第四章 風花紲月 PART13

  13.


「……先輩、お久しぶりです。私はもう先輩に話し掛けてもいいんでしょうか?」


 中酉は遺骨を抱えたまま頭を下げた。


「……ああ、もちろん」


 誠意を表すように頭を下げる。


「あの時はすまなかった。私が悪かった。君に感謝していたのに全て八つ当たりしで返してしまった」


「いえ、私の方こそ先輩の気持ちも知らないで、押し掛けて……。私が馬鹿でした、先輩になんとか立ち直って貰いたくて……」


「いいんだ。それよりも訊きたいことがある。君の旦那は自殺で間違いないのか?」


「どういう意味です?」


「本当に自殺なのかと訊いている。もしかして君が関与しているんじゃないか」


 沈黙が続く。深呼吸をした彼女は千月に視線を寄越している。そのまま数秒間押し黙った後、意を決したのか首を垂らしながら答えた。


「それは……わかりません。私が関与しているのかもしれませんし、関与していないのかもしれません」


 ……まさか、本当に。


 花織の曖昧な表現に戸惑う。もし私の件が発端だとすると、それはもう後戻りはできない。絶望が連鎖する様に祈った私の責任だ。


「今の私なら先輩の気持ちが痛い程、わかります。だからいわせて下さい。先輩のピアノがなければ彼の供養はできません」


「どうして? 君のピアノが一番に決まっているだろう?」


「それは……違います」


 花織は力を込めていう。


「圭吾君が好きなのは、雪奈先輩です。だから私も……彼には心が許せたんです」


 ――先輩のことが知りたいんです。


 泣きながら骨壺を抱きしめる彼女に戦慄する。当時の彼女の姿が浮かんでいく。


「圭吾君は……私達の関係を知って、自殺したのかもしれません。先輩が他の男性と結婚したからかもしれません。先輩がピアニストを止めたからかもしれません。私にも理由がわからないんです。遺書にはあの棺掛けを載せて欲しいこと、それに……ここの葬儀社さんに初めから連絡していたんです」


 ――スノードロップを送る時、『相手の死を望みます』という意味がある。


 彼は誰の死を望んだのだろうか。それとも希望を誰かに託したのだろうか。今すぐに出る答えではない。


「そうだったのか……わかった。私が演奏させて貰おう。最後まで弾けるかわからないけども」


 ……これは償いだ。


 私の絶望が彼らに悲劇をもたらしたのならその罪は私が償うべきだ。


 喪家の足音が上がってくる。練習などしている暇はない。


 ……これが最後の演奏になってもいい。


 雪奈は鍵盤に指を乗せた後、目を閉じた。そして彼らの心に語りかけるように演奏に入った。

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