終章 凍れる騎士と古き女王

 隣に小さなぬくもりを感じてメグは目を開けた。ふわふわの金髪と、つやつやしている褐色の肌。両の目は閉じられていて、寝息が聞こえる。

 遮光カーテンに遮られているが、小さな隙間から光が入ってきている。枕元の時計を見ると、もう朝の八時だった。あれから半日以上経っている。

 ぷにぷにのほっぺたが可愛くて人差し指でつっつくと、少女が寝返りをうつ。起こしてしまっては可哀想かなと思い、そっとベッドを抜け出した。

 スリッパを履いて、ユニットバスへ向かう。シャワーまで浴びる気にはなれないが、せめて顔を洗い歯を磨こう。まだなんとなく重い頭を振って、ふらふらと歩き出す。

 昨日はあの後、サイモンがみんなを乗せて街へ行った。

 メグも一緒に帰ろうとしたが、実は歩き回った上に普段使わない頭をフル回転させたため疲れ果てていて、それがまたもや顔に出まくっていたようだ。みんなに一日休んで行けと進められた。サイモンの仕事を増やすことになると断ったのだが、結局引き留められて今に至る。正直その申し出はとてもありがたかった。ゆっくり寝たのが幸いして、かなり元気を取り戻していた。

 すっきりしたいい気分で、今日の洋服を選んでいると、後ろでドアが開いた。

「いいかげんに起きないと、いつまでも片付かなくて迷惑だぞ」

 もう慣れた。

 叫ぶこともなく、流れるようなフォームで足下にあったブーツを投げつける。

 ゴスッ、と鈍い音がして、残念なことに壁へ激突したらしい。彼は運動神経が良い。

「あっぶねえ! 何考えてるんだよ。汚れるだろ」

 痛いとかはないらしい。真っ白のトレードマークがやっぱり大切なのだろう。

「何度だって言い続けるけど、女性の部屋に突然入って来るな!」

 洋服を選んでいるところだったからいいものの、――やめよう。もう一足投げつけたくなる。しかもキィは絶対に気にしないだろう。そこがまた腹が立つ。

 隣でこれだけ騒いでいれば、さすがにク・ルゥももぞもぞと起き出した。

「ほら、顔洗って朝食だ」

 彼が少女を担いでユニットバスへ連れて行く間に、こちらも一気に着替える。ク・ルゥが昨日の夜から持ち込んでいたピンクのドレスを着ると、メグもちょうどブラッシングが終わる。ク・ルゥの髪を梳いて、三人はそろって廊下へ出た。

 外はやっぱり天気がいい。ここは北の山のおかげで雨はすべて山に降って、こちらへは乾燥した空気が流れ込んでくるそうだ。雨は滅多に降らない。それなら、あの赤い丘で眠るカサンドラに、屋根がなくても平気だろう。

 チャールズは、すべてを告白した。

 カサンドラに否定され、カッとなってそばにあったトロフィーで殴りかかった。そのまま下に落ちてしまったと。

 何を否定され、カッとなったかは彼の口から語られることはなかったが、後でこっそりバートが教えてくれた。チャールズとカサンドラは一時期とても親しくしていたそうだ。そのときのよしみでヒントを求めても、彼が話していたのはカサンドラではない。ジラだ。彼女はそんなことは覚えていないと否定するだろう。昔付き合っていた女性が、新しい男を連れているのは、どんな気持ちか。彼らがどんな風な別れ方をしたかにもよるが、楽しいことではなかっただろう。

