ブラック猫カフェ 超決戦

リューガ

ブラック猫カフェ 超決戦

 はればれとした、春の青空。

 海にむかって、閑静な住宅地が広がっていく。

 青々とした海のむこうには、夏でも雪がきえない大山脈がみえる。

 霊峰ともよばれるあの姿があらわれるのは、完全な晴れの日ではだめだ。

 少し雲があり、太陽の光が弱まった日が見えやすい。

 そのきりりとした鋭い峰。元気な緑の山肌と、雪のコントラスト。


 僕の家は、住宅街より3階ほど高い、マンションの最上階。

 ここから見えるすがすがしい景色が、僕は大好きだ。

 

 でも僕の心は、ちっともすがすがしくない。

 勉強机で肘をついて頭をささえ、心にモヤモヤを抱えたまま、ボーっとするだけだ。

 あ、ランドセルに昨日の宿題が入ったままだった。

 ……もし、この宿題を忘れたら……。


 僕ら、5年2組の担任は太田おおた さとし先生。

 剣道の達人で、顔の左半分や全身にあるやけどの跡がある。

 すごく迫力のある人だ。

 あの人、念をおすときはフルネームでよぶ。

高橋たかはし 清治せいじ! 』

 でも、なんだか、どうでもいい……。


 ふと気がついた。

 あの美しい山脈の姿をぶち壊す、赤い点がある。

 

 ねえ、ユルキャラって信じる?

 風にゆられてゆっくりフワフワ、こっちへ向かってくる。

 ……まちがいない。

 まん丸のおなかに、短い首。

 くっついた頭には、前につきでた長いアゴ。

 胴体から飛びだす短い足は4本。その先には5本の鋭いツメ。

 そして全長2メートルほどの半分は、長くて太いしっぽ。

 ワニのような姿だけど、違うところもある。

 全身をつつむのは、フワフワしたぬいぐるみの様な毛。

 ネコのような耳。

 そして背中からのびた二枚の、白鳥のような羽。


 ポンというやわらかい音とともに、それの頭が窓ガラスにぶつかった。

 目は眠っているのか、閉じたままだ。

 視界のジャマなので、窓をあけて追いはらうことにした。 

 だが、風にのったユルキャラは、部屋の中に流れてきた。

 くるりと空中で回転すると、宙に浮くのにあきたのか、僕の部屋の畳に腹ばいになって止まった。

「な、何してるんだボルケーナ。親しき仲にも礼儀ありだぞ!」


 この街のユルキャラ。

 ボルケーナ。

 いわゆる烈火怪獣れっか、または業火の女神ごうかのめがみ


 宇宙概念捕捉率うちゅう がいねん ほそくりつ……通常物理学ではありえない現象を起こす、魔法のような力。

 未来から過去に向かって流れる、現在を形づくる情報をとらえ、使う力のことだ。

 僕たちの世界では、約20年前に突然あらわれた力。

 何万人かに1人。それまで何の変哲もなかった人たちが、その力をあつかえるようになった。

 いわゆる異能力者になった。

 今や、同じような存在は世界中にいる。


 中にはその力を平和のために使う人もいて、そういう人々はヒーローと呼ばれている。


 ボルケーナは、異能力者とは大分違う。

 今よりも世界全体にそれが少なかった遥かな過去、何万年も前に、その捕捉率を人々の祈りという形で体内に貯めこんできた種族なんだ。

 貯め込まれた力は凄まじい。

 現代に現れた当初は、世界を恐怖のどん底におとしいれれた……。

 らしいけど、今はすっかりなれてしまった。

 今では、この街に住むただのおせっかいだ。

 ちなみに、クリスチャン。


 人間は手足をリラックスさせて広げて寝るのを『大の字になって寝る』というけど、ボルケーナは『米の字になって寝る』

「つまみだしてやる! 」

 腹がたった僕は、ボルケーナの首の後ろをつかみ、力いっぱい引っぱった!

 皮がビローンとのびる。熱くはない。

 中の粘土のような肉をにぎりしめ、頭を上げさせた。

「苦しい苦しい! 首がしまる! 」

 ようやくボルケーナが口をきいた。

「ネコつまみをしていいのは子ネコだけ! 大人にしちゃダメ! 」

 そのままドタンバタンと体をゆするので、僕は手をはなしてしまった。

「ふひ~。居眠りしてて悪かったよ」

 首をさすりながら、怪獣は後ろ足でたち上がる。

 そして翼を、風船の空気をぬくように小さくした。

「わたしは悩んでいたんだぞ!

