第50話 代替恋愛
ミキは言った。
「うちの学校は全会一致で教員を採ることになっているの。校長と教頭はあなたを推していた。あとは、私がオッケーを出したらもう採用は決定よ」
「ぜひ、僕を…アイタタタ」やはり頭がまだ痛い。
「あ、じっとしていて」ミキが僕を静止するために肩に触れた。
「面接で会った時、タクヤにしか見えなかった。でもあなたはタクヤとは違った。一生懸命なんでも乗り越えてきた人生を送ってきたあなたとは。そう思ったの。
でも、駅伝で脱水症状になっても走る姿をテレビで見ていた時、タクヤがいたの。どうにもならないところをあらがっているタクヤに見えた。それで居ても立ってもいられなくなって、トオルさんに無理を言ってここまで来させてもらったのよ」
「ああ、タクヤ…」ー俺だ、それは俺だ。
「ダメでしょう。タクヤの代わりにあなたを愛するなんて。教員採用以前の問題よ。人間としてのデリカシーが足りていないのよ、私には」
ーちがう、僕はカズヤでもあるけれども、タクヤなんだ。だからいいんだ。
「いいです、僕は代わりで。タクヤ兄さんの代わりで問題ありません。
僕もあなたが好きなんです!」
ついに言ってしまった。告白をしてしまった。
「私と付き合うならもう採用できないわよ。学校で大問題になるわ。それに学校としても損害よ。あなたみたいに立派な子を採用できないなんて」
「いいです、僕は採用なんてされなくてもいい。だから付き合ってください」
「でも…私はタクヤのことが好きだったからあなたのことを好きなのかもしれない」
「それでも構いません」ー何も問題ない、だってタクヤもカズヤも僕だ!
僕とミキは両手を握った。そして優しいくちづけをした。
そのとき、ガチャっとドアが開いた。僕たちはパッとはなれた。
「カズヤお兄ちゃん、プリンあるよ!」
姪っ子のアヤが勢い良く病室に入ってきた。トランポリンのように僕のベッドに乗り上げた。
「ふっかふか〜」いつも布団で寝ているから、ベッドが珍しいのだろう。
トオルさんとメグミが後ろから入ってきた。
「あ、ミキさん久しぶり!」メグミが元気に声をかけた。トオルさんは隣でモジモジしている。
「本当にその節はお世話になりました。トオルさんお借りしてすみませんでした。もうあれから何も不審なことはなくなりました。お礼を言っても言い切れないです」
深々とミキが頭を下げた。
「で、突然なのですが私とカズヤくん交際をすることになりました」
「ええ!」トオルさんが大きな声を出した。
「じ、自分の元カノが今度義理の弟と付き合うって…」と慌てている。
トオルさん、ごめん! でも僕だって最初びっくりしたんだぞ。
ミキの包み隠さないあけっぴろげなところは、全く変わっていない。
「ええ、そうなの? すごく嬉しい」メグミが涙をためている。
僕が何十年もミキを愛し続けたことを知っているのはメグミだけだ。
ずっと心折れずに今日まで来れたのは、僕を理解し応援してくれているメグミの存在は大きかった。人は一人では、気持ちを折れずにいることは難しいからだ。
数日後、富国女子高等学校から不採用通知が寮に届いた。
同時に、僕とミキの交際は23年ぶりに再開した。
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