 あの一番温厚そうなチャールズが、発作的に人を殴ってしまうというのには驚いたが、殺人の半分以上が衝動的なものだ。

「おはようございます。ミトラ様。よく眠れましたか?」

 昨日は色々と思うところもあって元気のなかったヴィクターだが、一晩経ってすっかり元の調子を戻している。

「はい。おかげさまで朝までぐっすりでした」

 席に着くとバケットを取る。スープは大好きなクラムチャウダーだった。

「朝、カサンドラ様に会いに行って参りました」

 グレープフルーツジュースをメグの前に置きながら、ヴィクターが嬉しそうに言う。

「おっしゃられていた通り、しばらくはあのままにしておこうと思います」

 彼の言葉ににっこりと頷く。

 彼女もきっとそれを望んでいるだろう。

「ヴィクター、僕たちもこの後帰る」

「承知いたしました。甘い物など、お持ちしますか?」

「いや……ああ、少しだけ、な」

 断りの言葉を述べようとしたが、隣でク・ルゥが身体全体で悦びを表し、大暴れしているので彼も諦める。

 メグは、なんだか胸が苦しくなった。

 寂しいんだなとわかっている。キィとク・ルゥにとって自分は単なる通過点でしかない。ここで別れれば、もう二度と会うこともないだろう。

 相手は魔法使いだ。

 人間は滅多に魔法使いに出会うことはない。

「あんたもとっとと荷物をまとめろよ。僕はク・ルゥとおやつで精一杯だから手伝ってはやれない」

「え?」

 なんのことだ?

「鋭いのか鈍いのかわからないやつだな。まあ、あの鋭いのがまぐれだったってやつか」

 憎まれ口を叩かれても、まったくわからない。

 イライラと舌打ちをして彼はフォークの先をメグへ向ける。

「サイモンを待って、また長々と車に乗っていくつもりなのか? 僕らは北へ一時間歩いて飛ぶ。街か、あんたの家か、好きなところに連れてってやるよ」

「え! いいの?」

「警察がサイモンと一緒に来るだろう。彼らはこれから忙しくなるのに、そこでまたあんたを送るとか、その時間が惜しいだろう。下手すりゃ警察に掴まってしばらく帰れないぞ」

 それは困る。

「お言葉に甘えます」

 座ったまま深々と頭をさげると、ク・ルゥがメグのおでこをなでた。

「おう。ただし、荷物は自分で」

 コンパクトにまとめてきたから、一時間くらいならへっちゃらだ。

 彼は肩にク・ルゥと、エノーラとイライザが嬉々として詰め込んでいる重そうなバスケットを持っていかねばならない。もちろん、衣類等の荷物もあった。

 美味しい朝食が終わると、すぐに三人は出発した。みんなに見送られ屋敷を後にする。

 たった五日間だが、とても長く思える。初めて憧れのカサンドラに会って――これが偽物だったわけだが――、断筆宣言にうちのめされ、宝探しをして、今度は偽カサンドラの死に立ち会う。さらにその遺体が消えた。盛りだくさんすぎて、半年、一年とここで過ごしたような錯覚さえする。

 北へ向かう道は、これまた頼りない道だ。魔法使いしか利用できないのだから当たり前と言えば当たり前。サイモンがたまに道を付けるため車を走らせていたと聞いた。そこを並んで歩いていると、北から気持ちのよい風が吹いてくる。

「そうだ。カサンドラが言っていた、娘を産む時期をずらしたことによって最悪の事態が引き起こされたって言っていたのは、あれは、自分の孫に殺されることだったのね」

「たぶん、な」

 それでも、カサンドラはジラに殺されることを避けなかった。

「自分が殺されるならいいって思ったのかな?」

 キィは反応しない。

 死んでもいいと思っている魔法使いはいない。でも、自分が犠牲となることで、次の災厄を止められるのならば、甘んじて受けるというのだろうか。そもそも、娘可愛さに産む時期をずらし予言を変えた。カサンドラの行動は筋が通ってる。

「そう言えば、あの古き女王と新たな女王。あれはカサンドラとジラだったのね」

「だな」

 終わってみればすべてが一致する。カサンドラはジラに殺された自分の遺体をキィに見つけて欲しかったのだ。詩を解読して、カサンドラを見つけて後を頼みたかった。古き女王と新たな女王。最後の一文は、キィに釘を刺しているのだ。


 ――いかなる氷も 新たな女王に触れること能わず


 まさかジラまで死ぬとは思っていなかったのだろう。自分が死んだ後の予知はできなかったのかもしれない。もし自分の遺体を見つけても、新たな女王、ジラに余計なことをするなと念を押していた。

