第48話 まさかは突然やってくる、何度も

2015年1月3日。僕の大学は箱根駅伝で往路優勝を果たした。2位の早稲田大学とは7分差だ。相当なことがない限り、僕たち復路組のタイムを考えれば絶対に勝てる。僕はアンカーだ。


「あんまり気負いせず、でもベストを尽くして頑張るぞー! えいえいおー」キャプテンの僕は、スクラムを組んでそう声をあげた。


ー「頑張っても報われなかった子は、いったいどうなるの?」ー

ミキの言葉が僕の喉元にずっとひっかかっている。


思えば、カズヤになってからの人生は努力をすればなんでもかなった人生だった。走る才能も開花し、同時に英語教師の教員免許も取得することが出来た。

もちろん、死ぬ気でがんばった。一度死んだのだから、生きている間は必死でやろうと努力を惜しまなかった。


ー頑張っても報われなかった子ー

僕は、今までその子たちについて考えたことがあっただろうか。


「おい、そろそろ準備しろ。8分差だ。もう優勝は近い。区間賞、いや区間新記録を狙ってこい。おまえなら絶対出来る」

僕のイヤホンから監督の声が聞こえた。

「わかりました! 歴史を変えます!」僕はそういってジャージを脱いだ。


戦場に立った。東洋大学のたすきが見えてきた。10メートル、5メートル、3メートル。

「行くぞ!」僕はたすきを受け取り、足を前へと勢い良く踏み出した。


後ろの車から、監督の声が聴こえる。

「タイムは10分差になったぞ。このまま走り切れ! 区間新記録より3秒早い。新記録も狙えるぞ!」


僕は懸命に走った。2位とのタイム差は12分になろうとしていた。


「あれ?」

しかし、15キロ過ぎた時点で異変が起こった。

体がフラフラするのだ。頭も締め付けるように痛い。


僕のスピードは一気に落ちた。まっすぐ走るのすら辛い。

ー脱水症状だ


今日の最高気温は14度。正月にしてはあり得ないぐらいの小春日和だ。でもまさか人生初めての脱水症状がいまこの瞬間、最後の大事なレースで起こるなんて。


「しっかりしろ! 頑張れ!」

監督はそれしか言えなくなっていた。決められていない場所で給水は認められていない。もし、水を受け取れば、棄権とみなされてしまう。


辛い! 走るのがこんなに辛いなんて。僕はもう死んでしまうんじゃないだろうか。


その時、声が聞こえてきた。監督の声ではない。神様の声だ。

となりを見ると、誰かが並走している。


「やばい!追いつかれた!」そう思って、無理にスピードをあげようとしたとき、

「僕が誰だかわかるか?」という声が聞こえた。


ー15歳の時のタクヤだった。え? 俺が俺と走ってるの?

「大丈夫、安心して。僕の姿は君以外には見えない」心の声が聞こえてくる。

「カズヤくん、君を僕は助けに来たんだ」


「え、これどういうことなの?」僕は心のなかでたずねた。

「僕はいま母のお腹の中にいる。君が大変なことになっているって聞いて、神様にお願いしてここに来たんだ。ここでの記憶は生まれるときになくなるらしいんだけどね」


タクヤがそう言うと、僕の手をつないだ。

「一緒に走ろう。辛いと思うけれど、僕が君を支えるから。君が死なないように守る。その間、僕の話だけを聞いて」

「わかった」


「ミキ、元気だった?」

「すごくおっかない、おばさんだったよ」

「ふ、そうか」タクヤは笑った。


「ミキさ、僕がどうにもならなかったときに助けてくれたの覚えている?」

「もちろん、覚えているさ。いじめに巻き込まれて最悪だった時に助けてくれた」

「あのとき、本当に辛かったよな。自分で頑張ってもどうにもならないことがあるなんて初めて知ったよ。正直打ちのめされた」

「あっ!」


ー答えが見えてきた。

努力しても報われない子たちに、自分は何が出来るのか。


「タクヤ…なんか変な感じだけど。あの時ミキは、僕がいじめられている子を守りたくて戦っていることを無視しなかった。自分の損得に関わらず、僕を守ろうとしてくれたんだね」

「カズヤくん、そうだよ。だから君はミキのことをずーっと愛し続けられたんだろう?」

「そうだよ、そうだよ!」

「気がついてくれて、ありがとう。そろそろ神様が呼んでいるから行くね! またね!」


フッとタクヤは姿を消した。


再びわーわーと喧騒の音が耳の中を通り続けていた。

「ゴールまであと200メートル! カズヤ、よく頑張った!」

監督の声がする。


ゴールテープが見えてきた。僕はゴールテープを切った。

そしてそのまま目の前が真っ暗になり、意識を失った。







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