第47話 報われない人はどうすれば?
ミキは、少しかたい表情をしていた。もう少し言うと眉間にしわがよっている。
ー僕は何かまずいことを言ったのだろうか。
「私たちがどんなに指導しても、生徒が才能を開花できなかった場合はあなたはどう考えますか?」
「え」
ーな、なにその質問!?
「そりゃあ、あなたはいいわよね。自由に走れる足を持っていて、そして努力すれば報われることを陸上で体験できた。それってそんなに簡単なことじゃないわよね。
多くの人は、自分の才能が何かわからないまま一生を終えていくわ」
「え、あ、そ、そんな」ーもう何も言葉が出てこない。
「この高校だって、なんでもやらせてあげられるわけじゃないのよ。バイオリンの才能があるからバイオリン買ってあげて習わせるとか不可能。せいぜい英語劇ぐらいよ。部活動で特別ぱっとした結果が出ているものもない。あなたそのこともご存知でしょう?」
「ですから、僕は陸上をー」
「ちがうのよ、あなたが目指しているものは。子どもに頑張れば報われるって教えることは嘘なのよ」
「牧村先生、一体どうしたんです?」ー教頭先生が慌てて間に入った。
ミキが立ち上がった。フラーっと斜めに傾いた。それを右手でふんばった。
「ねえ、私を見て」ーもうガン見するしかない。
「いまね、やっとのことでまっすぐ立ってるの。でもこれが限界。才能がわからない子、頑張っても結果が出ない子というのは、今の私の踏ん張った状態の子たちよ。苦しいけれど、歩けないの。あなたはそういう子たちをどうしたいと思うの?」
僕はパイプ椅子に座ったまま両手の拳を強くにぎりしめた。
少しだけ黙った。沈黙が流れた。
「僕は」思っていたより小さな声だった。自分の声だ。
「僕は、それでも立ち上がって歩くことを教えたいと思います」
ミキはため息をついた。
「私とは見解が違うわね。校長先生、教頭先生質問を終えます。ありがとうございました」
「あ、あ、ごめんね。もう面接終わりです」教頭先生が慌てて僕に優しく言った。
ーなんなんだ、この面接! ミキは一体僕の何が気に入らないんだ。くそっ!
パイプ椅子を蹴り倒したい気分だったが、ぐっとこらえた。
「面接の結果は、1月中旬に送ります」
「あの、僕…なんでもやるんで、本当になんでもやらせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします!!」
最後に大きなお辞儀をして、面接を後にした。
「もう、ミキのバカバカ!」僕は学生寮に戻り、自分の枕に悪態をついていた。
ネズミ人形がひょっこりと枕元に歩いてやってきた。
「ミキさんに会えて、おめでとう」手をつないできた。いつも温かい。僕は神様のおかげで孤独を感じることなくやってこれたんだなぁ。
「神様、おめでとうじゃないよ。ひどいんだよ、ミキは! わからずや」
「そりゃ、君がタクヤなんてわからないし。それにあそこでカズヤくん久しぶりなんて言えるわけ無いでしょう」
「そうだけどさ、それにしてもひどいよ。努力しても報われない子はどうしたらいいのかって。そんなの知らないよ!」
僕は枕に顔をうずめた。
「カズヤくん、それはないんじゃない?」
「えっ?」
「努力しても人間報われないことってあるだろう。君がまさにそうじゃないか」
「僕が? なんで? 僕は陸上で結果を出しているよ」
少しムッとしながら言い返した。
「そうじゃないだろう、君は忘れてしまったのかい。
タクヤだったんだよ」
「あ!」ーそうだ、一番大事なことを忘れていた。
「タクヤは、一生懸命生きたのに、努力したのに15歳で死んでしまったんだよ。
死んだらもう人生は終わりだから、それで完結だけれど。
でも、ミキさんの学校にいる子たちは、努力が報われなかったあとも、生き続けなければいけないんだ。その子たちに何を指導するのか。
その答えをミキさんは求めていたんじゃないかな」
「神様、今日はいつになく、熱く語るね」
「そりゃ、一番わかってほしいことだからさ。もう眠いからおやすみ」
ー神様が眠いのもやはり面白い。
でも、何を言ってももう面接は終わってしまった。
もうあとは結果発表を待つしかないわけで。知らない間に僕も眠りについた。
やっぱり慣れないことをした後はどっと疲れるものだ。
次は、箱根駅伝に向けて切り替えないと。
僕は、区間賞をとって総合優勝をするのだ。
この駅伝が、思いもよらない事態になることをまだ僕は想像だにしていなかった。
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