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「ねえ、あなたは今何が欲しい?」



「そりゃ、あかりさん一択でしょう」



「ふざけないで。物よ物。誕生日の贈り物にデパートで買えそうな物!」



 満島のいい加減な回答に、あかりは、ヒステリックに叫び、大振りの栗が乗ったケーキにフォークを力任せに突き立てた。

 キーキーとうるさい声だけでなく、ガシャンと耳をつんざくような音がしたため、午後のティータイムを優雅に楽しむご婦人方の非難の眼差しが一気に注がれる。



 現在、明智と満島、それにあかりは、資生堂パーラーでお茶をしている。

 ナンパなんて文字通り一蹴するかとばかり思っていたのに、どういう風の吹きまわしなのか、外務省所属の女スパイは満島の誘いに乗った。

 近藤の時と同様に、二人は明智を除け者にして盛り上がり、どのケーキを注文しようかなどと仲睦まじく話し合った。


 その間、明智はあかりに蹴り上げられた秘部がじんじんと痛み、ケーキなんか食べる気もせず、コーヒーだけを注文すると、足早に便所に向かい、負傷状況の確認をしていた。



 何とか痛みも収まり、また大事には至っていないことを確認し、席に戻った時には、既にテーブルには二人分のケーキと紅茶が並び、明智の席にだけぽつんと黒褐色の液体の注がれたカップが置いてあった。

 自分もケーキを注文すれば良かったと後悔したが、そんな気持ちはおくびにも出さず、椅子に腰掛けたのは言うまでもない。



 明智が席に着いたのを見計らい、あかりが切り出したのが、先程の『誕生日の贈り物に何が欲しいか』という質問だった。


 聞けば、彼女の上司兼恋人の笠原かさはらがもうすぐ誕生日を迎えるらしい。

 自分としては誕生日プレゼントを贈りたいところなのだが、何を選べば良いか分からず、デパートに行き、商品を見て回れば思いつくことがあるかもと思い、銀座まで出てきたところだったとあかりは説明した。

 笠原は、ついこの前にあった地下鉄立て籠り事件の時、あかり同様、多少縁があった、一分の隙もないオールバックの黒髪が特徴的なインテリ然とした外務省のスパイだ。


 詳しい事情は知らないが、あかりは彼に心酔している様子だった。



「童貞は何がいいと思う?」



 満島は役に立ちそうもないと見限ったのか、彼女は明智に話を振ってきた。



「その呼び方やめてくれないか。人目もあるし、恥ずかしい。第一俺は違うぞ」



「聞き苦しい言い訳はよしなさい。大丈夫よ、隠さなくたって。大人の女なら雰囲気で大体そうだろうって分かるから。ここにいるお上品な奥方たちも、内心では『あ、あの眼鏡、童貞ね』って見抜いているはずよ。そんなことはどうでもいいのよ。あんたは誕生日プレゼントが貰えるなら何が欲しい? 恋人とか妻はなしよ」



 聞き流せない指摘をされたが、これ以上、公共の場でその話題に触れるのは、あまり賢くはない。黙ってにやにやとしている満島の顔面に手拳を叩き込みたいが、それも叶わない。屈辱的だが、我慢してやろう。


 恋人から贈り物を貰った経験なんぞないが、答えないで、またヒステリーを起こされても厄介なので、一応考えてみる。


 中学生の頃、恋人どころか友人ですらない、名前も知らぬ顔見知りの女学生に手編みの手袋を貰った時は、正直怖かった。

 一針、一針の網目によく知らない女の湿った情念が編み込まれているような気がして、気味が悪く、使いたくなかった。

 その時、ちょうど当時小学生だった一番下の弟が新しい手袋を欲しがっていたので、事情は伏せて彼に譲った。


 数日後、丹精込めて編んだ手袋を小学生の子供がはめ、雪遊びをしているのに気づいた女学生に、出会い頭に平手打ちをされた記憶は色濃く残っている。



 けれども、あれはよく知らない女から手作りの品を貰ったからであり、恋人である笠原とあかりに当てはめて考えるような話ではない。


 実体験がないので、あくまで想像だが、恋人同士なら手編みの手袋も嬉しいはずだ。

 愛する女が自分のことを想って作ってくれた贈り物なら、貰った喜びもひとしおなのではないか。

 そう思えてきたので、早速提案してみた。



「手編みの手袋とかマフラーはどうだ? これから冬になるし」



「嫌よ。面倒臭い」



 間髪入れず、却下された。

 それにしても、仮にも愛しているのに、編み物は面倒臭いとは酷い言い様だ。



「面倒臭いなんて、本当にそいつのことが好きなのか?」



 思わず、眉間に皺を寄せ、思ったままに苦言を呈してしまったのは失敗だった。

 彼の指摘に、あかりは機嫌を著しく害したようだった。



「あんた、もしかして女は自分の三歩後ろを黙ってついてくるような、大人しくて素直で、尽くしてくれて、家庭的で、清楚な美人だけど、ちょっぴりお茶目でかわいいところもある子じゃなきゃ嫌だとか抜かすクチ? 気持ち悪っ。愛があるから、お前は何でもしてくれるよな、とか平気で言いそうね。馬鹿じゃないの? いい歳して。一生妄想の中で暮らしなさいよ」



 何か家庭的な女とその種の女を好む男に対し、私怨でもあるのか、彼女は顔を真っ赤にし、語気鋭く明智を徹底的にこき下ろした。



「……別にそんなことは一言も言っていないのだが。単に思いついたから言っただけで。それに愛さえあれば何でもできるとまでは思っていない。俺も正直手作りの品はいらない」



 傷ついた心をひた隠し、弱々しく否定すると、彼女は握ったフォークをこちらに向け、改めて同じ質問を繰り返した。



「だから、もしあんただったら、何が欲しいかって聞いているのよ。ほら、言いなさいよ」




 自分だったら何が欲しいか……。


 暫し沈黙し、考え抜いた末に、今最も欲しい物を口にした。



「整腸剤が欲しい。最近気候が急に寒くなってきたせいか、腹の調子が悪いんだ。買い置きはあるが、あと3日でなくなってしまう」



 病院に行け、とあかりと満島に、ほぼ同時に冷たく吐き捨てられた。

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