第一章 花弔封月 PART11

  11.


「えっ?」


 卯崎の眼が大きくなっていく。


「嘘でしょう? これが彼のなんて」


「嘘ではありません、これが誠一さんの『秘密』なんです」


 千月は彼の瞳を見据えてからいった。


「卯埼さんは正常なのかもしれません。ただ彼の方が女性の心を持っていたんですよ」


「これは……もしかして……」


 目の前に開かれたスカートの丈は明らかに信二のサイズを越しているものだった。底の浅い靴。きっと身長を抑えるために用意したに違いない。


「なんだ……そういうことだったのか……」


 信二は俯いたまま黙った。


 千月の部屋にあったものは全て誠一の遺品だったのだ。


「誠一が……誠一がそんな気持ちを持っていたなんて……」


 信二は目を閉じて固まっている。きっと過去の記憶を遡っているのだろう。誠一が女の心を持っているという前兆がなかったか探っているに違いない。


「でもどうして葬儀屋さんは彼の気持ちがわかったんですか。衣類だけで僕達の関係を全て把握したんですか?」


「衣類は決め手の一つですね。あなたを見た時に確信できましたが」


「では、なぜ誠一の気持ちを?」


「それはお二人の時計を見たからです」


 自分の腕についている時計を指差しながらいう。


「その時計はペアですよね? どうしてBABYーGの方が誠一さんなんですか? 元々BABYーGは女性がつけるものですよね」


「それは誠一が……」


 信二ははっと我に返るように呟いた。


「そうだ。この時計を買おうといったのも誠一なんです。僕はどっちでもよかったのですが、彼が白の方を気にいって……」


「やはり誠一さんが選んだんですね」


「そうです。彼が選んだのは間違いありません」


 丑尾誠一は事故当日、重大な覚悟を胸に信二と旅に出た。がむしゃらに働き一泊の旅行資金を稼いだのはそのためだ。


「それで誠一はあんなに焦っていたのか……」


 信二は思い出すように誠一との記憶を反芻し始めた。きっと思い当たる節が出あるのだろう、凝り固まっていた彼の表情がゆっくりと和らいでいく。


「誠一は……あの日、いつもの様子とは違いました。いつも以上に神経質な感じを受けたんです。GーSHOCKの時計を必ずしてきてくれともいってました。あれは……そういうことだったのか……」


 誠一は信二に確認したかったのだろう。真実を話した上でも二人の関係は繋がっていられるのかということを。


 ……仮にもし、自分が同じ境遇にあればどう思うだろう。

 

 千月は自分の身に置いて考えてみた。だが、その答えがでないことを思い出し考えるのを止めた。


「葬儀屋さんの話を聞けてよかったです。しかし疑問が残ります。どうしてここまで僕達に深入りしようと思ったんですか」


「別に深入りしようと思ったわけではありませんよ、これが私の仕事なんです」


 千月は目の前に掲げられている書、『花弔封月』を指差していった。


「『花で弔い、故人と過ごした歳月に封をする』


 葬儀というのは故人様のためのものだけではありません。残されたあなたのためでもあるのです。故人様と関わられた全ての人が新たなスタートに立ってから、初めて、別れが成立します」



「……なるほど。それで彼の遺体を焼く前に僕に話をしたということですね」


「ええ。誠一さんの最後のお願いを叶えられるのはあなただけですから……」


 故人の棺に彼の所有物を入れられるのは信二しかいない。誠一のことを純粋に弔えるのは彼しかいないのだ。


「……ありがとうございます。きっと彼も喜ぶと思います。彼、でいいのかわかりませんが」


「……どちらでもいいんじゃないでしょうか」


 千月は微笑んでいった。


「誠一さんのことを思っていればどちらでも構わないと思います。性別なんて大したことじゃありません。男であろうが女であろうが、まして二つの性を持っていたとしても一人の人間であることには変わりありませんから」


「……そうですね」


 信二はすっきりした顔で頷いた。


「僕達の間では性別は関係なかったような気がします。ただ純粋に一緒にいたい、という気持ちが強かっただけですから」


 信二は涙を拭いた後、軽やかな口調で訊いてきた。


「何だかすっきりしました。初対面だというのに思うことを洗いざらい話してしまった。別に全てを話す必要があったわけでもないのに。葬儀屋さんは不思議な人ですね」


「……そうですかね」


 千月が口元を緩めると、信二は畳み掛けてきた。


「そういえばあなたにも『秘密』があるといっていましたが、一体どんな秘密があるんです? もしかして……」


「それは……また別の機会にしましょう。それよりも早く火葬場に向かわなければいけません。私がお送りしますので急ぎましょう」


 空には曇りなく晴れ空が渡っていた。丑尾誠一は果たして信二になんといって告げるつもりだったのだろう。それはわからない。だけど卯埼信二になら告げられると確信できるものがあったのだ。それは本当の意味でいい関係にあったに違いない。


 自分の秘密を打ち明けられる相手というものはかけがえのない宝物だ。私には少なくとも一人いる。その一人がいたからこそ今の自分がある。


「ところで誠一さんのバックはどんなものでした?」


「誠一のですか? 紫のリュックサックでしたけど」


「ビニール袋は……持ってました?」


「いえ……なかったと思いますが」


 ……やはり母親は知っている。


 考えに耽りながら車に乗り込む。ビニール袋では恋人に真実を打ち明けるものにしては軽すぎる。


 母親は彼の性癖を知っていて別に分けたのだ。


 ということは――。


「……大丈夫です」


 信二は千月の顔を見ながら小さく呟いた。


「もう僕は逃げたりしません。誠一の家族の前で、高校の同級生がいる前で彼の遺品を弔って貰います。警察の前でも……真実を告げるつもりです」


 信二の瞳を見ると光に溢れていた。何の迷いもなく澄んでいる。どうやら心の整理がついたらしい。


 ……これ以上口を出すのはよくないようだ。


 運転に集中することにし、急いで火葬場に向かうことにした。


 ……きっと、彼らなら、きちんとしたお別れができるだろう――。

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