 ……でも、行き詰ってたんだ。気分転換でいいや。

 なにか悩みがあるなら、きいてあげるよ」

 ボルケーナは、にこやかにそう言った。

 僕は、絶望のあまり天をあおいだ。

「オ~。僕の悩みが気分転換だなんて! 」

「おばさんに任せなさい! 」

 ボルケーナはそう言って、ドラム缶のような体の、ありもしない胸を張った。

 この人、45億歳の熟女なんだ、と言っていた。


 まあ、一人で悩むよりはいいだろう。

「きのう、商店街を歩いていたんだ。

 教会の前を通ったとき、オルガンの曲が聞こえた」

 海の近くには、港町として発達した商店街がある。

 小さな店がほとんどだけど、必要な物はだいたいそろう、いわゆる地方都市だね。

 教会は、その中心に、おととしできた。

 イギリスの古い教会をイメージしたという、クリーム色の石をつんだ小さな建物。

 十字架をのせた円錐形のてっぺんを持つ塔が、付近の建物よりちょっとだけ高い。

「その曲が、『たんたんタヌキ』の曲だったんで、歌ったんだ」




たんたんタヌキの金玉は

風もないのにプ~ラプラ

それを見ていた親ダヌキ

おなかを抱えて わっはっは~




「そしたら、教会から白河が飛び出してきて、なぐられた」

 白河ってのは、白河しらかわ 明依子めいこっていう、僕の同級生。

 見習いシスターをしている。

 そのときはオルガンの練習をしていたんだろう。

「何で殴られたのか、それがわからないんだ」


 僕の告白をボルケーナは、あきれたような、気の毒そうな顔できいていた。

「あのね、高橋君。白河ちゃんが演奏していたのは、たぶん『まもなくかなたの』という讃美歌だよ。

 死んだ人は、生きていた時の罪を、最後の審判で神様に裁かれる。

 いい人は、神の都に移り住むことができるのよ。

 『まもなくかなたの』は、神の都で先に死んだ人との再会を願う歌なの」


 説明の後ボルケーナは、一つ深呼吸した。

 そして、歌いはじめた。




間もなくかなたの 流れのそばで

楽しく会いましょう また友達と

神さまのそばの きれいな、きれいな河で

みんなであつまる日の ああ、なつかしや


水晶より透き通る 流れのそばで

主を賛美しましょう 御使いたちと

神さまのそばの きれいな、きれいな河で

みんなであつまる日の ああ、なつかしや


銀の様に光る 流れのそばで

御目にかかりましょう 救いの君に

神さまのそばの きれいな、きれいな河で

みんなであつまる日の ああ、なつかしや


良いことをはげみ 流れのそばで

お受けいたしましょう 玉の冠りを

神さまのそばの きれいな、きれいな河で

みんなであつまる日の ああ、なつかしや




 『たんたんタヌキ』と同じ音楽のはずなのに。

 その歌は荘厳の2文字を、僕の心にきざんだ。

 こういうのを透き通るような歌声というんだな。

 僕は自然と拍手していた。

「すごい! すごい! 謎がとけた! 」

 ボルケーナは一曲歌えて、満足そうだった。

 そして、僕との仕事に取り掛かる。

「まだまだ。ただあやまるだけじゃだめだよ。

 白河ちゃんは、心のキレイな人だからね」

 うん。それは分かってる。

「ただ謝っても許してくれるわけがない。

 ちゃんと心の清らかさを見ぬいてくる」

 それは……どうにかして、しめせるものなの?

「すぐできるものじゃないね。街に落ちたゴミを拾い続けるように、地道に続けていくことさ」

 そうか! じゃあ、さっそく街にでよう!


 ゴミが落ちているなら、人どうりの多い商店街かな?

 意気揚々と、そう思ってたんだけど……。

「チリ一つ落ちてない! 」

 ゴミと人どうりが比例してない!

 ボルケーナも驚いた。

「珍しいこともあるもんだ! 良いことだけど! 

