第46話 採用試験

2014年12月8日。富国女子高等学校の面接試験の日がとうとうやってきた。筆記は無事に通過した。


「カズヤくん、筆記だけは、筆記だけは、ぜーったいに受かってね! これだけはコネは使えないからね」とトオルさんに念をおされていたので、筆記試験合格通知が来た時、ほっと胸をなでおろした。



ああ、やっとここまで来た。23年かかった。僕は22歳、ミキは38歳。

客観的に見るとアラフォーのオバサンを大学生が追いかけていることになる。


でも僕は前世の記憶があるかぎり、ミキとは同い年のつもりだ。


ー2ヶ月前、僕は大学生活最後の出雲駅伝で区間賞をとった。箱根のレギュラーも決まった。部活動に打ち込む姿を猛烈にPRできるチャンスだ。

 それに、なんといっても僕には身内のトオルさんがいる。トオルさんが校長先生に口添えをしてくれているし、コネクションも十分だ。


 すでに、東京都教職員採用試験は無事に合格をしている。駅伝の経験がかなり評価された。今の時代は、部活動の顧問をやりたい先生がほとんどいない。

「僕は、部活動にも力を入れたい」と必死でピーアールした。戦略的にも成功だったと思うが、本音だ。


 神様がよく言っていた。

「人間ひとりひとりに才能を贈っている。それが勉強の人もいればスポーツの人もいる。君は、駅伝を見つけられてよかったね」と。

それも、4歳の時にミキを追いかけるために鬼ごっこで特訓をしたときに開花した才能だ。努力して見つけたものじゃない。人間はそうやって運命的に才能と出会っていくのだ。僕は生まれ変わってそれを知った。


「山本カズヤさん、どうぞお入りください」

「はい」僕は、ドアの前に並んでいたパイプ椅子からスーッと立ち上がった。


ーああ、出雲駅伝よりも緊張する。駅伝なら少し失敗してもまた盛り返す時間はある。面接はわずか数分だ。短距離走なのだ。


ドアをノックし、「どうぞ」の声が内側から聞こえるのを確認した。

ドアを開いた。目の前5メートル先に1つだけパイプ椅子が置かれていた。


その向かいに長机があり、3人の教師が並んでいる。

「あ!」僕は思わず声を出してしまった。

ミキもびっくりした顔をしている。タクヤと瓜二つの出で立ちになってしまっているからだろう。でも、願書に写真を載せていたからびっくりするのはおかしいんだけれど。


校長、教頭と書かれた名札の隣にもう1つの名札が…ミキがいる!

ート、トオルさん聞いてないよ〜!


一気に緊張が高まってきた。声帯が固まっていくような息苦しさを覚えた。

「お座りください」とミキが言った。


ミキは辻元清美のようなベリーショートカットに髪をばっさりと切っていて、モスグリーンのパンツスーツを着ている。もう、あの頃のようにミニスカートを履くこともないのだろうか。


テレビで見るよりもすっきりと痩せていた。顔はほとんど変わっていない。でも苦労があったのか、やはり目じわやほうれい線は年齢を隠せない。

テレビでわかっていたんだけれども…。明らかに僕の時の流れ方とはちがうのだ。


最初に口を開いたのは教頭先生だった。

「君は確か10月の出雲駅伝で優勝して、区間賞をとったんだってね」

「はい、そうです」

「すごいなぁ。こんな先生が来たら、みんな喜ぶだろうな」

「ありがとうございます!」緊張しすぎて思わず、大きな声が出た。

ー幸先はよさそうだ。


そして校長先生からの質問も来た。

「君はすでに都の教員採用試験に合格しているんだよね」

「はい、おかげさまで」

「都の方が給与条件も良いかと思うんだけれども、なぜここを受験したのかな?」

ー大丈夫、この答えもちゃんと準備をしてきている。


「それは、こちらの学校の方針です。勉強が出来なかったとしても他に才能があるなら、それを開花して育てようという理念に惹かれました。


 僕は高校受験までは必死で勉強をしました。でもどんなに猛勉強をしても、上には上がいました。これが僕の学習についての限界かなと確信したんです。一方陸上はやればやるほど伸びました。僕は勉強よりも陸上のほうに才能があったんです。そういったものを家族も学校もみんな認めてくれて支えてくれて、ここまで22年間生きてきました。」


校長先生もニコニコしている。

「ほお、君もわが校の生徒と同じだということだね」

「はい、そうです」

ーよし、ここまで順調に来ているぞ。


「ちょっと待ってください」ミキが手をあげた。

「山本くん」

「はい!」また、大きな声が出ている。もう喉もカラカラでボリュームをコントロール出来ない。


ああ、23年ぶりの会話だ。こんなカタチでも同じ空間で話が出来るなんて。

しかし、次の瞬間とんでもない展開が待っていたのだ。

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