もとい冒険者風の若者であっても、王宮の馬車は黄門様の印籠のようなものなのだ。あら、黄門様って何だったかしら。


「アリア、この前の話を覚えているか?」

「前世のお話ですか?」


 忘れるわけないでしょ、とツッコミたかったけどやめておく。私の返答が気に入ったのか、ユージィン様は唇を斜めにして頷いた。


「では、俺の前の名を覚えているか?」

「名前……ああ、ノブナガ様ですか?織田信長様」

「そうだ」


 王子様は感心したように軽く目を見開いた。


「……それを一度で覚えたのもお前がはじめてだ」


 そうですわね。この国の言語ではちょっと発音し難いもの。けれど私には馴染み深い発音なのです。時代は違うけれど、前世の私は信長様と同じ国に生きていたのですよー。って、絶対言わないけどね。うっかりそんなことを知られたら、ますます面倒なことになる予感がする。


「お前、変わり者だと言われないか?」

「いいえ。学校では田舎者だとよくからかわれましたけれど」

「は、くだらん括りだ」


 ユージィン王子は唇を斜めにして笑うと、御者に声をかけて教会の裏手で馬車を止めた。


「さて、行くぞ」

「市場ですか?」

「そうだ。今日は面白い店が色々出ている」


 さすがに馬車から降りる時は、手を貸してくれた。その所作はびっくりするくらい洗練されている。どうやら王子様っぽくふるまおうと思えばできるらしい。


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