ウラナイミライ
東上西下
第1話 占われた話
「君は3日後に右手の骨が折れるね」
6畳ほどの薄暗い部屋の中、それほど大きな声ではなかったにも関わらず、その声はやけにはっきりと響き渡った。これはもちろんぼくに対しての発言ではなく、客の少女に対する発言なのだが、分かっていても一瞬ドキッとしてしまう。
「そんな……困ります」
骨が折れると告げられた制服姿の少女は、思いがけない言葉に一瞬絶句したが、それでも何か言わなくてはと思ったのか、肺から残った空気を無理やり押し出すようにしてそう言った。
だから占いなんて来ない方がいいのに……。
僕がこの『占いの館』でバイトをする中で足かけ多くの占われに来た客を見てきたが、占いを聞いて幸せになった人間に心当たりはあまりない。いや、何か問題に対して解決策が明確にあったケースもありはしたので、実際は占いを聞いて幸せになった人間もいるにはいるのだろう。不幸な未来を回避したことが本当に幸せかという議論はここでは置いておくことにして、しかし、お金を払って占なってもらって、その結果右手が折れますじゃあ死んでも死にきれまい。
「――何で右手が折れるんですか?」
少女は顔を上げて、対面している女性に問いかける。部屋の配置的には、中央の机に二人の女性が向かい合って座り、僕は部屋の奥側の隅に立っているという状態なので、必然的に少女の必死そうな顔が目に入った。
「そこまでは分からない」
きっぱりと、この部屋の主、
「どんな状況でとか、もっとストレートに聞くならどうすればそれを回避できるとかは――?」
「ない」
行方さんの取り付く島もない答えに、少女は何か言おうと口をパクパクさせるが、如何せん言葉が出てこないようだ。まあ軽い気持ちで占いに来たら、「右手の骨が折れます」といきなり言われたのだと考えると無理もない。
「その他はあんまり占うような出来事はないみたいだね」
そう言って行方さんはちらりと僕の方を振り向く。はいはい、分かってますよ。
「ではもう占いは終わりという事で受付の方にお戻りください」
客の少女に声をかける。この占いの終わりを宣言する役は何度やっても慣れない。特に今回みたいな場合には……。
「で、でも」
少女は困った顔で僕を見上げてくる。
「占いというのは万能ではありません。不幸な未来が見えることがあったり、幸せな未来を見ることがあったりと時々によっても見られる結果が変わってきます。あくまでオカルトと割り切るか、何とか未来を回避しようと最大限の努力をするかはお任せしますが、なんにせよ今回の占いはここまでです」
何を言っているんだという嫌悪感とともにいつもの言葉を口にする。この行方さんに占えない未来などほとんど無いことは一月ほどとはいえ隣で見てきた僕には自明だった。だから恐らく行方さんには今回もこの少女の骨折という未来を回避する方法が見えているのだろう。
「行方さん、不幸な未来を回避する方法を教えてあげてくださいよ」
そう言えたら、どんなに気持ちが楽だろうか……。
「分かりました。――失礼します」
少女は椅子から立ち上がり、受付への扉をくぐる。歩いているときにギュッと右手を抑えていた様子が痛々しかった。
「今回はいくらですか?」
行方さんに聞く。占いは内容や相手によっても変わる、いわゆる時価なのだ。
「制服姿だったし、不幸な内容だったから1000円でいいよ」
僕はそれに頷くと、少女に続き受付へと移る。この『占いの館』、従業員は占い師の行方さんを除くとバイトの僕だけなので、受付での会計も僕の仕事だ。
扉をくぐった先、受付のカウンターの前には先ほどの制服姿の少女がいた。受付に誰もおらず、会計もしていないので手持ち無沙汰だったのだろう。財布を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
「すみません。お待たせしました。占い料は1000円となります」
受付の内側に回って、そう言った。
「はい」
少女は財布から1000円札を出してカルトン――レジにあるお金を置くためのトレーに乗せてこちらに押し出す。1000円という占い料は行方さんの占いではかなり安い方だった。店舗には来ないが、政治家などお偉いがたの未来を占うには一回で何百万もいただくらしい。それでも客が途絶えないというのだから、行方さんの占いの力が見て取れる。
「ご来店、ありがとうございました」
レジに1000円をぶち込むと、少女を入り口まで見送る。少女は帰りがけに一度振り向いてぺこりとお辞儀をしたが、疲れているようで、そそくさと帰っていった。
「ふう……。今日の客はこれで全員だな」
占いの館は完全予約制なので、客の数は日で固定されている。あの少女の後にも数人来た客をさばいて、ようやく終わりと受付の前にあるソファーに腰を沈めた。
「おつかれ」
占いをする部屋から出てきた行方さんに声をかけられる。
「行方さんもお疲れ様です」
残りの事務処理が少し残っているので、立ち上がると受付のカウンター内部に入る。行方さんは僕と入れ違いにソファーに腰を下ろす。
「青葉にはいつも助けられてるよ」
青葉、と僕の名前を呼ぶ行方さんは珍しく疲れているようだった。
「そういえば行方さん」
今日の収入について計算しながら、さりげなく話題を振る。
「あの骨折すると言った女の子の事だろ」
「……」
行方さん、心を読まないでください。
「心なんて読んでないよ」
まるで心を読んだかのようなタイミングで返事をしないでください。
「だから、心なんて読んでないって」
「嘘つけ‼」
思わず突っ込むと行方さんは愉快そうにクククッと笑い、
「回避できるよ」
「そうですか……」
やはり、行方さんに分からないことは無いのだろう。恐らくあの少女の前で回避できると言わなかったのは、その方が少女にとって良い未来になるからだ。占いの結果――未来をあえて伝えないことが、色々ある未来のうちで一番良い道となる。だからこそ僕は、客の前で行方さんに未来をすべて言うように促さないのだ。
「それで、その方法というのは」
「教えられないな。……アドバイスとしては
緑里。
「ふふっ、それにしても青葉。お前が他人を助けようだなんて珍しいじゃないか。いや、珍しいどころじゃなく初めてか」
「理由なんて分かってるんでしょう?」
「私はお前の口から聞きたいんだよ」
抵抗するが、行方さんはそれを許してくれない。意地の悪い大人だ。
僕はあきらめて口を開いた。
「……あの少女が幼馴染の真帆に似てたからですよ」
行方さんは僕の回答に口を吊り上げると、
「なら守れ。私は未来を教えないからあてにはしてくれるなよ」
分かってますよ。
「それと、お前の呪いは気にするな。呪いは呪い以上の効果を出さない事を忘れるな」
呪いについて行方さんに話した記憶はないが、当たり前のように『呪い』について知られていた。
「分かってますよ。全部ね」
行方さんは「どうだか」と言い残してソファーから腰を上げる。全て手のひらの上だと言わんばかりの態度だが、やはり行方さんの言う通りなのだろう。
分かったふりをしていても、実のところ僕は何も分かってないのかもしれない。
残る作業を片付けながら、僕はそう思った。
ウラナイミライ 東上西下 @Higashikami
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