第4話

出てきた結論は寂しい限り。

「もう、スケジュールどうにも動かせないからトラでいこう、トラで。最後まで木村くん、出てなくても、編集でなんとかなるだろ!」

 監督が言えば、プロデューサーまで、

「そうだな、貧乏臭いハゲの役者ならそこらにいっぱいいるから、ま、大丈夫だろ、おい、誰か俳優名鑑持ってこい」

などとスタッフに叫びます。 

「トラってなに?」

助監督がトラは代役の事だって、教えてくれました。


私は猛烈に大反対!久々に切れてしまいました。

私は天下無敵アイドル、ワガママ娘のレッテルを世間様にベットリ貼られた「伊藤まり」です。でも、私、義理人情だけが誇りの下町の太陽なんです。

「なんで木村さんを待ってあげないの」

大きな声で叫びました。みんなの前で。

「ここまで、せっかく、みんなで頑張ってきたのに、後何日間か待ってあげようーよ!」

どんどん私のテンションは上がっていく。

「クランクインする前に、監督も言ってたじゃないですか、映画はみんなで力を合わせて作るものって。だから、事故がないようにって、布田神社に全員でおはらいを受けに行ったんじゃないの!」

監督以下、その場の全員が唖然としている。

「そりゃ、私がNGばっかりで、撮影が遅れちゃって、迷惑かけて、私が一番いけないのは・・・わ、わかってるよ」

ここまできたら、なんか私はもう、涙が出てきちゃいました。

もう、私、引っ込みつかず、

「だから、お願いします!」

深々頭を下げてしまいました。ついでに、

「私、木村さんを待てないんだったら、私もう止める!絶対止めてやる!」

みんなに鍛えられた演技力のおかげか、迫力満点で言ってやりました。


再び、スタッフ相談。結論は簡単、予算的問題、完成・上映スケジュール的には何とかなるらしい。何とかならないのは私のスケジュールの問題らしい。

映画の撮影が一週間延びると、私のグラビア撮影とテレビの特番を兼ねたハワイロケがアウトらしい。

スタジオのスミで汗をふきふき、事の成り行きをポッキー片手に見つめていた森ブーに一同の視線、デブはギクッと縮まぬ身を縮める。

「ど、ど、どうしよーマリちゃん」

「どうにかするのがアンタでしょう!」

私、一喝。


今日の撮影はひとまず中止。

で、全員で出した結論は、関係者以外秘密、もちろん事務所も何もかも。

「伊藤まり、緊急入院」

最初はストレス性胃炎にしようかって話もあったのですが、なんだか妊娠ぽいって勘ぐられても嫌だと森ブーが言い、階段踏み外しての左十字靭帯損傷で一週間入院、てな事にして事務所に連絡、私のスケジュールを大胆に変更する事に成功しました・・・ハワイの撮影は来月に順延にして、一週間後に仕切りなおしの映画の撮影を無理やり入れ込みました。今回の大仕事に森ブーが汗を拭き拭き複雑な思いも嬉しいような、後ろめたいような顔をしています。

数時間後には事務所からマスコミ各社にメールとファックスが送付される段取りだって言っていました。

でも、社長とかお見舞い来られるとまずいから、私もホントに木村さんと同じ病院に健康診断兼ねて入院して一週間のゆっくりの休養、睡眠不足も一気の解消するこことに決定。この事、もちろん、ホントの話は家族だけにはちゃんと伝えておきました。

私も病院でゆっくり休めば、ゆとりの演技、最後の撮影は全身全霊、そりゃ盛り上がりますわよって、監督とプロデューサーさんに言えば、私のヤル気に恐れをなしたのか「トホホ」と頭を抱えていらっしゃいました。


