2:レポートは書かれている。

「しっかし……」

 そう言うKはぼうっと空に視線を合わせている。

「……しっかし、こうも色々、一気に話されると大変だな」

 理解するのが。そう言ってKは、げんなり、と言う形容詞が似つかわしい様子で、アホみてえな顔をさらしている。

 ばーか。

 心の中でだけ呟いて、僕は言葉を放つ。

「お前みたいなバカに必要なのは、キュレーションだ」

「お前はいちいち罵倒を挟まないと会話もまともにできんのか」

「うるせえバーカ」

「バカって言う方がバーカ」

 まったく小学生から進歩しない口論を繰り広げる。


「で、キュレーションてなんだよ。俺にわかるように説明しろ」

「おう、ありがたがって耳かっぽじって聴きやがれ」


 キュレーション、というのは情報を取捨選択する技術・能力のことである。

 最近生まれた言葉っぽいが、実はそんなことは全くない。確認できた限りでも、佐々木俊尚氏が2011年に既にこの意味で「キュレーション」という言葉を使っている。


「キュレーション、ってのは何もネット上に限った話じゃないんだ。普段の生活でもあるだろう? たくさんの情報から、必要な情報だけを取捨選択する機会がさ」

「新聞から見たい記事だけ選んだりとか?」

「そう。そして今、その情報の取捨選択……キュレーションが重要視されている」


 例えば、北海道の個人経営の書店では、一万円選書なるサービスを行っている。一万円で、今までにたくさんの本を読んだ店主が、カルテという客のアンケートの回答に合わせた本を、一万円分選んで送ってくれる、というサービスだ。


「これも要するにキュレーション。こんな風に、キュレーションをサービスが、今、大人気なんだ」

「確かに、何かを選ぶってのはカロリー使うしな」


 サルトルは「人間は自由の刑に処されている」と言った。人は生まれながらに自由だから、それ故に常に選択と対面し続けなければならない。

 実存は本質に先立っているのだ。

 自由というのは、人間が抱える根本的な不自由とすら言える。

 プラトンは人間は元来、何かをすることを嫌がる生き物だ、というようなことも言っていたし。


「人間は、とかく選ぶってのを……、選ぶ責任を背負いたがらない。このキュレーションサービスは様々な分野で発展しているんだ」

「そうだなあ、ファッションとか、勝手に選んでくれたら楽だな」

「まさにそのサービス、あるんだ」

「まじ?」


 まじだ。大マジだ。

「確かにお前にゃぴったりかもな」

「どういう意味だよ」

「……で、このキュレーションだが、たとえば人工知能がやってたりするんだ」

「人工知能?」


 SNSの「あなたにおすすめの投稿」とか、「知り合いかも」なんてのも、人工知能によるキュレーションが選んでくれた情報だ。


「ツイッターのまとめサービス、Togetterだとか、NAVERまとめが当たり前のようにシェアされたり、2ちゃんねるまとめが一つのサイトジャンルとして確立したり、こういうのもキュレーションと言うことができる。こういったサービスが人々に受け入れられている……つまり、人は自由の圧力に耐えられなくなってきていると言えるんじゃないだろうか」


 逆に言えば、情報リテラシーの本質は、人に頼らずともキュレーションを行っていけることにあるのかもしれない。


◆◆◆


「キュレーションか……。つまり、たくさんの迷惑メールの山から、大事な案件のメールだけを選び取るののキュレーション、ってことだよな」

「まあ、そうなるかな」

 僕はKの発言に取り敢えず頷いておく。

 Kは、あ、そういえば、と顔を上げて、

「……そう言えば、迷惑メールってどうしてくるんだ?」

「お前、そりゃあどっかでメールアドレスが盗まれたんだろ」


 メールアドレスは、めちゃくちゃ簡単に拾われる。

ネット上に公開されているメールアドレスは、ロボットで簡単に収集できる。インターネットにアドレスを公開することと、迷惑メールが届くことは同じ意味だと言っても過言じゃない。

「でも、@はちゃんと隠してるぜ」

「昔よく見た対策手段だけど、もうそんなのは意味がないよ。メールを送る側も進化してるんだ。来る。迷惑メールは来る」


 他にも、無料サイトや会員登録でメールアドレスを使う時など、迷惑メールがやってくる条件は星の数ほど存在している。

「だから、迷惑メールはもう、来るものだと思っちゃう方が気が楽かもね。ちゃんとフィルターかけとけば、そんなに困らないと思うし。」

「けどよ、フィルターって言ったってどうすれば……」

「便利なのはGmailだね」

「グーグルの?」

「うん。Googleの」


 Gmailは、他のフリーメールからの自動転送機能があるから、今まで使っていたアドレスから簡単に乗り換えれるし、何より迷惑メール対策のフィルターが非常に優秀だ。

「Googleでは、迷惑メールの報告が簡単にできるようになってる。こうして迷惑メール報告が多かったアドレスからのメールは、全て迷惑メールにしてくれる。いわば、全部人間が判断してるようなものだから、結構信頼度が高い」