 あ、そうか。

 さっき青年団が掃除してたな」

 これじゃあ、地道に『心の清らかさポイント』をしめせない!

 こまった……。


 その時、1台の自転車が走ってくるのが見えた。

 それにまたがっているのは、黒くて長い髪をなびかせた少女。

 彼女が着た白いワンピースは、まるで白百合のよう。

 白河 明依子その人だ!


「ネ、ね、ね」

 僕は、あわてて呼び止めようとした。

 でも、白河は僕を一ニラミするだけで走り去った。

 ああ、生きる希望を失った……。


「そんなに白河ちゃんが好きなの? 」

 ボルケーナは当たり前のことを聴いてくる。

「好き! 大好き! 彼女がいるから僕は世界の美しさを信じられるんだよ! 」

「あの子はカトリックだからね。本物のシスターさんになったら結婚できないよ? 」

 また当たり前のことを。

 ……ある日、図書館でキリスト教の本を読んだ時の絶望が、今も胸をえぐる。

 でも、それでも……。

「彼女の戦いは僕の戦いだ! 」


「よし、追いかけよう! 」

 ボルケーナはその白い羽を大きくふくらませ、宙に浮かんだ。

「急ぐよ! 」

 僕は心底ありがたく思って、その後ろ脚をつかむ。

 それが離陸の合図。

 ボルケーナの白い羽は、体のまわりに重力を遮断するバリアをはる。

 僕を含めた2人の体重は0になり、風に乗るだけで空にうかぶ。

 僕の手もつかれない。


 屋根より高くとぶ僕たち。

 その下で走る白河は、僕らのことをさとっていた。

 立ち乗りに切りかえ、スピードを上げていく。

 この先は……教会に戻るんだろうか。


 商店街を横切る、大きな川までやってきた。

 川には大きな土手があり、それを超えれば河川敷がある。

 河川敷にはちょっとした森があって、野良ネコのすみかになっているんだ。


 と思ったら、ボルケーナはどんどん高度を下げていく。

 白河へ近づくわけでもないみたいだ。

「何? どこへ向かってるの? 」

 河川敷の森へ向かっているのかな?

 やっぱりだ。

 草木の向こうで、人影がちらちら見える。

 作業着を着て、なぜか虫取り網をもった人が二人。

「見つけたぞ! 誘拐犯!! 」


 ガああああああああああああああああああオおおおおおおおおおおおおおー!!!!!!!!!


 まさに怪獣。

 ボルケーナの、あの歌声と同じノドとは思えない威嚇!

 僕がいるのも構わず木の枝をつきぬけ、地面に着地した!

 重力遮断バリアは、重力だけでなく、じゃまな物も遮断してくれる。

 だけど、地面へのショックは遮断しきれなかったようだ。

 僕は地面に倒れ込んでしまった。

 転んだときについた手にくっつく泥も、遮断してもらえなかった。

 あ、ハンカチ忘れた。

 木の幹でこすれば落ちるかなぁ。


「あ! ボルケーナだ! 」

「誘拐犯だ!? 言いがかりはやめろ! 」

 あれ?

 聴きなれた声だと思ったら、ジンとアツシというクラスメートだった。

 大きな方が中宮なかみや じん。力自慢で、将来は相撲取りになりたいらしい。

 もう一人は小柄な久保田くぼた 篤史あつし。こっちはずるがしこくて家がお金持ちで、いつも難しい経済の話をする変な奴。将来は世界一の金持ちになりたいらしい。


 2人とも、手には虫取りアミを持っている。

 そばにたくさんあるのは、ネコなんかを入れて持ち運ぶ、オリ・・・・・・ケージ?

「じゃあ、そのケージの山とアミはなんなんだ!? 」

 前にも言ったように、ボルケーナは世界を破壊しかねない力を持っている。

 そんなボルケーナの質問にも、クラスメート二人はヨユウしゃくしゃく。

「僕たちネコカフェで大もうけするんだ!

 ここにあるのはきれいなケージ!

 おいしい餌に最高のアクセサリー、メイクにコロンも付けて、大事にあつかうんだぞ! 」

 アツシはそう、誇らしげに言いきった。

「そうだ! そうだ!

 こんな森にすむより、よっぽど幸せだぞ! 」

 ジンがドシーン! と、地面をふみならして、すごむ。

 怖い!!

