閑話・にょっきり体操




「チュン、チュチュン、チュチュチュッ」


 朝。

 それは人が生きる中で一番、己と戦う時間であろう。

 どれだけの人が、どれだけの回数、どれだけこの終わらぬ戦いを繰り返したであろうか?

 しかしその数を知ろうとするのは、銀河の中から砂粒1つを見つけ出すより、難しいだろう。

 そして俺もその戦いに身を投じている一人だ。

 今日も目覚め勢力に就くか、2度寝勢力に就くかと判断に思いあぐねる。


「昨日遅かったし……もうちょいだけ、もうちょい……」


 まだ、時ではない。

 浅い陽の昇りからそう判断をした俺は、2度寝勢への加勢を決断する。

 潜り込む布団は俺を包むと全てを許し、また夢の中へと手招く。

 

 ……ギシリ。

 そんな中、小さくベッドが揺れたかと思えば暖かさと柔らかさが俺へ触れてくる。

 それは毎朝訪れるイベントの一つ。

 もうそんな時間だっけ。

 朝日はそんな射し込んでないし……もしかして曇ってるだけなのか?

 時計を見るのも億劫で、自分は睡魔と触れてくる熱に身を任せる。

 そして布団の中に籠る熱と共に甘い香りが立ち上り、俺の上を柔らかさが包む。

 いつもの様にエリスが俺のシャツを羽織り、猫撫で声で来るのを待ち構えていると―――

 

「お、おはようございます。そのままラクにしてて下さい、ね?」


 覚えのない香りでおもむろに薄く目を開く。

 視界の先には雪肌色一色が薄く艶を放ち、それはゆっくり顔にあてられる。

 抱く様にあてられた感触は俺を慈しむ様で柔らかく、暖かい。

 触れる指先は、なぞるようにするりと足の上を通過。

 家出から戻ったばかりの息子は、いつもと違う調子を前に体操を中止する。

 え、ちょっと待ってどこ触ってんですかエリスさん。

 今日はやたら大胆な気がするんだケド―――


「ってエリスじゃない!? ……んぐうっ!?」


「こ、こらぁ。朝早いのに騒いじゃ駄目ですよ、ね?」


 ばふっと露わとなった胸で言葉を遮られる。

 おいぃいい何でラムリアが居るんだよ!


「そうですよー。弟クンはお姉さんの言う事を聞かないとねぇ?

 はぁーい楽にして。

 ずーっとドクドク言ってる我慢してるものを外に出しちゃいましょーっ」


 も う ひ と り お っ た 。


「こら……ふざけ、んなっ。

 確かに戸籍上は姉になったかも知らんが、姉がやるべき事じゃねーからこれアウトだからね!?」


 むにゅっと押し付けられる胸を振り払うと、一糸纏わぬ姿のラムリアとマヴェリアが俺の上に。

 クスクスと笑う2人は目を細めながら頬を染め、体重をかけてくる。


「えー? でも弟くんの欲望をその、覗いたら」

「色々そう言う事をしたいって奥に、お姉さんと遊んでて欲情しちゃった過去が―――」


「いやぁあああああああああ!

 それは小さい頃の過ちでそう言う訳じゃねぇからってか何で俺の幼少期の事知ってんだよふざけんなぁああああああ」


「あの、その、私達サキュバスは魔力を食べた相手の事が、ですね」

「ウチらは魔力を食べた相手の記憶や、思ってる事がある程度見えちゃうんだなー、これがっ」


「俺あんたらに魔力食わせた覚えないんだが」


「そ、そんな……あんな刺激的な味合わせ方したって言うのに」

「酷いっ。弟クンったら大胆な食べさせ方したくせに、酷い」


「ごめん、それいつ?」


「「……水コンの時」」


 おい。2人してポッとか赤らまないでくれ。

 もしかしてあれか?

 クサナギぶっぱして俺の魔力がこの2人に行ったって事?