 ただ、自分にとっては必要なメールが、迷惑メール扱いされてしまう場合もあるので万能ではない。もっともその場合でも、ワンクリックで特定のアドレスにフィルターを無効にできるから、困ることは少ないだろう。


 Kはしきりに頷いて、言う。

「ふーん。まあ、使わんけど」

「だろうと思ってたよ。畜生めが」


 メール、で思い出した。

「メールといえば、お前。こないだ僕にデータ送ってきたけど」

「おう。送ったぜ」

「容量デカすぎんだけど」


 メールにファイルを添付するのは、あまり好ましいことではない。添付されているファイルをダウンロードしただけで感染するウイルスは数が知れないし、純粋に容量を食う。

 とくに、企業によってはウイルスの感染を防ぐため、メールの添付ファイルがダウンロードできないようになっているところもある。

 無料で使えるファイルサーバーなどを使ったり、圧縮したりするなんかの工夫をするだけで、相手のメールサーバーにも負荷をかけないし、受け取る側も楽だ。


「まー悪かったって。次から圧縮したりなんだりするよ」

「僕なんかは気心が知れてるからいいけど、もしも仕事やなんかのメールだったりしたら、あまりいい顔をされないことがあるって、気をつけた方がいいな」

「分かってるっつってんだろ」

「え〜、本当にござるかぁ〜?」

 煽ったら殴られた。暴力反対。しかし残念ながら当然である。


「……でも、最近じゃメールを使うことも減ったと思う」

「だな。もっぱらSNSだ。ツイッターとか、ラインとか」

「じゃあちょっと、LINEの話をしよう。今でこそ一般化したLINEだけど、どうしてここまで流行ったんだろう」

「タダで電話できるから……とか」


 この、意見は決して間違いじゃない。確かに無料で電話ができるんなら入れてみるか、と思ってLINEをインストールした人は多いはずだ。けれど、その後使いづらかったら、アンインストールされているはずなのだ。

「思うに、この既読機能の便利さ、っていうのが一つあると思う」

 特に業務なんかで連絡を取る時、相手がメールを確認したかどうかって言うのは重要なファクターだ。

「昔はメールに開封確認、なんて機能があったりもしたんだ」

「あー、知ってる知ってる」

「世代じゃないでしょ……」


 なんでこいつは昔のこと知ってるアピールするんだ。

「さて、SNSはメールにはない利点がある」

「はい」

 Kが挙手する。

 僕は指名する。

「どうぞ」

「メールでも似たことはできなくもないけど、複数人で同時にメッセージのやり取りをできること、とか」

「正解です」


 これを利用して、特定の集団の中での迅速な情報共有が可能になる。これは日常でも、仕事でも、とても便利な機能だろう。

「さらに、特にツイッターなんかは、不特定多数に対する情報発信ができるってことも重要だ」


 災害なんかが起こった時、ツイッターを利用して救助要請を出すことができる。

 ツイッターはつぶやきに位置情報をつけることができるから、これも非常に役にたつ。

 場所、指名、人数、状況なんかを記載して、ハッシュタグで「#救助」をつけてツイートする。

「そうか、ハッシュタグがあれば迅速に見つけられる」

「んで、こんなツイートを見つけた時の注意があるんだけど……」

「とにかくリツイートしまくって拡散、だろ?」

「違う!」

 リツイートしても、ぶっちゃけてなんの意味もない。同じ救助要請のツイートがたくさん複製されて、救助隊の方が本物の、大元のツイートを見つけづらくなるのは好ましくない。

「見つけたら、すぐ、119番に連絡を入れるんだ。それが一番確実で早い」


 それと、救助が終わった後はツイートを消すこと。もう助かったのにそんなツイートが残ってて、これから先の救助要請が見つからなったりしたら良くない。第一、後から見つけた人がまた通報する恐れもある。


「どちらにせよ、便利な世の中だなあ」

「まったくだね」

 世界はどんどん便利になっていく。

 そろそろ、すぐ暴力に訴える馬鹿につける薬をください。


◆◆◆


「にしても、位置情報って便利だな」

 Kはツイッターの話を聞いてから、呟いた。

「便利でもあるけど、危険でもある」

「それは分かってるけどよ。位置情報ってどういう仕組みなんだ?」

「人工衛星を使う。論理的には、全部で三つの人工衛星があれば地球のどこにいてもその電波から場所を割り出すことだできる」


 もともとGPSは米軍が軍事利用のためにこしらえたシステムだ。もしかしたらブラックボックスがあるのだろうけど……。便利なのでみんな使っている。


「よく勘違いされがちなんだけど、実際に位置を計算しているのはスマホなんだ。スマホが複数の電波を受け取って、その電波から位置を計算する。人工衛星が計算してるわけじゃあないんだ」

