第43話 岩井さんとの再会

2014年7月28日9時50分。その日、僕は銀座にいた。

ふっとスクランブル交差点の向こう側を眺めた。ミキと初デートをした時からもう23年も経ったんだ。電光掲示板は、あの頃と違って映画のスクリーンのようだ。ZARAやアーティストの姿がめまぐるしく変わる。


「カズヤ、やっほー!」脳天気にハルナが手を降っている。ポニーテールに真っ黒のオフショルダーから鎖骨がくっきりと出ており、白のパンツに、真っ黒のピンヒールのサンダルを履いている。

 またもや、僕は芸能人と渋谷で待ち合わせをしているのだと思い知らされる。

となりの男性が軽く会釈をしている。間違いない。岩井さんだ。

落ち着いたグレーのスーツを上品に着こなすダンディなオジサンになっていた。


「タクヤくんとそっくりだね」

岩井さんは驚きを隠せない様子だった。

「まあ、兄弟ですから」とにこにこと受け答えをした。ここで気まずい空気を出せば、相手は心を閉ざしてしまう。ただでさえ、「離婚後何をしていたのか」というこみいったことに踏み込むのだから。


「今日はスタバは混んでいそうだから、楽天カフェに行こう。オープンしたばっかりだけど、駅から離れているから意外と穴場なんだよね」

岩井さんは、そう言って、公園通りへと僕たちを案内していった。


たしかに、カフェは空いていた。デザートはショーケースから選ぶのだが、そのデザートがすごい。何ヶ月も予約待ちのチーズケーキやプリンがずらりと並んでいる。


僕たちは、思い思いにデザートと飲み物を注文した。


中央にある吹き抜けの階段をあがると、広い席がたくさんある。ここならプライバシー性を保てそうだ。


「ここ、本当にいいよねぇ」ハルナがはしゃいでいる。初めて来た様子だ。

「岩井さん、素敵なカフェに連れて来てくださってありがとうございます」

「ああ、おかわりもしていいからね」

23年前と同じように、岩井さんにごちそうになった。


「君がまさか、あんなに小さかったカズヤくんだったなんて。僕も年をとるはずだよ」と、岩井さんがふふふと笑った。

「岩井サン、単刀直入にお聞きします。」ー僕はつばをゴクリと飲んだ。

「どうしてミキのお母さんと離婚したんですか」

「ああ」


岩井さんが天井をみあげた。

「本当に直球だね」

「はい」

「そうだね。僕の借金が膨れ上がりすぎたから家族に迷惑をかけたくなかったのがきっかけだったかな」

「えっと…どれぐらいあったんですか、借金」

「3000万円ぐらいかな」

「え、そんなに!」

ー昔は個人にそんなお金を貸したりとかしていたんだな。


「まあ、自己破産したけどね。僕よりもお金を貸した人のほうが迷惑がかかったね。その中には元妻もいたね。彼女も僕に300万円ほど投資をしていたから。そういう意味では結局家族に迷惑がかかっちゃったんだけどね」

「じゃあ、お金が原因で別れたんですね」

「いや、それはきっかけであって、直接の原因ではないね」

「一体何だったんですか?」

「マネージャーの離婚原因なんて聞いたことなかったわ。私も聞きたい」

ハルナも、前のめりになった。


「僕の浮気、かな」

「ええ! 借金に浮気って最悪!」とハルナが岩井さんをパンチしたふりをした。

「絶対ダメな相手と浮気をしているところを見られてしまったんだ」

「そもそも誰であっても浮気は絶対にだめでしょう。見られたって…もうやばすぎ」

ハルナは怒っている。


「僕は本当に罪深いことをした。僕があんなことをしなければ、今でも妻とミキとは一緒に笑い合って暮らせたかもしれないね」


岩井さんは遠い目をしていた。本当に悪そうにしているから、憎みきれない。

これがこの人の人徳というか、得するところだな。


自己破産後、元にいた芸能事務所にもう一度拾ってもらって今は、こうしてまたマネージャー業をしているということがわかった。


「じゃあ、マネージャー、ここから私たちデートしてくるね」

「写真、撮られるなよ」そう言って、あっさりと岩井さんは姿を消した。

あの頃の岩井さんは若々しいお兄さんだったけど、いまや50歳は超えているであろう岩井さんがずっとついて来ている方がかえって目立つもんな。


ハルナは、僕の手を引いた。

「ハルナ、ありがとうね」僕は照れくさくなってそっと手を離しながら言った。

「いいわよ、でも私のお願いも聞いてくれる?」今度はハルナが腕をからませてきた。

「うん、僕の出来る範囲のことならば」

「できるかな〜、うーん」ハルナはいたずらっ子のように見ている。

「しばらく歩こう」彼女がそう提案した。僕は承諾をした。


もう夕方になっていた。夜になったらトオルさんからミキのことを聞かなければいけない。僕の気持ちはそぞろになっていた。


「えい、もう言うわ」

「なになに」僕たちはスクランブル交差点の真ん中にいた。

「今から、私を抱いてよ」

「えっ」


これは、22歳の童貞の僕に訪れた23年ぶりの出来事だった。




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