こんなに苦労して「木村続投決定」を本人にみんなで言いに行った時が傑作だった。木村さんたら、病室で号泣しちゃった。

「僕の変わりなんて、いくらでもいると思っていたし・・・今回、ここにきて降板なんて、もう、最悪の人生だって・・・もう、役者なんか辞ようと」

プロデューサーが、

「な、木村君、良かったな。天下の伊藤まりのおかげだよ」

私は何となく照れくさい。

「ツンツンしてて、生意気で、芝居のドヘタな小娘がこんなイイ奴だなんて・・・一生懸命に生きていれば、やっぱり、神様はご褒美をくれるんだって、はい、とても感動っす」

木村さんの涙は止まらないから、可笑しいやら、嬉しいやら、ドヘタと言われて頭に来るやら。助監督の松川さんが、

「でも、木村さんへのご褒美は神様からでなく、まりちゃんからでしょ」

そう言うと病室のみんなが「ごもっとも」と言って笑った。

なーんか、映画みたいな展開になってきた。



木村さんも、そう、私のおかげで、すぐに元気になってきました。一週間したら、ちゃんと普通の撮影ができるくらいまで。

私もすっかり睡眠不足解消で気分もリフレッシュ。マスコミや事務所に嘘がばれる事なく無事退院です。

入院中、よく夜中、最後の芝居の練習をしに木村さんを誘って屋上に行きました。

ハイライトっていうタバコを無理やり貰って吸ってみたりして、フーって吹かせば夜空に煙が大きく吸い込まれていくみたいでキレイでした。でも、味はイマイチ、好きにはなれませんでした。

もうすぐ、梅雨って天気予報。今年の春はもうすぐ終わりですけど、なんか長いようで、あっという間。ちょっと楽しい春でした。


いよいよ、クランクアップまで、あと三日。

スタッフは編集とかいろいろ後の作業があるけど、出演者はあと三日で終わり。

最後のシーンが近づいてきて「やる気満々」です。これって女優のテンション?か、もう、気分は完全に「クロス・トゥー・ユー」です。



カット!

監督の声がピンとはったスタジオの空気に響きます。

スタッフ、みんなが口々に、お疲れさまーに、拍手、拍手。

スタッフが用意した花束が監督から私に。


今日の朝、スタジオに入る時、絶対に泣いちゃうだろうなーって思っていましたが、実際と言えば、あ然、ぼう然、あっ、もう終わっちゃったのかーって何か楽しい夏祭りが終わった気持ちです。

でも、やっぱり、ちょっとの涙がホホを伝わりだしました。嬉しいのか、悲しいのか、寂しいのか、よく解からない涙でした。

撮影に入る前は、あんなにイヤだったのに、もう、終わっちゃうのが、なんか悔しいし、そして、切ない。

もっと、ちゃんとしたお芝居がしたかった。

もっと、みんなと一緒にいたかった。

いろんな思いが心に走ります。

何だろう、この気持ちは。


あ!私の心に線香花火。

小学生の頃、夏休みの終わりにお婆ちゃんと行った江ノ島。海岸通りの竹浪という磯料理屋さんで私の大好物、サザエの壷焼きと刺身定食を食べ終わり、海岸に出て二人でやった線香花火。

お婆ちゃんが最後の一本の先にマッチの火をあてて言いました。

「夏の終わり、残り花火の切なさは・・・ってね、まりちゃん」

「え、切ないって?」

 と私が聞けば、

「ひと夏が終わるとさ、みんな、だんだん大人になっていく事かな」

今、その時お婆ちゃんの言葉を何故だか思い出しました。


周りでは、セットのバラシがもう、始まっています。

ひとつ、ひとつのセットが手際よく解体されて、あっという間に普通の殺風景なスタジオに戻っていきます。

まるで、今までの世界が、夢のよう。



明日からは、少しは寝坊もできるのに。絶対、嬉しいはずなのに。

なんだか胸がキュンとする。

スタッフに、いや、木村さんに恋をした?

違う、絶対、死んでもそれはないはず…。

じゃ、何なんだろう。

切なくて、ほろ苦く。そして、心に少しの勇気。


その日の、久々におうちのベッド。

お布団をかぶる。

何だか、涙が止まらない。

そして、

「みんな、みんな、愛しているよ!」

私は夢の中か現実か、大きな声で叫びました。


END

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雨上がりの夜空に 高橋パイン @beach69

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