 だから簡単にウソの位置情報を認識させることができるんだけど。


 ともあれ、GPSはとても便利だ。

「まず、電波は人工衛星から受け取ってるから、圏外でも使える。しかも最近ではアクセスポイントの位置情報から、今の位置情報を逆算する技術もある」

「日進月歩だなあ」


 位置情報は世界を変えた。最近では位置情報を利用したゲームだってある。

「あー、あれな」

「そうそう。ボールを投げてモンスターをゲットするアレだ(このセリフは商標登録に配慮して語彙を貧弱にしています)」

「まだやってんの?」

「え……リリース日に執拗に勧めてきたのお前じゃん……」

「俺アンインストールしたわ」

「死ね」

 いるんだよなあ、こういう奴。

 ちなみに「殺す」は殺人予告になって犯罪になるけど、「死ね」は殺人予告にならない。何かネット上で文句を言うときは「殺す」ではなく、「死ね」と言おう。お兄さんとの約束だぞ!


「ともあれ、便利な位置情報だけど、悪用には注意しなきゃいけない。画像に埋め込まれる位置情報データだ。Exifイグジフ情報っていうんだけど」

「ツイッターなんかじゃ無効にできるんだろ?」

「用心するに越したことはないよ。どんなタイミングでころっとやっちゃうかわからない」


 今は設定でイグジフ情報のあるツイートを全部消せる機能なんかもあるし、そういうのを利用してもいいかもしれない。


◆◆◆


「最近テレビは見るか?」

 Kがそんなことを聞いてくる。

 僕はふと脳内ストレージを漁る。

「最近は深夜アニメと……あ、あと逃げ恥かな」

「ああ、流行ってたよな」

 Kは両手の人差し指を立てて交互に前後させる。

「俺さあ、最近全くテレビ見てねえの。だからお前はどうかと思ってさ」

「ふむ……」

 思い返すが、確かに最近はなかなかテレビを見る機会も減った。

「YouTubeばっか見てるからなあ」

 調査結果では、日本では2018年にデジタル動画コンテンツの利用時間が、TV利用時間を追い越している。通勤や通学でもワンセグTV視聴からYouTube等での動画視聴へのシフトが起こっている。


「もともと赤字経営だったYouTubeだけど、お前も知っての通り、YouTubeはもはや世界的なコンテンツに成長した。Google社がYouTubeを買収したのはまだ赤字経営の時だったことを考えると、さすがグーグルの慧眼だ」

「そいつぁ凄いな。見る目があったわけだ」


例えば尖閣諸島での船舶の衝突なんかは、TVよりYouTube動画の拡散の方が早かった。もはやマスコミすら超えるだけのポテンシャルがデジタルメディアには存在している。

「だけどそのぶん、著作権には細心の注意を払う必要がある」

 著作権侵害を繰り返すと、すべての動画とアカウントが抹消されたりする。その辺りについてはしっかりと確認・勉強する必要があるのは説明するまでもない。

「文明の発達は常に問題点と背中合わせだからなあ」


◆◆◆


「だけど、動画コンテンツも進化と消滅を繰り返してる」

 昔はパソコンでYouTubeを見ることが主流だったけれど、今やスマートフォンで動画を見ることの方が多い時代だ。

「ハードの変化はソフトの変化も誘発する。例えばこの場合、スマートフォンで見やすい『縦動画』が増えていることなんかが挙げられる」

 最近終了で騒がれたVineなんかも、スマートフォンをスクロールして見る、と言うのに対応した動画サービスだった。


「最近じゃ、Instagramも動画を取り入れ始めている」

「ふうん。だけどよ、なんかつまんねえぞ」

「つまんない?」

 僕はKに視線を向ける。

 Kは言う。

「確かに変化はしてるんだろうけどよ……。もっと、なんか、ねえのか?動画メディアの進化ってのはさ」

「いやいや、何言ってんだお前?」

「スターウォーズみたいなホログラムとかさ」

 何言ってんだこいつ。

 僕はそう思ったが一度頭の中で色々と思い出し、ならば、と言う。

「時代の進化といえば、YouTubeが360度動画に対応した話とか」

「360度動画?」

「つまるところVRだよ。ヘッドマウントディスプレイでの動画視聴に対応したってことさ」

「ふーん」


 反応薄いな……。

「さっきからユーチューブの話ばっかしてるけど、お前は回し者かなんかなの?」

 確かに、なんかさっきからYouTubeをヨイショしまくっているけれど、別に僕はYouTube信者というわけではない。

「そうだな……。そういえば、YouTubeよりもずっと早く黒字化した動画サービスがあるんだけど、知ってる?」

「知らん」

「実は、ニコニコ動画なんだ」

「すげえ」

「すげえだろニコニコ。すげえだろドワンゴ」

 すげえだろカドカワ。


 カドカワが運営するサイトなら、たぶんこの辺をヨイショしておけばちょっとギリギリな発言も許されるだろう。そんな下心があることは想像に難くない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る