 素直に殺されたカサンドラは、ジラの幸せを願っていたのだ。

 悪意ある予知の悪意が、カサンドラだけではなくジラも飲み込んでしまうと知らずに。

 そんなことを悶々と考えながら進んで行くと、突然魔法使いが声を上げる。

「やったー!」

 何が起こったのか、気味が悪くて少し離れる。

「いったいどんだけ詰め込んだんだ。重いんだよ」

 宙におやつのカゴを放り投げ、メグが駆け寄る暇なくかき消えた。

 そうか、【禁猟区】を抜けたのだ。

「どうする? 家か? それともどこか駅にでも連れていけばいいのか?」

「うん……どうしよっかな」

 駅にと言ったら、公衆の面前でいきなり現れるとかをやってのけそうで怖い。かといって、自宅はちょっとまずい気がする。前日なかなか眠れなくて、朝大慌てで出たままだ。ゴミ類は全部夜のうちに始末したが、脱いだ服やなんかが散らかり放題になっている。ここは色々と説明することもあるし、仕事場にするべきか。

「おい、ク・ルゥ?」

 彼の呼びかけを背に、突然キィの肩から飛び降りると、少女は森の奥へ駆け出した。

「ク・ルゥちゃん?」

 荷物を放り出して歩き出す魔法使いの後をメグも追う。

 人が通っていない場所は本当に走りにくい。なかなか距離を縮められずにいたが、五分も行かずに彼女は止まった。

 目の前には大きな岩があった。

「カサンドラか?」

「え?」

 キィの言葉にク・ルゥが振り返り頷いた。

 小さな手のひらを、メグの身長の二倍はあるだろう岩へ伸ばす。

 触れるか触れないかのところで、岩にある溝へ光が走った。少女の手の平から始まったオレンジ色の光は岩全体へと走って行く。

「何が?」

「たぶん――」

 魔法使いが答えるよりも早くよく知る声が聞こえた。

「ク・ルゥ。久しぶりだ」

 ジラの声。そして、半透明で後ろに岩が透けている彼女がいた。

「カサンドラが残していったんだろう。魔法使いが死んでも残る魔法もある。ク・ルゥがスイッチだったんだな。最後のメッセージだ」

 では、カサンドラなのか。本物の、本当のカサンドラ。

 似ていた。色が薄いのではっきりしないところもあるが、とてもジラに似ていた。色も、顔立ちも姿も、うり二つと言っていい。ジラとは、声が少し違う気がする。どこか悲しみの色を帯びた、それでいて湿り気の少ないよく通る声。ジラの物ではない。でも、なぜか聞いたことがある気がする。

「もう私を見つけてくれたかな? もしまだなら、食堂の詩の通りに行ってくれればいい。あの子が困らないようにこっそりと、ね」

 あの子がジラを指すのは明白だった。やはりカサンドラは、知らないのか。

「ク・ルゥとお茶を楽しめなくなるのが残念だけれど、私は満足してるよ。そんな顔をしないでおくれ」

 殺されたとは思えないようなにこやかな彼女に、鼻の奥がツンとした。

「ク・ルゥがいるならおまけもいるね」

「相変わらず口が悪いよ、カサンドラ」

 答えるはずがない相手に、キィはまぶしそうな表情で返す。

「あの子をいじめちゃだめだよ。それと、ク・ルゥを頼むね」

「当然だ」

「あの馬鹿げた願いもいつか叶う。絶対になんて言葉はないんだから。諦めたとき、永遠に叶わなくなる」

「わかってる」

 一方的に話しているはずなのに、会話がきれいに成立していた。

 眼を細めたカサンドラは優しく笑うとしゃがむ。ちょうどク・ルゥのいる位置に。

「最古の魔女、私の古き友人。先に逝くことを許しておくれ。あなたの長い生の退屈しのぎが一人消えることを、許しておくれ」

 ク・ルゥの手が伸び、彼女の頬に触れる。

 本当は触ることができないが、ちょうどその位置にそっと手を添える。

「さようなら」

 カサンドラの声が消える。

 姿も消えていた。

 岩はただの岩になる。

「待ってよ、今なんかちょっと……」

「だからかっ! そうか、だから君は僕と一緒に寝るのを嫌がったんだな。最初から知ってただろう。カサンドラがカサンドラじゃないってことを! そうか、そーゆうわけなんだな。納得した。ようやく納得がいった。おかしいと思ったんだ。いつもはカサンドラの周りをうろちょろしてる君が、今回に限ってむしろカサンドラを避けている。で、何をとち狂ったのかこの小娘にべったりだ」

