第49話 ミキの答え

目がさめた。見慣れない窓の向こうはもう西日がさしていた。

腕には点滴の針がささっている。そうか、ここは病院か。

ベッドのかたわらには、父と母がいた。

「おお、目がさめたぞ」「よかったよかった!」

ふたりとも僕を抱きしめた。


「本当に最後までよく頑張ったな! でも一歩間違えたら死ぬところだったぞ」

「そうよ、お母さん本当にもう…」ハンカチで目をおさえている。


「心配かけてごめんね、アイタタタ」まだ頭が少し痛い。

「あら、大丈夫? せっかくお客様が来たんだけれど…」

「え、お客様って?」


監督やチームのみんなはまだインタビューやら取材やらでこっちに来れるわけがない。いったい誰だろう。


ガチャっ。ドアが開いた。コツーン。ピンクの杖がニョキッと出てきた。

「こんにちは」

「ミキ!・・・さん!」


ミキが来た!ミキが来た!ミキが来た!


「本当にお久しぶりね。もう20年以上ぶりね」母はとてもうれしそうだ。

「おばさん、あの節は本当に黙っていなくなってごめんなさい」

「もうその話は終わったことだから。それにあなたも大変だったわね」


母がそう言ってミキを抱きしめた。

ーああ、僕も同じことが出来たら嬉しいのに。


「カズヤ、すっかりおとなになったでしょう。あなたの学校を受験したんだってね。しかも同じ英語の先生だなんてね」

「あ、まだ決まったわけ・・・」と言いかけた時、たたみかけるように母は言った。


「お父さん、そろそろ出ましょうか」

「ああ」


「それじゃ、あとよろしくね」父と母はそう言って病室を去っていった。

僕とミキだけが残された。


「お疲れ様」

「あ、ありがとうございます」

沈黙が流れる。ミキは面接の時のような厳しい顔はしていない。


「ミキさん、あの…」

「なあに?」

「努力しても報われない子はどうしたらいいのかって話、僕まだ答えていませんでした」

「いいのよ、今日は。まだ頭がいたいんでしょう」

「あ、でも今答えなければもう、答える機会がないかもしれません」

ー富国女子高等学校に採用されなければ、もうミキと次いつ話せるかわからない。


「報われないことの痛みがあるからこそ、人を助けたり、支えたり出来る力を養えるんじゃないでしょうか。成功することよりもそれは大切なことだと思います」

「…なるほどね」


ミキは、窓の外を見つめた。

「私もそう思う。全く同じ考えよ」

「…よかった」

「うーん、ちょっと困っちゃったわ」

「え、どうしたんですか?」


ミキは振り返って僕のそばにある椅子に座った。

「ご家族の方から聞いているでしょう。私とタクヤさんとの関係」

「あ、はい。ついでいうと、トオルさんとの関係も」

「あ〜、アレね。ホントあなたのご家族と縁があるわね、私」


ミキはそう言って笑った。笑い顔は23年前のままだ。


「私、怖いのよ。あなたを最初見た時に、とても怖かった」

「え、なんで?」

「だって、タクヤと瓜二つだったじゃない」

「てゆーか、面接写真見ていたでしょう」

「見ていたけど、あんな証明写真みたいなのじゃ、ちょっとわからなかった」

「そうですか」ーなるほど、だから面接の時、ミキはとても驚いた顔をしていたのか。


「私、多分あなたのこと好きになる」

「えっ」

ーマジかよ! えええええええ!


「僕もです」と言おうとして息をすったとき、彼女は話を始めた。

「もう私は38歳よ。しかもあなたを採用する立場にある。問題じゃない」

「あ、でも…」

ーいいんだよ、僕はなんでも構わない!そう心は叫んでいた。


「それだけじゃない。問題はもう1つあるわ」


彼女はそう言って、目から一筋の涙をこぼした。

一体何があるのだろうか。














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