第53話 東京は夜の七時

僕はまた渋谷で待つ。何度この人と渋谷で会うのだろう。

不安と緊張を紛らすように、iPhoneに入れた「東京は夜の七時」を聴く。アップルミュージックはすごい。昔流行した曲をたくさんダウンロード出来る。


7時きっかりに岩井さんは現れた。

「お久しぶり」岩井さんはロマンスグレーの髪の毛に黒のスーツでばっちり決めている。

「では行きましょうか」僕たちは東急ホテル5階のエスタシオンカフェに向かった。


「ご予約の山本さまですね、こちらの個室をご利用ください」

ウェイターが扉を開けた。渋谷の街が一望できる窓に、一枚板の分厚いテーブルに、見るからにフカフカの座り心地の良い白いイス。

夜も更けていけば、もっと美しい夜景を見ることが出来るだろう。


「そうか、カズヤくんもこんな落ち着いた場所を予約できるようになったんだね」

「もう、社会人2年目ですから」


僕たちは席についた。

「急にお呼び出ししてすみません。どうしても僕は聞いておかなければいけないことがありました。ミキから聞いてもよかったんですが、どうしてもあなたからもお話を聞きたかったので」

「何かな?」

「実は、またミキが命を狙われているみたいなんです」

「なんだって? だって2年前に逮捕されていたよね?」

「もしかしたら、その人がもう一度嫌がらせをしているかもしれないんですけど。

 でも、僕は岩井さんも怪しいと思っているんです」


僕は単刀直入に言った。

「岩井さんには、タクヤ兄さんもミキも殺す動機がありました」

「ああ、ミキから聞いているのか」

「はい。僕…いや、タクヤ兄さんと交際をする前に、ミキとそういう関係になっていたと」

「そうだね。そのとおりだよ。ごめん、たばこを吸っていいかな」

「どうぞ」


岩井さんは、シルバーで彫刻の入ったシュガーボックスからタバコを取り出した。そしてカキーンという音をならして火をつけた。

「デュポンですね」

「ああ」

「バブリーな感じがしますね」

「そうだね、僕はバブル人間だからね。それで破産しちゃったんだけどね」


少し岩井さんが笑った。25年前と変わらないかわいらしい笑顔だ。

この笑顔で、何人もの女性を落としてきたのだろう。ミキもその一人なのだな。


「あの、岩井さん、誰と浮気をして離婚することになったのですか」

「その話、覚えていたんだね」

「その人って、もしかしてミキではないんですか」


岩井さんは、タバコを口元に持って行った。そして、フーっと煙を吐き出した。

煙がゆらゆらとのぼっていくのが見える。まるで天国の雲のように。

彼は、何も答えなかった。


「もう終わったことです。怒ったりなぐったりしないから教えて下さい。ミキはいま不安でいっぱいだから、ミキにこんなこと聞くことが出来なくて。こんな昔のことをもう一度話させている僕の方こそ申し訳ないんで」

「わかった、じゃあ話すよ」


その話は、僕の想像を絶するような話だったことをこの時まだ僕は知るよしもなかった。











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