第四章 風花紲月 PART5
5.
「……せんぱーい。事務所につきましたよ。早く確認して下さいよー」
戌飼に急かされて事務所の扉をノックする。担当者は不在のようだ。
……ここにいないのなら二階だろう。
戌飼と共に斎場への階段を登ると、花屋が祭壇を作っている途中だった。息子の
「こんにちは、雪奈さん。担当者を探しているんでしょ? 生憎ここにはいないよ」
「何、呼び捨てにしているんだ。お前は」
雪奈が頷く前に嵐が凪の頭をがつんと叩いた。
「年上の人に向かって失礼だろう。何様だお前は」
「何だよ、名前で呼んだだけじゃないか。ちゃんとさんを付けただろ」
「それが失礼だというんだ。苗字で呼べ、苗字で」
「構いませんよ、緑纏さん。それにしても立派な祭壇ですね。まるで音符が生きているようだ」
横で戌飼も唖然として声を漏らしている。そこには菊で綴られた五線譜が描かれていた。ト音記号を主要にしており様々な音符が立体的に浮かんでいる。まるで生きた楽譜のようだ。
「いやあ、今回の故人さんは音楽が大変好きだったみたいでね。色々考えて挿してみたんだが、ごちゃごちゃになってしまった。おかげで金額以上挿しちゃってるよ」
「なんだよ、やっぱり挿し過ぎてるじゃないか」
凪が横から批判の声を漏らす。
「俺には金額以上持っていくなとか、きちんと計算しろとかいっておいてどういうことだよ」
「うるせえっ。お前はまだ修行中の身だ。きちんとした仕事もできねえくせにほざいてんじゃねぇ。ほら、さっさと挿しやがれ。俺の分は終わってるんだからな」
くそ、と捨て台詞を吐きながら凪は挿し始めた。大きな枝を鉄鋏で何度も切り込みを入れている。
その枝には小さな蕾がたくさんついていた。蕾の色は仄かなピンク色だ。
「それ、桜ですか? 今の時期にもあるんですね」
「ああ、これかい? もちろん普通にはないんだけどな。注文して取り寄せたんだ。春の花で飾って欲しいということで俺らの準備が出来次第、葬儀をすることになったんだよ」
確かに彼の姿は死後から数日経っている様子だった。ドライアイスで保存されていた形跡が残っていたからだ。
「桜だけじゃないよ、ほらこれも」
凪はバケツの中から春の花を取り出した。
「スイートピーにチューリップ、それにスノーフレークだってあるんだ」
「スノーフレーク?」
戌飼は腑に落ちないような表情で花を眺めている。
「それってスノードロップというじゃないんですか? さっき棺掛けで見ましたよ」
「ああ、それはね。似ているけど違う花なんだ。スノードロップは冬にしか咲かないんだよ。これはスノーフレーク。こっちは春にしか咲かないんだ」
「何調子に乗ってるんだ、お前は。能書きはいいから、さっさと挿しやがれ。こんなんじゃいつまで経っても終わらんぞ」
嵐が再び凪の頭を小突くと、彼は真っ赤になって吠えた。
「いってえな、この野郎。ただ説明してただけじゃないか。これ以上馬鹿になったらどうするんだよ。俺は親父より脳味噌があるんだから、丁寧に扱ってくれ」
「何だとッ。使わねえ頭なんか持っててどうするっていうんだ。馬鹿になって花だけでも挿せるようになって貰った方がまだマシだ」
「このクソ親父、口だけは達者だな。そんなんだから店のもんは誰も続かないんだよ」
「はぁ? 俺のやり方が悪いと思っているのならいつでも出ていっていいぞ」
「自分でいったことくらいは守れっていってるだけだよ、バカ」
再びいがみ合う二人。力が入りすぎているのか凪の手にあるスノーフレークは茎が折れそうな格好になっている。嵐の手に握られている桜もがたがたと震え上がって花びらを散らしている。
……どうやら自分たちは早くこの場を出た方がよさそうだ。
沈黙で退散することにして事務所に戻ると、大声を上げてPCを睨んでいる者がいた。
今回の葬儀担当者の
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