 2人は言うわりに、僕らを大事にあつかう気はないようだ。

 そうか。ボルケーナが悩んでいたことは、この2人のことだったんだ。


 一方、ボルケーナは腰に手をあて、受けて立つかまえだ。

「だったら、証人……じゃない、証ネコにきてもらいましょう!

 ミドリ! いるんでしょ? 」


 ゴソゴソ、草むらが動いた。

 そこから現れたのは、茶色と黒の体に、顔と首のまわりは白いネコだった。

 目は緑色に輝いている。

 野良らしくない、気品というか、スマートさがある。

「ボルケーニウム光線! 」

 ボルケーナは、ミドリに向かって両手を突きだした。

 すると、手からまばゆい赤い光がほとばしった!

 光はミドリを直撃した!

 まあ、相手を殺す技ではないのは分かるけどさ、どことなくギョッとする技だ。


「ヘーイ! これが私の新しい声かい? 」

 たくましい女性を思わせる、元気そうな声。

「やい! ジンとアツシ! 久しぶりだな! 」

 そう言ってミドリは後ろ足でスクッと立ち上がった。

 シロは体格差などものともせず、2人の誘拐犯とむきあっている。

「何が幸せだ! お風呂場に突き落としてグルグルグルグル! 洗濯機か!

 やかましいドライヤーと掃除機で追いまわし、狭いケージに閉じ込めて臭いコロン漬けにしやがって! 」


 ほんの20年前なら、驚天動地の大怪異。

 だけど、今の子供はそんなことは気にしない。

「「それのどこが悪い! 」」

 ジンとアツシの気にしなさすぎは、さすがに珍しいと思うけど。

「お前らバカか! ネコは、人間より何万倍もにおいに敏感なんだぞ!

 この鈍感! 」

 そんなに鋭いんだ!

 それにミドリは、見た目に似合わない言葉づかいをするんだ。知らなかった。

「なんだと! うん? 」

 今まさに、ミドリにとびかかろうとするジン。

 だけど、なにかに気づいて立ちどまった。

「こんなのインチキだ! ボルケーナが言わせてるんだろう!? 」

 まさか自分に矛先が向くとは思っていなかったんだろう。

 ボルケーナはギョッとしていた。

「な、何言いだすんだよ? 他のネコにも聞いてみようか!? 」

 そう言ってボルケーニウム光線をかまえる。

「そんなもん、聞くか! 」


 放たれた光線。その真ん前に、ジンは猛スピードで飛び込んだ。

 光線を真正面から受けても、人体に害はない。はずだ。

 でも突きすすむその姿は、炎をものともせず襲ってくる、鬼に見えた。

 ドカッ!


 僕は、何でボルケーナの基本的な事を忘れていたんだろう。

 ボルケーナの体を作る超物質、ボルケーニウムは、ショックに弱い。

 宇宙概念捕捉率を貯めこみ、加工するのには優れているから、高エネルギービームか何かにすれば飛んでくるミサイルだって撃ち落せる。

 簡単に言えば、体を巨大化すれば使えるエネルギーが大きくなって強い。

 小さければ弱い。

 でも、吹き飛ばすわけにもいかない相手だったら……。


 重い響きを上げて、ジンの拳がボルケーナの頭にめり込んだ!

 ボルケーナは空中に吹っ飛ばされてしまう!

 手からは光線を放ったまま、くるくると回転しながら風にゆられて飛んでいく。

「ぼ、ボルケーナ! 」

 僕の声にも反応しない。気を失ったらしい。

 何とか捕まえようとしても、風に乗ったボルケーナは、みるみる高く上がっていく。

 ボルケーニウム光線は、街を何度もなでる二すじの光となった。


「おい清治。お前もジャマするつもりじゃないだろうな」

 2人の次のターゲットは、僕だった。

 逃げないと!

 でも、足がなぜか動かない。

 こここ。これはパニックという物だ。

 とんでもない事態にあって、脳にメチャクチャな情報がガガガが走ってててててうごけない!


「やめろ! 」

 そう言ってジンの足をひっかいたのはミドリだ。

 かたじけない!!