 むちゃくちゃ言われてる気がするが置いておく。それよりも。

「待って待って、ねえ、最古の魔女って、誰?」

 おかしい、今の流れではどう考えても――、

「ク・ルゥに決まってるだろ?」

「……ク・ルゥちゃんは、魔法使い、なの?」

 メグが一言一言区切ってはっきりと問う。するとキィは眉をひそめた。

「何を今更」

 今更も何も、ハナから聞いていない。

「カサンドラが紹介していただろ? 友人のク・ルゥって」

「確かに、そうだけど!」

 思い出す。キィを有名な白の魔法使いと紹介し、その後に、友人のク・ルゥと。あれは、ク・ルゥに肩書きがなかったからではなく、キィはク・ルゥのおまけでカサンドラの屋敷に来ていただけで、主賓はク・ルゥだったということか。

「でも、最古の魔女って、一番古い魔女ってことよね? 一番年上の、でも、ク・ルゥちゃんはどうみたってキィより十歳以上若く見えるわ!」

 【禁猟区】の外ならば、外見を変えることくらい魔法使いにはお手の物だろうが、屋敷は【禁猟区】にあった。今もあのときも変わっていないのだから、これが彼女の本来の姿なのだ。

 すると、キィは少し口を尖らせ悩む。

「んー、まあ、いいか? ク・ルゥ」

 少女は彼の言葉に頷く。

「魔法使いは、魔法を使うと成長が遅れるんだ」

「そうなの? 【禁猟区】のように?」

「いや、あそこは完全に止まる。少し違う。魔法をたくさん使えば使うほど、成長がゆっくりになる。本来は使おうと思わなければ使えないのが魔法なんだが、ク・ルゥの場合自然に発動してしまうんだ。だから、魔法を使う回数を減らして成長具合の調整ができない。それで未だにこの姿だ。僕よりずっとずっと前からこの姿でいる」

 それは、つまり、この中で一番年上がク・ルゥだということか。

「触れる物の考えがわかってしまう読み取りの能力だ。結構、やっかいなんだ」

 少女をまじまじとみつめる。彼女はむずがゆそうに首を傾げた。

「そっか……、凍れる騎士っていうのはク・ルゥちゃんのことなのね」

 ちゃん付けで呼ぶのも失礼なのかもしれないが、もうすっかりそれで慣れているし、今までも彼女は嫌がっていなかったのでよしとする。

「そっか、そっか。氷の裳裾がキィなのか」

 おまけ、だ。

「ま、そうだな」

 本人もその扱いには不満なのだろう。だが、怒る相手ももうこの世にはいない。

 そして気付いた。


 ――朝の夢はひそやかに

 ――凍れる騎士へいざなわれむ


 生の夢。さっきカサンドラが言った、馬鹿げた願い。

「キィが前に言ってた、やりたいことって何?」

 彼はじろりとこちらを見る。だから真っ直ぐ見返す。

 きっとそうなのだろうと思ったが、彼の口から聞きたい。

「ク・ルゥの、この自然発動の魔法をどうにかしたい。いつまで経っても彼女はこのままだ」

 やっぱり。

「せめて、僕に釣り合うくらいのレディーにっつぅっっっ、痛い!」

 向こう臑を蹴られたキィが足を抱えて飛び跳ねた。

 ク・ルゥは、彼の娘なんかじゃなかった。一方的かどうなのかはまったくわからないが、……考えるのはやめよう。いろいろと不愉快になる気がする。白の魔法使いがロリコンだなんて! いや、そうじゃないのか? 彼女の成長を願っているのだから。

