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 あの頃の僕は、箱入り息子中の箱入り息子でした。


 ご存知の通り、うちはある宮様とは遠縁にあたるような由緒正しい華族の家系ですし、お父様は商売上手で、大きな会社をいくつも経営しています。

 上品で役者のような美男子のお父様は、そういえば佐々木さんに少し似ていなくもないかもしれません。

 無論、僕のお父様の方が素敵ですが。


 お母様は、やはり華族出身で、日本女子大を卒業した才媛です。

 性格も優しく、貧しい人たちへの慈善活動に精を出す聖母のようなお方です。

 お父様同様、見目麗しく、今でも成人した息子がいるとは思えないくらい若々しい。実年齢より20歳は若く見えます。

 僕がこの年齢になっても、中学生で通る程の愛らしさを維持できているのは、お母様の血のおかげです。


 両親は生まれてから今日現在に至るまで、一人息子の僕を溺愛し、欲しいものは何でも買ってくれますし、ことあるごとに僕を『私たちの天使』と呼び、抱き締めて頭を撫でてくれます。


 あ、ちなみに今でも実家に帰った時はお母様の膝の上に乗せられ、抱き締められます。


 え? 何引いているのですか?


 いやいや、僕をいつまでも自分たちだけの天使として手元に置いておきたい両親に付き合ってあげ、子供のふりをしてあげるのも、親孝行のひとつです。


 異常? はっきり言いますね。少しは気を使いなさいよ。


 そんなんだから、あなたには佐々木さん以外に友達がいないのです。


 言っておきますが、僕は明智さんのことは友達だと思っていません。利用価値のある下僕だと思っています。

 ほら、こういう仕事ですし、同期とはいえ、過度に馴れ合うのもよろしくないでしょう?



 不満そうですね。


 そんなに僕の友達になりたいのですか?


 え? 違う?


 下僕が嫌? 我儘だなあ。



 まあいいや。話を進めましょう。



 両親だけでなく、爺やを始めとした大勢の使用人たちも当然、「坊ちゃん、坊ちゃん」とまるで一国の王子のように僕を愛し、讃え、大事にしてくれます。


 彼らは立場上、親以上に甘い。

 酷いいたずらをしたり、暴言を吐いても、苦笑いして一言やんわり注意してくるくらいだった。



 幼稚舎に入学し、よその子と関わるようになって、自分の性格が万人受けするものではないとは早々に気づきましたが、ちっとも寂しくもなければ、悲しくもなかった。



 だって、どう考えたって、僕は周囲の圧倒的多数の大人から愛されていたから。

 同年代の子供に多少疎まれたって、屁でもない。

 僕を嫌っていた同級生たちだって、みんないいとこの坊ちゃん、嬢ちゃんばっかり。

 今までそれぞれの家庭で、王子様、お姫様扱いされて育ったのに、いざ学校に上がると、自分よりずっとお金持ちで家柄も良く、頭も顔も超絶に優れている僕という存在に出会い、子供ながら、嫉妬したのでしょう。

 そこに強烈な敵意や悪意はありません。

 あるのは、羞恥くらいですね。

 嫉妬がいかに醜く、自分自身の価値をも下げるものであるかは、お育ちも知能も人並み以上の級友たちは知っています。

 彼らは、僕を遠巻きにしつつ、そんな下賎な感情を抱いてしまっている自分を恥じ、嫉妬の炎が着火するたびに、涼しい顔の裏で、ひたすら揉み消そうと躍起になっていた。

 かわいそうですよ、中途半端に恵まれている人というものも。



 まあ、そんな環境で育ったので、僕は自分が多くの人から愛される人間であると自覚していたし、大人は子供を無条件に愛する生き物だと認識していました。


 特に、お腹を痛めて産んだ子を愛さない母親がいるなんて、考えもつかなかったし、自分が本気の悪意を他人から向けられることなんて、これから先の人生含め、一度も経験せずに済むものだと思っていました。



 そう、あの帝都にも小雪がちらついた、冬の晩までは。

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