 でも、ガキ大将は止まらない。

 うっとうしそうに振るわれた虫取りアミで、ミドリは捕まった。

「またケージに閉じこめるつもりか!? はなせ! 」

 ミドリは、あきらめず暴れている。

 ジンは、アミの出口をしっかりとにぎり、閉じこめた。


「や、やめろ! 」

 僕は、ぎりぎりの決断で体を動かした。

 そして、ミドリを助けようと突進した!

 したと思う。

 でも、その速度は平均よりもかなり遅かったんだろう。

 アツシが伸ばしたアミの棒に足を引っかけられ、転ばされた。


 前のめりでころんだ僕の背中に、やわらかい物が落ちてきた。

 アツシのお尻だ。

 アツシは僕の足首をつかむと、背骨を曲がらない方向へ曲げるべく、引っぱった!

 逆エビ固めだ!

「いたい! いたい! やめてくれ! 」

 そんなことは気にせず、アツシは僕を押さえこむつもりらしい。

「ジン! ここは僕に任せて、猫を捕まえてきてよ! 」

「よっしゃ! 任せとけ! 」

 ああ、このまま野良猫たちは、2人の子供のせいで捕まってしまうんだ。

 そのことが無性に、はずかしかった。


 このまま放っておいても、ネコカフェは失敗するだろう。

 嫌がるネコたちが、お客にあたりちらすにきまっている。

 お客をひっかくのもいるだろう。

 それなら猫たちに逃げるチャンスはあるんじゃないか?

 いや、たぶん、2人は恥をかかされたと怒って、さらにヒドイことをするだろう。

 何でも自分でコントロールできると思う、うぬぼれは2人の得意技だ。

 僕は無力だ……。




 シャー! フー!

 この街のネコよ、立ち上がれ!

 自由の敵! いじめっ子をやっつけろ!

 シャー! フー!




 その時、1人や2人ではない、たくさんの声が聞こえた。

 シャー フーって、ネコの威嚇のさけびだよね。

 それに混ざって聞こえるのは、人間の言葉のウラミ。

 とんでもない数の声と足音が、近づいてくる。

 やがて、堤防の上に声の主が現れた。

 それは、二本足で歩く、無数のネコだった。

 そうか。

 吹っ飛ばされたボルケーナの光線に当たって来たんだ!


「突撃ぃ! 」

 そう叫んだのは、街で一番大きなネコ。

 東さん家の大きなトラ模様の、タマだ。

 その命令にしたがい、ネコたちは一丸となってジンとアツシに襲いかかった!


「なんだこんなもん! 」

 最初、2人は平然と突撃をかわしていた。

 だが、ネコには数と、小さくてもするどい爪という武器がある。

 一回では小さくても、10回20回と引っかかれれば、その威力は凄まじい。


「ぎゃあ! 」

 ジンの手から、アミが落ちた。

 中からミドリが逃げ出す。

「痛い! 」

 アツシも、顔に3匹も取り付き、僕から転がり落ちた。

 いじめっ子たちは「くそ! 覚えてろ! 」と捨てゼリフを残して、逃げだした。

「待てえ! 」と、ネコたちはそれを追いかけていく。


「いてて」

 静けさがもどった河川敷で、僕は立ちあがった。

 背中が痛いけど、たえられそうだ。

 そんなことを考えていたら、声をかけられた。

「助けようとしてくれたね。ありがと! 」

 ミドリだった。

「ねえ、人手を借りたいんだ。

 あの二人がネコを閉じこめてる場所がある。

 一緒に来てくれないか? 」

 僕は、二つ返事でしたがった。

 このまま帰ったら、あの二人がのこした子供の悪名に、僕の名前も追加されてしまう。


 着いたのは、アツシの家が持つ山だった。

 野菜畑のそばに、コンテナハウスがある。

 元はクワやスコップなどの畑道具を入れていたらしい。

 でも、ずいぶん前から空っぽだったようだ。

 ちょうつがいや鍵はさびてこわれている。

 つかえ棒でドアが押さえあった。

 中に入ると、ジンたちの手作りらしい、第2のドアがあった。

 板を井の字型にくぎで打ちつけただけの、荒いつくりだ。

 その奥に、ネコたちがすしづめになっていた。

 一応、窓はあるし、電池式タイマーで餌と水は与えられるようになっている。

 それにしても、このきついにおいは……。

 獣の臭いじゃない、ママの付けていた香水のような……。

 そうか、これがアツシの言っていたコロンだな。


 ドアを開放すると、ネコたちは次々に逃げだしていった。

「ありがとう。これで自由を取り戻もどせたよ」

 ミドリはそう言って、僕のほっぺにキスをくれた。

 なんだか、ジョリジョリしたキスだった。

 ミドリはそのまま逃げたネコたちを追いかけ、草の中に見えなくなった。

 これで、僕は恥をそそげたと思ったんだ。


「そうだ。ボルケーナを探さなくちゃ! 」

 僕はスマホにかけてみた。

 ……でない!