「そ、そう言う訳だから……ね? お姉さんとしての役目ついでにご飯も欲しいな、って」

「うん、お腹空いたね、もう我慢出来ないからいっぱい食べる」

 

 ラムリアとマヴェリアは唇を濡らすと、好物を前にした子供の様に微笑む。

 そして俺はまた胸で顔を覆われて声も出せなくなる。

 慌てて暴れようとするが寝起きと2人がかりのせいで動けない。


「ん、むぐ!?」


「お、弟くんの記憶にお義姉ちゃんとならギリセウトってある、よ? だからヘーキ、ね?」

「はいはい大人しくしよーねー? おっぱい好きだもんね弟クン。クスクス」

 

 おうその『お義姉ちゃんとならギリセウト♪』とか言うギャルゲの義姉ルートだけ、100%達成オールコンプした馬鹿連れて来い。

 マジぶっころ。

 いや、今はそんな事を言ってる場合じゃない。

 俺にはエリスって心に決めた相手が。

 でもこの柔らかさ、匂い、温かさ……エリスとは違ってまた良い。

 俺のマイ・サンはにょっきり体操に力入っちゃってるし、第二まで始めちゃったんですが。

 これは本格的にマズいですよ!


「うおらぁあああああ勇者ぁあああああああっ!

 よくもウチの愛娘を、イリスをたぶらかしてくれましたなぁああ!?

 結婚なぞこの私、異世界召喚師カーラが断ッッッ固として認めません。

 こうなったら元の世界へ送り飛ばしてくれようかぁあああああああ!」


 と、荒ぶるにょっきり体操第二をどう止めるか苦悩する中、部屋のドアが蹴り破られる。

 おもむろに顔を上げればそこには肩で息をする、顔を真っ赤にしたカーラの姿が。

 おっさんは俺を見ると暫くそのまま固まり、更に顔を赤くする。


「な、何とエリスとイリスだけでは飽き足らず!?

 このカーラ、勇者がサキュバスを姉としたと言う話に疑問を覚えておりましたが……

 まさかそれは己が情欲を満たす為にそのような事をしたのですな!

 このカーラ、とても失望しましたよ!

 結局は貴方様も他の勇者同様にケダモノだったと言う訳ですな、この外道めぇええ!」


「この状況見てどうしてそうなっかな!?

 てか助かったから良いケドさ、こんな朝早くに普通来る?」


「仕事終わり次第行くって伝えておいたはずです」


 確かにエリエットがそんな話してたケドさ、今5時前ですよカーラさん?


「しかしこんな早朝から、サキュバスとMプレイをするは何とも嘆かわしい妬ましい……。

 貴方のエリスへの愛は嘘だったのですか、偽りだったのですか!」


「ちげぇから!

 てかそんな言いながら羨ましそうな顔しないでもらえますかね!?」


 弁明するもことごとく勘違いで返され、一切話が通じない。

 しかしここまで騒いでるのに、義姉2人も乗っかったままどかないしどうしよ。


「こんな朝早くからどうされたんですか、カーラ様、ハルヒトさん」


 すると騒ぎを聞きつけた小さな影が、カーラの脇に現れる。

 その来客を前に一同は言葉を失い、暫く沈黙が部屋に広がる……。

 

「ハルヒト、さん……?」


 呆然と立ちすくんでいたエリスは、俺の名を口にするとクスリと笑う。

 そして寝間着のズボンをおもむろに脱ぎ、床の上へぱさりと落とす。

 その行動に対し、俺を含め3人は黙って見守る。

 いや、違う。

 この子が放つ異質なオーラを前に、動けなかった。


「あ、あのエリスさん……。

 どうしてお脱ぎになられて―――ってどうしてボタンに手をかけてんの、何してんのかな?」


「実はですねハルヒトさん。

 自分は昨日、気付いた事があるんです」


 俺の問いに対し、エリスは静かに首を傾けながら見つめてくる。

 そして胸元のボタンを1つ外し、


「今のままではわたし・・・とハルヒトさんの間には、別の方が入り込む隙間がどうしてもあると気付いたのです。

 いえ、それが悪いとは言いません。

 わたしはどんなに頑張っても、性別は男のまま。

 見ての通りわたしはどれだけ努力しようと、そこの魔族のお二人にも勝てないのです」


 語りながらゆっくり歩くエリスの白足は、本人が言う男の物とは思えないほどに美しい。

 そして上着の裾口からチラリと覗く白下着は、俺のリビドーを掻き鳴らし、上着を脱ぎ去ったその胸板も男の物とは思えないなだらかな曲線を見せる。

 いや、そのラインで男って言われても無理あるからね?

