第3話

映画の撮影、始まっちゃったからもう大変です。

こんな風にして映画って大勢の人が集まって作ってたのかぁ!?と驚くやら、あきれるやら。

ママとお婆ちゃん、その他親戚多数が現場によく参観に来ます、

「なんか、大きな文化祭の準備みたい」

「とっても面白いワクワクする雰囲気だわ」

みんな、とっても喜んでおりました。

ファンの子たちもよくロケ現場には来ていたんだけど、コロコロ変わる映画撮影スケジュールをどうやって調べるのだろうかと不思議でしたが、もっと心配なのが私のファンクラブの会長、呉服問屋の小太り社長、いつも撮影の現場に差し入れ持って来てくれるんですけど、

「自分の会社は大丈夫なんですかぁ?無理しないで下さいよ~」

不躾ながら、この前、思わず聞いてしまいました。


ロケはお台場、銀座、晴海近場中心。

セットは調布の日活撮影所。

私のアイドル・スケジュールに合わせて決めたそうです。

それに映画の撮影は、テレビ局じゃ会えない俳優さんとかが結構いらっしゃって面白いです。

昨日は日活スタジオでは、お隣組の舘ひろしさんからケーキの差し入れ、そんな話をママに言ったら大喜び。舘さんのサインを頼まれてしまいました。

そんな初めてづくしの経験が山積みされても、生活はいつもと変わらないお仕事消化マシンの日々。


ここのところ思うに、随分と久しぶりに「季節の変化」を体感します・・・映画の撮影現場、夜に感じる風は春の風から夏の風に変わっていくのが解かりました。絵画館前の撮影の時なんか緑がサワサワとっても軽井沢みたい気持ち良かったです。いつもはスタジオの仕事がほとんどですが、この映画はロケが多いので「季節の息吹」を感じられて嬉しいです。まぁ、嬉しいなんて感じる事はこれくらいか・・・でも、私の感性の隙間に多少の変化というか、心の動きを感じてきたのはこの頃でした。



なんだ、かんだで撮影は順調なわけもなく、厳しい現実。

もう、言語道断殺人的なスケジュールの合間に台本の読込みに頭の中は台詞でパンパンです。

撮影が進んで、台本の意味、遅まきながら理解して判明したのが、私をキャスティングした理由。

私の役どころは、今やときめくトップアイドル「伊藤まり」、いわゆる「まんまの私」なんです。

物語は、アイドル女優「伊藤まり」と売れない役者「木村文秀」が、ダイヤモンド・ジュエリー、デビアース社のテレビ・コマーシャルのスタジオ撮影から始まります。

三十億円のダイヤモンドの手錠が登場、カメラの前でキレイな私の腕と、肉体労働で鍛えたがっちりしている貧乏役者の腕がガチャリと結合します。

コマーシャルの撮影終わって、さぁ大変、この三十億円のダイヤの手錠が取れなくなっちゃう。

何故って、手錠の鍵がどこかへ消えてなくなってしまう。

アイドルのマネージャーなんかは手錠の鎖を何とか切って外そうとするんだけど、スポンサーや広告代理店の人たちは、時価三十億円、世界でたった一つの超貴重なジュエリーだから絶対にキズをつけたら駄目!っと。それでスペアキーを待つことに・・・フランスの本社から合鍵が届くまでの三日間の売れっ子アイドルと売れない役者、繋がりっぱなし波乱万丈の業界ドラマ。



テレビカメラと映画のカメラが現実と非現実、虚構と実像を行ったり来たり、私も混乱しちゃうくらいです。

テレビ局でのホントの収録が、映画の撮影も兼ねたり、雑誌の取材やグラビア撮影の合間に映画の撮影を同時にやったりしているのですが、映画を見るお客さんにしてみれば私の本当のドキュメンタリー映画みたいって錯覚するはず。手の先にくっついている木村さんの姿に目を瞑れば。

この木村さんはすげー禿げてて、ちょっと見はもちろん変質者系。人生のほとんどを舞台と土方と四畳半、加えてたまのヘルスに生きる人です、とスタッフ会議で劇団ショーマのマネージャーから紹介され、赤面していました。

こんな映画の企画がなかったら、木村さんみたいな人とは絶対にプライベートでは接触接点は皆無と断言できる「嫌い」とか「好き」とか超越したタイプで、ある意味、言葉を話せて私とコミュニケーションできるのが不思議なくらいの生き物です。


テレビ局内とかの撮影は、時間がないし、映画的演出はほとんどなし、そのまんまと言うか、ドキュメンタリー調に進行していますが・・・しかし、しかし!調布の撮影所に移るともうお芝居が大変。もう一度、もう一度の、監督さんのロケの鬱憤をまるで晴らすようなしつこい演出です。