 ボルケーナは毛皮の下に、たくさんのポケットを持っている。

 ボルケーニウムは変幻自在なんだ。


 山を下りると、とりあえず風下に向かうことにした。

 そのためには商店街を通らないと。


 そしたら、異変に気付いた。

 パトランプを回したパトカーが止まってる。

 その前で大勢の人が集まっていた。

「突然、ネコが現れて、うちの魚を全部持っていっちまったんだ! 」 

 そう言うのは、魚屋の大原さんだ。

「うちからは、墨、すずり、大きな障子紙を取られました」

 お寺の住職さんだ。

「うちからは、小さな砂利をたくさん。1トンぐらいあったのを、根こそぎ盗まれました」

 園芸屋さんだ。

 お巡りさんは、聴いたことを忙しくノートに書き留めている。


 ネコが、なんでそんなことを?

 何が起こってるんだ?

 この向こうは、白河がいるはずの教会だ。

 不安で喉が、コクンと鳴った。

「助けてー! 」

 白河の悲鳴だ!

「ネコたちが教会にたくさん来て、立てこもっているの! 」

 ……え?


 小さいながらも、厳しさと優しさを、かね備えた石造りの教会。

 僕と白河は、そこから50メートルほど離れた家の塀から、のぞき見ている。

 窓から、2本足で歩く猫たちがちらちら見えた。

 それにしても、教会から流れるこの臭いはなんだろう?

 こっちは風下だから、間違いない。

 お寺から奪ったという大きな障子紙は、すぐ見つかった。

 塔のてっぺんにある十字架にガムテープで張りつけられ、旗にされていた。

 墨で、ダイナミックな書体で『アンチブラック猫カフェ同盟』と書かれている。


「中で掃除をしていたら、突然2本足のネコたちが入ってきたの」

 僕の隣で白河がおびえている。

「猫たちは『お前は聖職者だから命は助ける』と言って、私を追いだしたわ。

 そしたら入れ替わりに、中宮君と久保田君が連れてこられたの」

 僕は、事件のあらましを白河に伝えることにした。

「ジンとアツシは、閉じ込められてるんだと思う」

 あらましを聴くたびに、白河は激しくなげいた。

「わたし、何もできなかった!

 最後に見たのは、2人が必死にネコたちに謝るところだったの! 」


 その時、教会に動きがあった。

 パトカーが一台、僕らの横を通りすぎて教会に向かった。

 サイレンは鳴らしていなかった。

 そう言えば、ミドリもうるさい音を嫌がっていた。

 相手の興奮を、おさえるためかな?

 その時、教会の窓と、木で作られた大きな正門が同時に開いた。

「助けてくれぇ! !

 正門から聞こえるのは、ジンの悲鳴だ!


 窓から現れたのは、ネコたちだ。

 前足を手のように使い、パトカーに石をぶつけだした!

 園芸店の砂利にちがいない。

 大きなネコが、自分の胴体ほどもある石を投げる。

 砂利以外にも武器をそなえているんだ!

 大きな石が、フロントガラスに当たった。

 パトカーは大急ぎでバックしてその場をはなれる。


 ジンは、正門から必死に腕をのばし、なにかつかむものは無いかと手探りしているようだ。

「助けてぇ! 食べられちゃうよ! 」

 アツシの声だ。

 その時、パトカーが通りすぎ、フロントガラスが見えた。

 あの石は、ガラスにめり込み、ヒビは窓全体に広がっていた。

 あれじゃ教会は見えない!


 僕しかいない!