 キミのその体を前に、ボクのマイ・サンも思わず3倍速でにょっきり体操だよ。


「そしてこのままでは、今みたいにハルヒトさんを奪われかねません。

 それを恐れるなら、常にハルヒトさんと一緒に居るべきでしょう。

 しかしそれではわたしの我儘になってしまいます。

 わたしはハルヒトさんが好きですが、全てを縛りたくはありません」


「う、うん。最初にそう言う話したっけか、うん」


 エリスは光を失った瞳を細めながら、淡々と語る。

 俺とエリスが別々の部屋で生活してるのは、互いのプライベートまで邪魔したくないと言う兼ね合いからこうなった。

 まぁ同じ部屋で寝てたら、俺もどこでどう暴走するかわからないしね。

 

「ですがわたしはどう言っても本心は、ハルヒトさんを独占したいんです。

 ハルヒトさんの全てが欲しいんです」


「え、えとエリスさん。

 仰る事は凄くわかるんですが、キャラ変わってますんで落ち着いて、ね?

 俺のお姉さんお2人もホラ、いい加減に上から降りて。

 まじこれ何かヤバいからまじ」


 語りながら近寄るエリスの圧に俺は危機感を覚え、固まったまま動かない2人をそっと上からどける。


「どうせ奪われてしまうのなら、杞憂を抱いても無駄に時間を浪費するだけ。

 なら自分がすべき事は、ハルヒトさんにとっての一番が誰であるか。

 それを周知させる事が優先するべきだったのです。

 ならばどうやってそれを確実に示せるのか……。

 如何に明確に。如何に簡潔に。如何に明瞭に。如何に端的に。

 そしてどう言った形でハッキリと示すべきか、示せるか。

 その方法をずぅうーっと考えてたんです」


 いつもと変わらない声色にいつもと変わらない笑み。

 しかし言葉の中に滲む感情は、とても濃艶で絡みつくかのようだ。


「そして考えた末、やっと答えが出たんです。

 簡単な話だったんです」


 髪をかき上げるとエリスはベッドへ膝を乗せ、甘える猫のように寄ってくる。

 そして、


「皆にわかるように愛を示せば良かっただけなんです。

 特に難しい事じゃなかったんです。

 男女の営みと同じ事をすれば良かっただけなんです。

 さぁ、ハルヒトさん。

 今ここで、わたしと1つになりましょう……?」


 頬を染めながら、妖艶に俺を誘う。

 その表情や動きは、スタイルに物を言わせ迫ってきた2人など比べ物にならない。

 そしてドクリドクリと脈が騒ぐが、俺は金縛りにあったみたいに動けず。

 するとエリスは俺の腹の上へ馬乗りし、いやらしく誘う。

 白の下着1つの姿に、いつもは見えない首元の黒のチョーカーが凄くエロい。

 唇を濡らすその顔は、普段の慎ましいこの子から想像出来ないほど、とても淫靡で……。


「って駄目だからね!

 お願いだから戻ってきてエリスさん、そんな君も嫌いじゃないケド闇落ちヤンデレはダメだっ―――

 待って待ってエリスさん。

 口脱がしはまじあかんて。

 ちょ、そんな素敵な笑顔でボクの服を脱がさないでそれ以上はらめぇえええええええええ!!

 オイお前らも期待の目で見てないで止めろぉおおおおおおおおおおおおおおお」


 身を捩ってベッドから転げ落ち、何とか俺はR18展開を回避する。

 その後、我に返ったカーラに助けてもらい、何とか事は収まった。

 にしてもまさかこんな事になろうとは……。


 そして俺はこの一件で気付いてしまう。

 本当の淫魔サキュバスはエリスさんではないかと。

 …………ひと文字変えたらエロスになっちゃうしね、エリスさんまじエロス。

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あの子のふとももはエリクサー @mentaiko_kouya

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