第29話

僕から唇を話した彼女はそう言った。

「ああ、そうなんだ」

「あいつが言った〝食べちゃいたいくらい〟の対象が私……いや、西条凛だった」

「うん。そして僕にとってとても違和感のあるその言葉を、君がまた言ったんだ。西条凛だった君が」

「それはすごい偶然じゃない?」

「僕もそう思うよ」

僕たちはまたキスをした。さっきのとは違うとても濃厚なやつだった。窓から入り込む昼の光に抱かれるようにして、僕たちは何度も唇を重ねた。

「あいつは君のファンだったみたいだ」

僕がそう言うと、彼女は小さく笑った。

「私じゃないわ。西条凛のでしょ?」

どちらも同じ君じゃないかと言いたかったけど、僕はそのまま言わずにいた。

 もう、この先僕があいつを忘れてしまうことはないように思えた。でもその記憶は僕の頭の中のずっと奥の方でしか留めることができない、特別なものに感じる。あいつとの出会いはなんら特別な事柄でもないのに、僕はもうあいつを忘れられないと自分の記憶に投げかけられているみたいだ。

「私はあなたのファンだわ」

彼女はそう言って僕の腕に噛み付いた。「食べちゃいたいくらい」


終わり


■古びた町の本屋さん

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『短編』食べちゃいたいくらい 古びた町の本屋さん @yuhamakawa

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