第21話 迷宮狂騒曲 六章

その背丈に比例して大きい足裏で歩くだけでが拡大する、という理由でビィア、クラウス、エルの順番で進むことになった死骸のカーペットも抜け、迷窟調査もいよいよ大詰めに入ったらしい。

エルも、ビィアも、クラウスも。

手段は異なれど各々の能力を以ってこの先にいる大きな反応に緊張を高める。


「────……うん、予想はしてたけどでっかいなぁ……クラスタスパイダーの女王と……あと何かいるねぇ。」


「形からして人型……にしちゃ細い、ローブが何かを着てるようだ。」


「虫とアンデッド、他に小さいのがいくつか。アンデッドの方は結構長生き……長死に?してるわ。」


しばしの沈黙。

なにせ、端から見れば小声で歌いながら耳を澄ます者、虚空で手を動かす者、いきなり意味不明なことを言い始める鎧という面子である。

自分自身がどのように敵の反応を感知したのかは理解しているが、自分以外の奇妙な行動に首を傾げるのも仕方ないといえば仕方のないことだった。

特にエルが原因であるのだが。


「なんでそこまで詳しく分かったんだよ?」


「匂い。」


「ニオイ……ああ、そう……」


狼かお前は、と言いそうになった口をかろうじて閉じてクラウスはどうしたものか、と考える。

恐らく村人の言っていたアラクネとはそのアンデッドが蜘蛛を操っていたものを誤認したのだろう。

アンデッドの中でも魔法を得手とする魔物と言えばリッチ、エルの鼻が正しく機能しているのだとしたら長い年月を経たエルダーリッチということになる。


エルダーリッチとは死んだ魔法使いがアンデッドになったもの……と一般には言われるが厳密には魔法を使える生物がアンデッドと化し、それが魔法に特化したものである。

だからゴブリンのリッチもいればドラゴンのリッチもいる。

そんなリッチが死後も魔法の研鑽を続けて極めて危険な存在となったのがエルダーリッチだ。

アンデッドは共通して生者を憎み、己と同じ死の存在にせんと襲いかかる魔物。

噛み付く引っ掻く体当たり程度しか攻撃手段のないゾンビやグールならともかく、エルダーリッチとなればそれはもはや災害と言っていい。


「どうする?流石にエルダーリッチ相手じゃ浄化魔法を使えるやつを連れてこねーと……」


「さっさと倒して帰る、行くわよ。」


躊躇いなく迷窟の最奥へと進むエルの背ではためく魔力のマントを見ながら、クラウスは出来れば作戦を立てるくらいはして欲しかったと黄昏つつもエルに追随する。

それに驚いたのはビィアである。


「え、ちょ、そんなあっさりついてくの!?もうちょっと意見具申とか……しないの?」


「意見っつってもなぁ……毎回こんな感じだし言っても無駄っつーか。」


バハムートの幼体を釣り上げた時も、ベヒーモスを真正面から受け止めた時も、崖から飛び降りてグリフォンに飛び蹴りをかました時も……クラウスが策を提案するよりも早くエルは全てを圧倒的な力でねじ伏せてきた。

確かにエルダーリッチは危険な魔物ではあるが直接的な危険度で言えばベヒーモスの方が上であり、エルの実績を誰よりも近くで見てきたクラウスの常識は本人は気づいていないが麻痺しつつあった。








「あれか。」


「まぁクラスタスパイダーの幼体を操れるなら女王も操ってるとは思ってたけど、やっぱりかぁ……」


三人の視線の先にいたものは、これまで何百匹と見てきたクラスタスパイダーの幼体を数百倍の大きさにしたかのような異常に腹部が肥大化した大蜘蛛と、その隣にひっそりと立つ枯れ木のようなローブを纏う人型のエルダーリッチ。

自前の視力やビィアの魔法で三人は確かにローブの下に朽ち果てた髑髏しゃれこうべの顎を見た。


「────………────………。」


「エルダーリッチ1!クラスタスパイダー女王1!幼体多数!ゴブリン、洞窟蜥蜴ケイヴリザード大喰鬼オーガ麻痺縛蠍パラライズスコーピオン雪喰白鬼イエティ……ちょちょ!?なによこれ、なんで雪山や砂漠に生息する魔物までいるのよ!?」


「いや流石にこれはマズい!というか!あのエルダーリッチは危険すぎ……」


「サーチアンドデス。」


暗い迷窟に血よりもなお紅く、暗い輝きが閃くと同時にエルが纏う鎧の頭部、顔の部分に埋め込まれた宝石が閃光を放つ。

それは一直線にエルダーリッチへと放たれるも、エルダーリッチが展開した障壁に阻まれ、障壁から弾かれるように幾本にも分かれて拡散する。

拡散した深紅の光に運悪く当たってしまった魔物の何体かは一瞬で白骨化し、そして塵となって朽ち果てていった。


「………………」


「………………」


クラウスやビィア、相手の精神支配下に置かれた魔物達ですらあまりの事に呆然と立ち尽くしている。


どこの誰が兜の顔から突如閃光が放たれ、触れたものが白骨化する光景を見て平常でいられるというのか。

そんなものはそれをやらかした当人だけである。


「これを防がれるのかぁ……確かに、クラウスの言う通り危険な魔物なのかしらね。」


「──────!!」


エルが「腕」を作るのと、エルダーリッチの咆哮を合図に魔物達が一斉にエル達へ殺到したのは全く同時のことであった。

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聖なる鎧は呪われていた! マスドライバー @mass_driver

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