叶えられない願い

由文

叶えられない願い

私には、殺したくなるほど憎いヒトが居る。


そのヒトのことを考えると、ムカムカして虫唾が走る。

何度心の中で殺したことか。

出来れば、本当に殺してしまいたい。


例えば、力いっぱい首を絞めたり。

例えば、動かなくなるまで殴打したり。

例えば、刃物でめった刺しにしたり。


出来る限り、残酷で、残忍な方法で殺してやりたいと思う。


だがそれを叶えることは難しい。


ただ殺すだけ。

ただ殺すだけならば、行動に移すだけで良い。


だがそれでは気が収まらない。


倫理的な問題で出来ないとか、

道徳的にしてはならないとか、

そういう事ではない。

実行に移そうにも、それは出来ないのだ。


本当にそれをしたいとすれば、身体が二つ必要だ。

身体が二つなければ、それをすることは出来ない。


その感情は、どうしようもなくどす黒くて。

その感情は、救いようもなくドロドロで。

私をどんどん奈落の底へと突き落としていく。


普段は忘れるように努めている。

出来るだけ考えないようにしている。


だがその感情は、ふとしたはずみで蘇る。

その度に私は例えようのない苦しみに耐えなければならなかった。



ある日、神様ではない誰かが願いを叶えてくれた。


彼女曰く、「直接叶えなきゃいけない願いならクソくらえだけど。これは貴方が実行するための手助けだから、特別ね」らしい。


彼女は、去り際に言った。

「夢が叶えられたら、感想を聞かせてね。とても面白そうだから。」


横を向くと、隣の自分もこちらを見る。

今、目の前には自分がいる。

果たして私の身体は二つになった。


とうとう自分の望みを叶えることが出来るのだ。



私は、ずっとしたかったことを実行に移した。


自分の中にある、どす黒い欲望を解放した。

今まで想像の中でしてきたことを実行した。



―――夜の公園。

月明かりに照らされている目の前の自分の死体を見下ろし、私は自分の夢がかなったことを実感した。



私は自分が嫌いだ。

上っ面だけで、まともに人と付き合えない自分が嫌いだ。

他人の顔色をうかがいながら生きている自分が嫌いだ。

社交的になれない自分が嫌いだ。

活躍している人を妬む自分が嫌いだ。

そんな卑屈な自分が嫌いだ。


自分のことを考えるといつも嫌になって、その度に自分を殺したくなった。

だが自殺という方法では生ぬるい。

もっと自分に対して持っているどす黒い感情をぶつけてやりたかった。

それが、自分を殺すという事。


だがそれは身体一つでは叶えられないことだった。


電車に飛び込んでも苦しめることは出来ない。

首を吊ったところで痛めつけたと言えるだろうか。

リストカット程度では自分を許せない。

もっと、もっと自分を思い切り殺してやりたかったのだ。


目の前にある、ぼろ雑巾のようになった自分の姿をみて、血だらけの両手を見て、それが叶ったことを実感する。


空を見上げると、まあるい月が一つ、黒い中に光っている。


視線を落とすと、目の前には電話ボックスがあった。

街灯に照らされ、暗闇の中に浮かび上がるようにして存在していた。



そこで、私は気付いてしまった。

電話ボックスには、二つの影が映っていた。



ああ、夢は叶えられなかった。


自分自身を殺したこの私は、どうすれば良いのでしょうか?



絶望に打ちひしがれた私を、生ぬるい風が包み込む。


何処か遠くから、クスクスと女の笑い声が聞こえたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

叶えられない願い 由文 @yoiyami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