02
ことの発端は、私がこの国に来た頃のこと。つまり、今から一週間ほど前のことです。
適当に街を歩いていた私はほどよくげんなりとしていました。
「……なんですかこの金持ちくさい情景は」
道をゆくだけでもこの国の人々がそれなりにお金を持っていることと、芸術にやたらと力を入れているのは明らかでした。
たとえば本屋。美術館ばりの外装です。ちなみに入り口には本を読みながら歩いている男の子の銅像が置かれています。読み歩きを推奨しているんですか?
たとえば肉屋。入り口に動物の剥製が並べられています。牛、豚、鶏のほかにも羊や猪、それと馬や犬まで。……犬?
その上、どのお店も当然のように絵画が置いてあります。
なんとなく訪れた家具店(なぜか外観が巨大な食器棚を模したもの)にも、やはり絵画は置いてありました。
「…………」
カンバスいっぱいに塗り広げられる、赤黒い何か。まるで怒りを全身全霊を込めてぶつけたような色合いをしておられます。そのタイトルが『晴天の空』なのでうんざりしてしまいますよね。描いた人は魔王の末裔か何かですか?
不吉な絵から逃れるように視線を下にずらせば、クーロンという男のサインが記されていて、またしてもげんなりとしてしまいます。
この国に来て何度も何度も目にしている名です。
訪れたお店の殆どに、彼の絵は飾られていました。『海』という題名のくせに真っ赤だったり『森』という題名なのに真っ青だったりとやりたい放題に描かれておいででした。
一体なぜこんな絵が人気なのか。
「ややっ! お客さん、この絵に興味でも?」
ぼうっと立っていると、店主さんに捕まりました。でも好都合です。
疑問をそのまま言葉にしてしまいましょう。
「……これ、一体何が良いんですか? 私には何が魅力なのかさっぱり」
「なんと。この絵の魅力が分からないとは……さてはお客さん、他所の人ですな?」
「旅人です」
「やっぱり!」店主さんは大仰に頷きました。「この絵はですな、晴天なのに真っ赤という斬新さが素晴らしいのです! まあ芸術に疎い素人には到底理解できないでしょうな」
なんか要領を得ない解説ですね……。
「ここ、家具屋さんですよね? どうして絵が置いてあるんです?」
「それはもちろん、私が芸術をこよなく愛する人間だからです!」
「はあ……。でも、この絵、お店の雰囲気に合わないんじゃないですか? どのお店にも絵が置いてありますけど、ただ飾ってあるだけ、という感じがするのですけど」
それはこの国に来て、観光している間に胸に沸いてきた疑問でした。
すると店員さんは、ここで初めて本音を漏らしました。
「雰囲気などどうでもいいのです。有名で素晴らしい絵が置かれていればそれでいいのです。なぜならそれだけお店が儲かっている証明になりますからな! 儲かっている店にはお客が舞い込んで来るものです! そしてまた新しい絵が買える! 素晴らしい!」
「…………」
店を出て、道を歩きながら、とても奇妙な国だと思う私でした。
最初はお金持ちの国なのかと思いましたが、どうやらそうでもないようです。
むしろ、派手なものが大好きな人が多い感じです。
お金持ち特有の余裕というものがこの国の人たちからは感じられないのです。「派手なものを置きたい」「豪華なものを見せびらかしたい」という願望が、この国の至る所からにじみ出ています。
「…………」
まあ要するに見栄っ張りが多い国ってことですよね。
見方を変えてみれば国の様子も変わるもので、たとえば露店にも見栄っ張りは存在していました。
派手な建物の間に挟まれているお店たちには、ありとあらゆるものが置いてあります。
野菜を売っていた露店などは特に変わっていて、見たこともないくらいに巨大であったり、へんてこな形をしている、出来損ないのように思える野菜ばかり並べていました。ですが、この国では「希少価値がある!」と評価されているようで、中々の盛況ぶり。
あと、やたらとカラフルなキノコが置いてありましたがそれは希少価値云々以前にほぼ間違いなく毒キノコだと思います。
露店が並ぶ道をしばらく進むと、今度は果物屋が現れましたが、しかしここに売られているものも普通ではありませんでした。
私はお店の前で立ち止まります。
置いてあったものは、色が変な果物たち。リンゴなのに真っ青だったり、桃色なバナナだったり、桃なのに黒だったり。
まるで、
「絵具で塗ったみたいな果物ですね」
って感じでした。
しかし店主さんは首を振ります。「そいつぁ違うよお嬢ちゃん。こいつらは珍しい品種の果物さ」
「へえ」
ためしにオレンジ(真っ赤)を手に取り、指でこすってみました。すりすりと。
「あ、こらやめろ! 品物に傷がつくだろうが!」
あわてて私から赤いオレンジを奪い去る店主さんでした。こすった指を見てみると、赤い痕が微かについています。
…………。
見苦しい……。
「——お、旨そうなバナナじゃないか」
などとわけのわからないことを言いながら、男が私の横に立ちました。私よりも背が高く、痩せ型の男です。年齢は二十代半ばといったところでしょうか。買い物の途中だったのか、両手に袋を下げています。
私を睨みつけていた店主は新しいお客の来訪により態度をぐるりと変え、
「ええ。バナナだけじゃないですぜ。どれも最近手に入れたばかりの希少な果物でございます」
「そうなんだ。どうりでちょっと色が違うと思った」
ちょっとじゃないでしょうに。
「こっちの桃なんてどうです? 真っ黒の桃なんて珍しいでしょう?」
「うーん……あんまり美味しそうじゃないなあ」
「大丈夫ですよ旦那。味は普通の桃でございます」
まあ色を塗っただけですからね。
「そっちの色の薄いブドウは何かな」
「それはマスカットという品種のものですぜ」
なぜマスカットだけそのまま置いているのか。
隣の男は店主を見ると、
「なるほど……、その手に持っているものは何?」
と赤いオレンジを指差しました。
店主はびくっと肩を跳ね上げたのちにそれを後ろに隠します。
「や、これは売り物にならんです。そちらのお客さんが傷物にしてしまいましたからな」
失礼な。「傷物というよりは売り物としての価値が無くなっただけでは?」
「うるさい黙れ小娘! 貴様に売る果物なんて無いわ!」
「そですかー」
拒絶されてしまいました。
まあ買うつもりもなかったので別に困りませんけれど。
「——な」
店主の言葉を受け流す最中、微かに横から声がしました。
見れば、怒りに怒る店主と、適当に流す私のやり取りを見ていた男が唖然とした表情をしていました。まるで信じられないものを見ているかのような、驚きに満ちた表情です。
「……きみ、なんだその髪は」
「……はい?」
「なんだその髪、その色、何なんだ……」
男は、両手に下げていた袋を落としました。
ばさばさと音を立てて崩れる袋からは、大小さまざまの絵具やら筆やら何やら、ありとあらゆる画材が吐き出されました。
そして男は、やや興奮しながら、
「き、きみ! 良かったら俺の絵のモデルにならないか! お金弾むから!」
と私の手を取りました。
「……はい?」
再度同じ言葉を返す私でした。
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