15・龍王
夜の新世界の町を私は小僧と小娘を連れ立って食べ歩いていた。
町の喧騒もさることながら、後ろの二人はもっと喧しかった。
「串最高!」
「でしょー!これ、生姜串食べなよ」
賭場帰りで腹をすかせたと五月蠅い稲村に同調した自称梟の娘。
警察に連れて行こうと考えたが、この娘が本当にただの一般人ならあの賭場に入れない。
「たこ焼き食おうぜ」
「ええね!」
阿保らしいが、賭場で手に入れた唯一の手掛かりで手放せない。
私は手にした焼酎入りの紙コップを一気に呷った。
「…でだ、梟はどこにいる?」
私は立ち止まってそう言った。
「だから、あいつらは大阪にいないってば」
「どこに行った?」
「知らないよ」
「いないことは知っているんだろ」
「まあね」
この娘は行き先を知っている。だがどう吐かせるか。
私を梟に会わせるのが怖いか?と挑発してみるか。
それとも適当に当たりをつけて揺さぶってみるか。
いや、もう一つ方法があったな。
「そうか。なら、もう用はない。とっとと帰るんだな」
「そう?ご馳走様!」
稲村が私の傍に寄ってきて耳打ちした。
「え、先生。帰しちゃうんですか?」
「ああ、知らないと言ってるんだ」
「ええ…?あんなの嘘に…」
娘は私と稲村にお辞儀をして、町の喧騒に消えていった。
「どーすんですか、先生。まさか後をつけるとか言いませんよね」
「いいや、放っておけば戻ってくる。探りを入れたいのはあの小娘の方だ」
「…戻ってこなかったら?」
「振り出しに戻る。まあ、探ってることを知られただけマイナスだがな」
「はぁ…戻ってきたところで、どうやって情報を引き出すんです?」
「あの小娘に案内させる」
「はい?」
「一旦私を尾行させて、小娘をまく。やけにあっさり帰したことで小娘の不安を煽ったはずだ。不安になったら、梟の連中が無事かどうか確認したくなるだろう。勝手にそこに案内してくれる。それをお前が追え」
「へー、なるほろ。はふが、むらへへんへー」
稲村はたこ焼きを頬張りながら返事をした。
「食べながら返事するな、無礼者」
「あぶねー、あぶねー」
不意に上から声がした。
「引っかかるとこだった」
私が目線をそちらに向けるとさっき人込みに消えた小娘がビルの二階から顔を出して笑っていた。
すぐに戻ってこっちの作戦を聞いていたか。先手を打ったつもりが、打たれていた。
「やれやれ」
「…あんたら、プロでしょ?村瀬九段に稲村五段。私、村瀬九段の本持ってるし」
「やっぱり、逆に目立って怪しいんですってこの格好」
稲村のため息を聞き流して私は言う。
「そうだが、だったら会わせないかね?」
「プロ相手でも梟は逃げない。けど、本当に大阪にはいないよ」
「どこに行った?」
「石川県。もし行くなら連れてって」
「はあ?」
「置いてかれたんだ。あいつら、蹴っ飛ばしてやる」
「慰安の温泉旅行でも行ってるのか」
「いや、出入りだと思う。誰かを倒しに」
「…分かった、連れて行こう」
「マジっすか」
「石川でどうやって梟のメンバーだと判断する?通りがかりの人に片っ端から声かけていくか」
「は、失礼しました。連れてきましょう」
*
石川行の電車に揺られていた時に、今度は米川から電話があった。
丁度喫煙室で煙草を呑んでいたので、そのまま電話に出た。
「何だ?」
『今朝、将棋会館に山城龍王宛に殺人予告の手紙が届いた』
「何でプロ棋士にそんなものが送られるんだ」
『さあな、理由も何もない。原文そのままで読んでやろうか。来る8月15日、山城龍王に首輪を着けて殺します。差出人は首輪の犬と名乗ってるバカだ。消印は石川県のもので、石川県警に問い合わせたところ注射針を仕込んだ首輪で犬猫が殺される事件が実際に起きているそうだ。…山城も今、全国学生将棋大会で石川県に向かっている』
「山城を東京に戻したらどうだね?殺害予告だぞ」
『山城から学生に悪いから、黙っていてくれと言われたよ。後で美談として公開しようと思うんだが、どうだね?』
「本当に山城が言ったのか?」
私の言葉に米川は笑う。
『信用ないな。警備員を増強するのと、警察も一応待機してもらってる。まあ、こっちは大丈夫さ。真剣師退治頑張ってくれたまえ』
「…分かった。だが、こっちも嘘か真か、梟の姫を捕まえた。梟のメンバーは石川に向かったらしい」
『…連中は山城を狙ってるのか?』
「さあな。そんな事は分らんが、とにかく石川に向かう。山城と合流してもし山城が狙いなら返り討ちにしてやるまでだ」
『心強いね』
「…米川。…いや、いい。また連絡する」
私は電話を切った。
山城への殺人予告、か。
この件、何かを仕掛けている奴がいて、そいつの思惑通り事が進んでいる、そう思えてならない。相手の読み筋に乗ってしまった時のような嫌な騒めきが、今私の中にあった。
それを仕掛けているのが、米川でないと確信は持てない。
石川での全国学生将棋大会。石川。…県居は石川の出身だったか。あのバカ弟子は今どうしているだろうか。
*
俺は石川行の列車に揺られながら、車窓から月を眺めていた。
学生将棋大会の取材のため、山城竜王と同行することとなった。
学生将棋大会についてのあらかた取材も終わって、俺たち二人の間には言葉もなくただ微睡んでいた。
山城輝昭、若干22歳で竜王位を奪取してから以降3期守っている。
甘いマスクとその強さ、若さから、将棋界で氷室名人とならぶ有名人であるが、対局した相手の印象はオフレコでは一様に『不気味』な棋士だった。
とある棋士曰く、熱を感じない指し手が不気味に絡みついてくる、目の前にいたはずの敵が、後ろから心臓を掴んでくる――と。
大局観に優れた棋士、と一言で表せぬだけのカオスがこの棋士の中にある。
長年将棋記者として色々な棋士を見てきた俺から見ても、なかなかに異質な棋士だった。
氷室名人の強さが天才的だというなら、この男は悪魔的な強さだ。棋風は全く違うがまるで、棋界の暗黒星雲と恐れられた大名人大山康晴のような心をへし折る将棋指しだ。
その男が、月を見て少しだけ微笑んだ。意外な姿に俺は口を開いた。
「先生、月がお好きですか」
「失礼、昔を思い出してしまって」
「何か、楽しいことでも?」
「ええ、少しね」
「昔の恋愛話でしょうか」
「そんなようなものです」
「また取材させてください、恋愛話」
「面白くないですよ」
「それを面白く書くのが私らの仕事です」
「ふふ、そうかもしれませんねえ」
そう言って龍王はまた、作った笑顔に戻った。
駒音高く すらくすとん @thruxton
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