 その前にも、なにかいろいろ考えていた気がするけど、覚えていたのはそれだけだ。

 今、教会へ走っているのだって、パニックによるものだろう。

 もしかすると、もっといい方法を考えるべきだったかも。

 それでも、足をとめる気はなかった。

 そして、教会の門へ駆けこんだ。

 

 そこにあったのは、巨大なネコのかたまりだった。

 三毛、白、黒、白地に茶色いぶち、虎もよう、茶色。

 100匹か、もっとかもしれないネコが、波打つグロテスクな模様となっていた。

 それぞれが牙や爪を突き立て、必死にもがくジンを痛めつける!

 アツシの姿は……見えない。


 何をどうすればいいのか、迷った。

 その直後、突然、僕の頭にジンの手を取るという選択肢が生まれた。

 僕はそれを実行した。

 

「はなさないでくれ! 」

 叫ぶジン、その顔から、あのきつい悪臭が漂ってくる。

 あいつの顔は、茶色い泥のような物や、黄色い液体でぬれていた。


 僕の腕にも、ネコがひっかいてきた。

「離せ! こいつらには、俺達が味わった屈辱を100万倍にして返してやる! 」

 僕をひっかいたネコが叫んだ。

「狭い場所に閉じ込められ、悪臭まみれにされたうらみ! 自由への飢えを思い知れ! 」

 悪臭?

 という事は、ジンの顔にかかっているのはネコのおしっこやウンコ……。

「狭いって何よ! 」

 僕の後から、やわらかい物がぶつかり、人間の白くて長い腕が巻きついた。

 白河が、僕を引っ張っている。

 こうなったら、もう力比べだ。

 ネコたちの中から、もう一本の腕が出る。

 その手も汚れていたけど、白河は迷うことなくつかんだ。

 出てきた手は、ジンの物に比べてかなり細かった。

「ふん! 」

 ネコに逆らい、ジンがまた一歩外へ出た。

 突き出されたのは、ジンのもう片腕に抱えられた、アツシの物だった。

 ジンの頭に飛び乗り、顔を、目を狙ってひっかくトラ模様。タマだ。

 突然の襲撃者にジンは、目をきつく閉じて爪を防ぎ、アツシと共に前進した。

 猫たちは、そんな屈強なジンに集中して襲いかかる。


 アツシが、突然前へ飛びだした。

 自分への攻撃がゆるんだのを見逃さなかったからだ。

 でも、逃げるためじゃない。

 突き出した細い腕は、いきなり閉じられた重い正門を受けとめていた。

 あれに巻きこまれたら、僕達も……。

 門の後に、それを閉めようとするネコたちがいた。


 そんな2人のがんばりを、あざ笑う声。

 アンチブラック猫カフェ同盟の首領、タマだ、

「ネコの舌がなぜジョリジョリしているか、知ってるかい?

 とらえた獲物の皮を、はぐためだよ! 」

 そんな! このままでは大事な友達が食べられちゃう!


 その時、道路から野太いエンジン音がひびいた。

 振り向くとなんとそこには、ボルケーナが大型バイクに乗ってやってきていた!

「ボルケーナ! 来てくれたんだね! 」

 僕はよろこんだ。


 だけど、すぐにギョッとした。

 バイクから下りたボルケーナは、あの真ん丸だった姿から、いきなり脂肪ぬき取られたようだった。

 皮膚の下のボルケーニウムを、光線として放ちすぎたんだろう。

 骨から皮膚がダランとたれ下がり、目元はくぼんで影になっていた。

 全身の毛並みもくすんでいる。


 たるんだ皮膚の下から、バイクの本来の持ち主が現れた。

 革ジャンを着た、普通の男の人だった。

「な、何だこれは! 」

 男の人は、バイクから飛びおりて、こっちへ向かってきた。

 助けてくれるらしい。

 

 それを止めたのは、ボルケーナ本人だった。

「ここは、私にまかせてもらう! 」


 そんな満身創痍の状態でも、ボルケーナはその腕で僕と白河を抱きしめていた。

 その腕が、だんだん、だんだん、伸びていく。

 たるんだ皮に風を受け、浮き上がった分、腕が伸びている。

 これまで以上に強い力が、僕たちにかかった。

 ずるずると、ネコ軍団ごと外へ引っ張られていく!

 ボルケーナは凧になって、僕らを支えていた。


す~。


 口をすぼめ、多少は威厳を取り戻した様子で空気を吸う。

 風を受け、ペラペラになった体が、空気でふくらむ。


フー!!


