3 未来人ジョージ

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 旧盆も開けたある夏の日の昼休み。


 明智は、皇国共済組合基金ビルから社員寮に戻って昼食を摂った後、残暑とは名ばかりの殺人的な日差しを避けるように建物の影を器用に渡り歩きながら、職場に戻ろうとしていた。


 凄まじい熱量を放つ日光に目を細め、風一つ吹かない蒸し風呂のような外気に辟易する。

 東京の夏はとにかく蒸し暑い。

 生暖かく、へばりつくような空気には、上京から何年経っても、未だに慣れない。


 だが、満島や松田といった東京出身者は、多少の文句を垂れつつも、このうだるような夏日を乗り切ってしまう。

 九州男児の近藤なんぞ、「帝都の夏は暑いことには暑いが、実家よりは過ごしやすい」とまで話していた。



 体の作りが根本から違うのだろうか?



 連日の夏日は、明智の体を夏バテという病で確実に蝕んでいた。

 暑さにやられるなんて、修行不足もいいところ。我ながら情けないとは思いつつも、一方でこの暑さでは体が持たなくて当たり前だとも思う。



 ほら、その証拠に、カンカン照りの太陽に照らされた裏庭の砂利の上に、色白で色素が薄く、見るからに虚弱体質そうな青年がうつ伏せで倒れているではないか。


 長身で痩せた体に白衣を羽織った彼は、周囲に工具や訳のわからない奇妙な部品やネジを散ばしたまま、地面に倒れ伏していた。

 大方、炎天下の中、夢中になって作業をしているうちに力尽きてしまったのだろう。


 世話のかかる男だ。


 さすがに放置するには良心が痛むので、明智は嫌々、倒れている男、広瀬に近づくと、しゃがみ込んで、その肩を揺すった。



「おい、広瀬。大丈夫か。こんなところに倒れていると、干からびて死ぬぞ。起きろ」



 揺すり起こされ、しっかりと閉じられていたまつ毛の長い瞼がゆっくりと開き、焦げ茶色の瞳が明智を捉えた。

 そして、陽の光を浴び、飴色に輝くサラサラとした髪を揺らし、目尻の下がった優しげな目を細め、彼は屈託無く微笑みながら言った。



「あ! 眼鏡のおじいちゃんだ! 若いなあ。もしかして、まだ20代? 凄い! 実験成功だ!」



 生まれつき体があまり強くないらしい、無番地随一の技術者は、気の毒に猛暑に体だけでなく、頭までやられてしまったようだった。

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