第55話 犯人

ミキの家についた。インターフォンを押した。誰も出ない。

LINEの送信時間から1時間も経っていない。僕はドアノブに手をかけた。


ドアが開いた。

「ミキ!」僕は大声で叫んだ。誰の声もしない。

でも、玄関から部屋の明かりが付いているのが見える。僕は靴を脱ぎ捨て、中に駆け込んだ。


見ると、ミキがテーブルの上でぐったりと眠っているようだ。

「どうしたんだ、ミキ!」僕はゆさぶった。でもミキは起きない。


「あら、あなた誰?」

キッチンのほうから声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。


「ミキのお母さん、お久しぶりです」

「え、あなたの会うのは初めてのはずよ、カズヤくん」

「あ、すみません」


声のほうへと近づいた。ミキの母がクルッと振り向いた。

左手に灯油を入れたポリ容器、右手にライターを持っている。


「え、今何をしようとしているんですか」

「見ての通りよ。これから火をつけるの。私たちこれから死ぬの」

「お母さん、ちょっと待って下さい」


僕はミキの母に近づこうとした。

「これ以上近づいたら燃やすわよ」と言って油を下にまきだした。


「わかりました。わかったので、僕の話を聞いてください!」

「なによ」

「なんでこんなことをするのですか?」


ミキの母の眉間にはシワができて、顔は般若のお面のようになった。

「この子が私の幸せを奪ったくせに、幸せになろうとするからよ!」

と、叫んだ。


「知っていたんですね、最初から」

「何をよ!」

「ミキさんが岩井さんと男女の関係を持ったことについてです」


彼女は急にクックックと笑い出した。

「そうよ、知っていたわよ。だって私その時、同じホテルにいたんだもの」

「どういうことですか?」

「私は、最初から岩井さんがミキのことを好きだから私に近づいたんじゃないかって疑っていたのよ。だって15歳も年上のオバサンをそう簡単に好きになると思う?

 あの頃のミキは若くて、綺麗で、まぶしかった。

 だから私は疑っていた。ミキとそういう仲になっているか、なるんじゃないかって。見事にビンゴだったわよ。あの子たちはホテルの部屋に消えていったわ。あなただってそうでしょう。若い女のほうがいいんでしょう、本当は」


男としての僕をバカにされたみたいで、嫌な気持ちになる。でも今は彼女を逆なでする訳にはいかない。

「たしかに、僕だって若い同世代の女性を可愛いと思うことがあります。でも若さだけで選ぶんだったら、最初からミキさんとお付き合いをしませんよ」

「だから、騙してるんでしょう。あなたも何か企んでるんでしょう」

「たくらんでません。僕は純粋にミキさんを愛しています」

「だから嫌なのよ!」


彼女は大きな声で叫んで、大粒の涙を流し始めた。


「ミキはアバズレよ。私の大好きな人を若い肉体で奪った。そしてメロメロにした。私はその抜け殻と結婚をしたの。

 そのうえ、同級生の彼氏ができたですって? どれだけ好き放題生きてるのよ。だんだん腹がたってきたわ。私からは奪うくせに、欲しいものが必ず手に入るあの子が憎い!」

「それで、あなたはタクヤを殺したんですか」

「そうよ。電話も盗聴していたわ。タクヤくんがいつやってくるのかもわかっていた。だから私は…大金を払って、プロの殺し屋を依頼したの。どんな殺し方してもいいって」

「じゃあ、ミキを刺した犯人も」

「そうよ、殺し屋よ。ただし殺さないでって頼んだ。芸能活動ができないようにしてって。ただ、思っていた以上に傷が深くて、生死をさまよったけどね。見事に芸能活動はできなくなったわね。いい気味だったわ」


ーミキが若さゆえに、未熟で早熟であるゆえに、母親の幸せを奪った。その報いがこのようなカタチになって返ってきたのか


「あなたも余計なことをしてくれたわね。警察にかけこむなんてね。あの頃のようにお金はもうないから、殺し屋も雇えないし。自分でやるしかなくなったわ。あともう一息だったのに、チャンスをつぶした」


彼女は、ライターに火をつけた。そしてそれを落とそうとしている。


「ちょっと待ってくれ」

「いや、待たない」


ライターは落ちた。部屋はあっというまに炎につつまれた。













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