 口から黒い気体が勢いよく飛び出した!

 それは一直線に正門をとおり、ネコのかたまりに当たった!

「うわぁ! 何だこれ! 」

「煙たいよ~! 」

 煙の向こうで、たちまちネコのつながりが解けていくのがわかった。

「こら! 逃げるな! 」

 そう叫んだのはタマの声だ。

 それにも関わらず、ネコたちは我先に逃げだしていく。

 なるほど、ボルケーナの煙は、そんなに刺激が強いのか。


 ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ


 教会全体に、電子的なベルが鳴った。

 同時に、教会中にスプリンクラーが水を撒いた。

 いきなり水までかけられて、それまでとどまっていたネコたちは本能のまま、走り出した。

 次々に窓からも正門からも飛びだし、逃げていく。


 風に乗った僕たちは、道に落ちた。

 下で待ち構えていたボルケーナは、車のエアバッグの様に空気を吐き出し、ダメージから守ってくれた。


「火事だー! 」

「火事です! 」

 街中にそんな叫びが響いた。


「君たち! 大丈夫か!? 」

 そう声をかけてきたのは、あのバイクの持ち主だ。

「ええ。何とか」


 そう答えて教会を見ると、応援と共に戻ったお巡りさんたちが、踏みこむところだった。

 その前を、ずぶぬれになったタマが、のそのそと現れる。

 二本足で。


「おい。君の魔法はあとどのくらい続く? 」

 お巡りさんが、ボルケーナに言った。

「たぶん、3日くらい……」

「よし、その間は留置場に入ってもらおう」

 留置所って、警察署にある一時的に犯罪者を入れておくオリだよね?

 酔っぱらいも入ることがある。

 

 タマは、最後までニャアニャア言って普通のネコのフリをしていた。

 けどそんなのが通用するはずがなかった。

 太って足が遅すぎて、あっという間につかまった。

 パトカーの後部座席で左右をお巡りさんに挟まれ、振りむいた顔は、とてつもなく悔しそうだった。


 戦いすんで……。

 ボルケーナは、パトカーに乗せられ、家に帰っていった。

 ご飯を食べれば、明日には元どうりになるらしい。


 そうそう、パトカーに乗る前に呼び止められた。

『アンタ、ピンチの時に私に祈らなかったよね? 』

 そうだった! 

 祈れば、少しはエネルギーももどって、少なくとも場所は知らせることができたのに!

 それにしても、よく教会にいるってわかったね。

『臭いをたどって来たんだ』

 もしかして、ピンチの時に祈らないのは、神様的には非常に不愉快な事なのかしら?

 そう聴いてみたけど、ボルケーナの顔はおだやかだった。

『私がもどれるかどうかも分からなかったんだ。いい判断だったと思うよ』


 今は教会。

 飛んできた神父さんの涙の監修のもと、ジンとアツシは大掃除をしている。

 もちろん、大急ぎでおフロに入って、バンソウコウだらけになってからだ。

 白河もいっしょだ。

 ふきげんそうにモップをカチャカチャさせている。

 僕も、頼んで掃除させてもらってる。

 表向きは、教会が汚れてるのは許せないから。

 本当は、白河の顔を曇らせる物は、すぐに消したかったからだ。

 これは、この小説を読んでるキミだけの話にしておいてくれ。

 できれば自分の言葉で言いたい。


 でも、どうしようかな!?

 白河は僕とは全く目を合わせようとしない。

 やっぱり、『まもなくかなたの』のことをゆるしてないんだ。

 でも、ここは臭くてムードがでないし、明日の学校では時間が空きすぎるし……。

 だめだ。思いきれない!

 こんなの、カッコ悪いよ!


 その時、白河のスマホに着信があった。

 彼女は、しばらく電話に聞き入っていた。

 そして僕にむき直って、こういった。

「ねえ、あなたって結構、男らしいのね」


 あの電話の発信は、ボルケーナかな?

 もしかして、……キミ?

 正直、おせっかいな気がする。

 でも、彼女に笑顔がもどったから、よしとする。

 キミだったら、ありがとう!

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ブラック猫カフェ 超決戦 リューガ @doragonmeido-riaju

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