最初は、なんかハレモノでもさわるような私に向ける視線、最終的には、「いい加減にちゃんとできねーのか」的視線に変化。

今日の最後は、

「もう、終わりにしよう」

監督、ガックリ肩を落として力のない一言に、さすがの私も情けなく唇を噛んでしまいました。

普通、スタッフの誰かが一人くらい味方にいてくれて、

「がんばれよ!」

とか声をかけてくれるのが筋ってもんじゃなのって、森ブーに文句言ったって、私の芝居がうまくなる訳じゃないし、第一、仮に私が、

「何とかしてよー!」

って怒鳴ったところ、あいつは私の相手になんかならずにフラフラ逃げ出すだけなんですから・・・愚痴は諦めて毎日の撮影現場に臨みます。

畜生!ふざけんなって心で叫んでも、怒りのぶつけ所は自分自身のわけで、十七歳の乙女のストレスで一杯です。


考えてみれば、森ブーのヤツはここのところ数日、朝一撮影現場にちょっと顔を出したら直ぐにどこか消えてしまい、私の扱いはスタッフ一任の暴挙に出ています。ま、反面すくすく逞しく鍛えられる自分もいるわけですが。

送り迎えはもっぱら制作進行の鷲尾さんとか制作主任と車両部の海藤さん達。最初は気がね等していましたが、最近は慣れ親しんでワガママ言い放題の私のペース。移動ではハイヤーを断り、スタッフ車両のマイクロバスを好んで乗ってしまいます。だって楽しいんです。なんだか、私、すっかりアイドル忘れそうです。


この前、深夜の帰り道、お腹すいたって駄々こねて、結局みんなで入ったデニーズで聞いてしまったんですけど、この映画の制作費が厳しくて超大変らしいです。

スタッフ全員泣いておりました。

普通は、この手の業界じゃ聞いちゃいけないギャラ話、でも、天真爛漫に毎日毎日ハードに働いて、さぞかしお高い給金かと察し、みんないくら位もらってるんですかー?なんて興味フツフツで聞いてみたら、聞いてしまった後悔は後にたたず・・・ぶったまげましたわ、そのギャラの安さに。

「女子高生のバイトのほうがまだいいよ、何でこんな事やってるのか?」

そんな疑問が喉まで出ましたが、さすがにそれは止めました。

深夜のデニーズ、現場スタッフに貧乏役者、みんなで語る内容は私が知らない未知の世界、苦労話に切ない話、お代わり自由のコーヒーは、とっても、苦い大人の味がしました。



売れっ子アイドルと貧乏役者が、どうしようもなくて手錠でつながれたままホテルに泊まる・・・こんなシーンの待ち時間に木村さんと二人っきり、なんか会話しなくっちゃって、この私が気なんか使って話題探し。ついつい、