「で、どうする? どこに送る?」

「会社にお願いできる? その方が騒ぎにならないだろうし」

 そう言いながらク・ルゥを持ち上げ、ぎゅっと抱きしめる。

 目の端に不機嫌そうなキィが映る。

 こうすると読み取られちゃうのねと思うが、まあいいかと彼女の柔らかい抱き心地を堪能する。可愛くて、大好き。そんな思いを込めると、ク・ルゥの小さな手もメグの首にいっそう絡みつく。

 そう言えば噴水でク・ルゥを抱きしめたときもキィはなぜか怒ってた。あれも単に嫉妬してたのか。わかると、笑える。

「また会えるかしら? ク・ルゥちゃん」

 少女はこっくりと頷く。

 良かった、とメグも笑う。

「そうだ、これ」

 魔法使いが空中へ手を伸ばす。そして差し出された先にある物に目をむいた。

「な、なんで?」

「他の奴らが、あんたにって言ってたぞ?」

 ほら、と押しつけられる。

 そう、カサンドラの最後の原稿。

「でも、これは――」

 そんな風に簡単に渡されても困る。これはカサンドラの物だ。

「君が好きにすればいいそうだ。カサンドラが喜ぶのは出版することだろう?」

「そうだけど!」

 そうだけど、でもなんでメグがこれを渡されたのか。

「頑張ったで賞じゃないのか?」

「私、何にもできなかったのに……」

「評価は周りが下す。本人がどう思ってようがな」

 そう言って、キィはク・ルゥを奪い返すとメグの頭を叩いた。ぽんぽんと、二度。軽く。なでてるつもりかもしれない。

「よくやったな」

 褒めてもらえるなんて思ってもみなくて、言葉を返すことができず、呆然と彼らを見ることしかできなかった。

 ク・ルゥが手を振る。

 キィが右手を空へ向けた。

「本が出たら一冊僕にも寄越せ」

 風が吹く。その風は色を持っていて、目の前が白で遮られる。まるで魔法使いの衣装だ。彼のマントにくるまれてしまったように、世界が白くなる。

「待って、まだ」

 別れが辛い。

 どうすれば彼らを引き留められるか。引き留めて、何をしたいのかなんてわからない。それでもまだ、彼らと一緒にいたかった。

「待って、キィ!」

 一際強く風が吹き、メグは自分を見失う。

 色も、音も、匂いも、すべてを奪われ目を閉じる。

「……! メグ、なんでおまえ」

 音が遠くから戻って来た。すごく、すごく懐かしい声だ。煙草とインクと珈琲の匂い。慣れ親しんだ場所。目を開けると、必死で松葉杖を付き、前進するジムの姿が迫って来た。

「どうやって、あれ、今着いたのか?」

 久しぶりの職場。ここは何も変わっていない。突然わいたメグに、みんなが戸惑いながら声を掛けてくる。

「先輩……っ」

 なんだかもうわけがわからなくなって、両目のダムが決壊した。

 ジムが泣かしたとあちこちから野次が飛ぶ。慌てて彼はメグを抱き留める。

「どう考えても違うだろう! おい、メグ。どうしたんだよ」

「カサンドラの……」

 ああ、とジムがつぶやき、野次が止んだ。

「カサンドラのことは聞いたよ。大変だったな」

 よしよしと、頭をなでてくれる手がある。たくさんの人の気配が近づいて来る。

 違う。そうではなく、寂しくて寂しくて、たまらない。

 だから握りしめていた原稿を、ジムの胸に突き出す。

「カサンドラの、最後の原稿です」

 周りがシンと静まりかえり、次の瞬間怒号のような叫びがわき上がる。

「おまえ、これ、どうして」

「早く本にしましょう」

 早く本にして、二冊ください。

 できたよと叫べば、きっと彼らが現れる。

 だって、何でもできる魔法使いなんだから。たかが一人の呼びかけに、答えられないはずなんてないんだから。

 

 カサンドラの遺作長編ファンタジックミステリー『世界の鍵』は、空前絶後の大ベストセラーとなった。

 メグは特別手当と有給休暇をもらい、再びあの屋敷に行く。

 書庫へ加える最後の本と、彼らに会うための鍵を持って。

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魔女は二度死ぬ 鈴埜 @suzunon

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