第20話 迷宮狂騒曲 五章
戦果
クラスタスパイダーの幼体:多数
ゴブリン:八匹
この迷窟に住まう魔物の一覧かと見紛う程の多様な死骸が眠っているかのように地面に落ちているが、これらが皆死んでいることをクラウスもビィアも経験から理解していた。
もっともクラウスの経験は同じような状態の魔物を何度も見た、というものでありビィアの経験は幾度となく魔物と命のやり取りをした経験、とその質は異なっているのだが。
そしてエルはと言えば、下手な冒険者なら十人程度は骨も残さず呑み込んでしまいそうな魔物の大群を処理して尚、一切の疲労を感じさせていない。
実際エルがやったことといえば、昨日の反省を活かしソウル・クラッシュを発動した上で片っ端から殴り砕いただけであり、鎧の堅牢さはこれらの魔物の攻撃の一切を物ともしなかった。
「これはまた……生存本能が恐怖を上回ったのかな?」
これだけの魔物が一丸となって襲ってくることは稀である。
それだけエルという存在は危険と判断したのか、それともそうせざるを得なかったのか。
「魅了……洗脳……いや、ここまでごっちゃなら洗脳の線は薄いか。だとすれば魅了……でもゴブリンと蜘蛛に効くような魅了の魔法なんてあったかなぁ……?」
ビィアの中では既に何らかの精神干渉魔法が使える存在がいると確信を持っている。
精神干渉系の魔法は味方に使えば恐怖を紛れさせ、敵に使えば恐怖を増幅させることもできる。
即ちビィアもまた精神干渉の魔法にある程度精通しているという事であるが、ここまで種類の異なる魔物に一律で効果を発揮する、それも死の恐怖を押さえつけて命令を与えるような精神干渉があっただろうか、と首を傾げる。
魔物、という大きな括りで共通しているにしてもゴブリンと蜘蛛ではその精神性も肉体も何もかもが異なる。
そもそも「魔物」とはその起源を辿れば魔力が形作った歪んだ命を指す言葉であるが、今ではとりあえず人間や亜人ではないものは皆魔物扱いだ。
話は逸れたが、何が言いたいかといえば魔物であってもこの魔物に効く魔法が別の魔物にも効果があるとは限らない。それは精神干渉系の魔法であっても同様だ。
それをこの多様な魔物に対して行使するなど、ビィアすら上回る精神干渉の使い手かそれとも一々魔物に別々の精神干渉を行える多様性を備えた使い手か……どちらにせよ、この迷窟の最奥にいるなにかは一筋縄ではいかない相手だろう。
「………ん?」
と、ここでビィアはふと思い浮かんだ疑問を思わず呟く。
「あれ、真面目にここの調査してるのってもしかしなくても私だけ……?」
冷静に考えてみればこの依頼はそもそもエル、ついでにクラウスが受けたものであり、ビィアはあくまでもオマケだ。
だが先程からこの迷窟について調べているのは自分だけのような気がしてならない。
本来はエルとクラウスが……いや、知識的にクラウスが調査するべきことではないだろうか。
ビィアが思わずエルとクラウスの方へ振り向けば、目を反らすクラウスと首を傾げるエル、実に対照的な反応が返ってくる。
「調査っていっても原因を倒せば解決でしょ?」
実に
(なるほどね、イイ性格してるじゃあないの……)
別に嫌というわけでもないが、ビィアはクラウスを半目で睨みつける。
「んー、まぁ私こういう調査依頼嫌いじゃないからいいけどさぁ……」
何か納得がいかない、とボヤきながらビィア達は更に奥へと進むことにした……のだが。
ボギョッ、グジャッ、ブヅッ、ベギッ、ニチャ……
「ねぇエルちゃん?もうちょっとこう……魔物を踏まないように歩くとか出来ないの?」
「面倒くさい。それに別に裸足で踏んでるわけじゃないし。」
「私が言うのもアレだけどさぁ……エルちゃんそういうとこ男らしいよね。」
エルが一歩踏み出す都度、鼠が骨ごと踏み潰され、蜘蛛が体液を撒き散らし、ゴブリンと蜥蜴と蝙蝠とがぐちゃぐちゃに混ぜ合わされる。
地面一面を覆う魔物のカーペット故、仕方がないと言えば仕方がないのだが実にワイルドに前進するエルをただの村娘と信じる者は稀だろう。
「なぁ、あんた本当に村娘なのか?実は歴戦の将軍とかそういうのじゃねぇよな?」
「はぁ?そんなわけ………」
「む……………」
「な、なんだよ………?」
エルとビィアの視線が自分に向けられたまま動かないことにクラウスはたじろぎつつ、自分が何か不手際をしたのではないかと自己分析を行う。
例えば揮発性の高い猛毒を持つ魔物を踏んだのか?いや、それはありえないと否定する。
ならば何か罠を踏んだのか?いや、それもありえないと否定。
ならば竜の尻尾でも踏みつけたのか?ありえない、そもそもこんな狭い場所にドラゴンは入れないと否定。
ならば何を理由に彼女達は自分を見ているのか……クラウスは空中に立ち竦みながら二人に視線を返す。
「………クラウス君、なんで浮いてるのかな?」
「は?そりゃ俺はエアフロアの魔法が使えるからで……」
グシャリとクラスタスパイダーの幼体の一つが踏み潰され、ビィアとエルがクラウスの肩にそっと手を乗せる。
「そういう意味じゃないわよ。ねぇ、私達が踏みたくもない魔物を踏んづけて靴とか汚しながら進んでるのに、あんただけ特に汚れることもない……ってどう思う?」
「いや魔物の死体なんざ踏みつけたくないし……いや、ちょっと待て、ちょっと待て!なんで俺の肩を掴む?やめっ、落ちる落ちる!?待っ、せめて蜘蛛の上に落とすのはやめっ……!!」
そしてクラウスもまた死骸の感触を足から存分に堪能することになるのだった。
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