「舞台っておもしろいんですか?」

なんて聞いたら、この無口で暗―い木村さんが、そりゃ人が変わったように説明してくれる舞台のおもしろさに、演劇論。

それで、またまた私、ギャラは?って聞けば、これまた失神状態の安さというか、ただ同然、まだ小学生のお年玉の方がまし。

どうやって、みんな暮らしてるの?で聞けば、道路工事から内装、塗装、魚屋、ガードマン、まるでバイトの博覧会。

「なんでそこまでして続けるの?」

素朴な疑問、私がその疑問の答えを見つけたのに時間がとってもかかりました。



シーン三十七、カット十二、テーク一、フィルム回りました。

ヨーイ、スタート。


説得を始めるアイドルに、戸惑う貧乏役者のシーン。

アイドル女優のおかげで映画撮影が延びてしまい、貧乏役者は自分が出演する予定だった本多劇場の舞台に間に合わない。


〇アイドル女優

「なんで、なんで、木村さん、せっかくのチャンスなんだから、その舞台に上がるべきだよ!」

〇貧乏役者

「でも、まりちゃんのスケジュールのほうが重要だし・・・俺なんかさ、どうでも良いホンのちょい役だし、だいいち、俺の替わりなんていくらでもいるしさ」

〇アイドル女優 

「何言ってのよ、まったく。それじゃ、いつまでたったって売れない俳優だよ」

〇貧乏役者

「でもさ、この手錠があったらどうにもならないし・・・勝手な事はできないし」

〇アイドル女優 

「大丈夫だよ。あんなに言ってたじゃない、舞台は良いよって!どんな場面?」

〇貧乏役者

「ダンスパーティのシーン」

〇アイドル女優

「だったら、私も一緒に行ってあげる、うん、一緒に踊ってあげるよ!」

〇貧乏役者

「そんな~絶対無理。まりちゃんが抜けるなんて、マネージャーとかテレビ局の人とかさ、許してくれる訳ないよ~絶対不可能」

〇アイドル女優

「男でしょ、当たって砕けろでしょ!」

〇貧乏役者

「ボ、ボクは、まりちゃんのその気持ちだけで、もう、十分、本当にありがとう、ありがとう、ありがとう」


思わず、貧乏役者「木村」が感極まって泣き出す。

しかし、「まり」は強引に木村の手を引き…。


〇アイドル女優

「私は、飛ぶ鳥落す売れっ子アイドル、伊藤まりよ!たまには、私の勝手、自由に籠から出させてもらう!さぁさぁ、さっさと行くわよ」


走り出す二人。表情、「まり」はイキイキ、

一方、「木村」困惑ながらも…。


〇アイドル女優

「そうだ、あの救急車いただき、レッツ、ゴーの大逃亡よ!!」


アイドル、貧乏役者を無理やり引っ張り、救急車へ飛び乗る。

走り去る救急車、それに気がついたマネージャーが何かを怒鳴る。

アイドル女優、勝気な表情で手をふりながら、


〇アイドル女優

「本多劇場で待ってるわー」


走り去る救急車。

慌てて救急車を追うスタッフ達。



「はい!OK。 最高!サンキュ! 」

監督の大声が響く。

スタッフが、緊張と一瞬の沈黙からドヨドヨと動きだす。

制作の人の大きな声で、

「今日はお疲れです、あしたのスケジュールは午前七時に新宿スバルビル前っす」

明日の段取りが全員に告げられる。

スタッフのみんな、たぶん監督も思っている事は一つ。

「き、奇跡、奇跡だ。悪い事が起きなければよいが・・・一発オーケーなんて」


木村さんが、唐突に手錠をはずしながら言った。

「やっぱり、まりさん、上手くなったんだよ、お芝居」

「ウッソー、まっさかー!」

でも、私、まんざら。


「映画はさ、キャスト、スタッフまるごと監督の名前で『組』って言うでしょ、この組は滝本組なわけで、なんか、最近、まりさん、組員顔になってきたような気がしてたんだ」

何でだろう、私は特別にお芝居の勉強もしてないし。

「みんな、ズーッとここのところ一緒にいるしね、仲間意識なんかも生まれてきてるし、映画の作り方とか、雰囲気、わかってきたんだよ、きっと」

「そっかなぁー」

「そう、みんなで、やっぱり、良い作品を作りましょー!て共通の意識が生まれてきたんだよ」

木村さんの説明。確かに、なーんか、そんな気がしてきちゃう、この不思議、です。


みんな、超ギャラが少ないのにさ、何で一生懸命映画作りをやるのって思わず聞いちゃった時、みんなの日に焼けた肉体労働者顔に照れを隠しながら口にしたのが、

「いいもん作ってさ、みんな観てくれて、笑ったり、感動したりする顔みると、気持ち良くってさ、止められないんだよね」

そこで口をはさんだ木村さん、

「舞台はもっと、生ですから、もっとエキサイティングですから」

身を乗り出して主張していた深夜、いつもの調布のデニーズだった。



撮影も終盤、さすがにみんな疲れているみたいです。

そりゃスタッフはみんな私のスーパーハードなスケジュールに合わせて撮影しているんだからしょうがないのでしょう。とは言え、実は私が一番凄いスケジュールですが。人間一日三時間寝れば大丈夫、気合の問題!と言うよりは、生まれ持つアイドルの天性、慣れと若さの勢いでしょう、きっと。


最後の一週間、大事件発生です。

ついに木村さんが倒れてしまったのです。

疲労とストレス、それに加えて、やっぱり栄養失調。調布の日活撮影所に来る前にふらふら倒れ、今は病院で点滴中。撮影復帰は無理との事、全治一週間。

今、スタッフたちは対応相談中です。

木村さんはクランクインしてから私のスケジュールで行動を共にして、スケジュールの合間合間は、食いぶち稼がにゃクランクアップ後の生活不安って、夜中の工事現場で交通整理のバイトをしていたんだから、カラダ壊して当たり前!?

そんな木村さんの生活が心配になって、この小娘の私が、ちゃんとカラダは大切にした方がいいよーって芸能界の先輩として警告をして、毎日ユンケル奢ってあげていたっていうのに・・・最悪。

現場はいったいどうするのかな?と私もちょっと心配です。

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