第40話 トオルとミキ

「あなた、いったいこれどういうことなの?」

メグミは調査報告書の後半のページをたたきつけた。

トオルさんは僕の部屋で猫背になりながら、正座をしている。


「ちがうんだ、メグミ。これは本当に誤解なんだ」

「何が誤解よ! 週に2回も3回もミキさんの家にあがってるじゃないのよ!」

「たしかに、僕はミキさんの家に行っている。でも何にもないんだ」

「ちゃんと説明して!」

「わかった、説明するから、話を聞いてくれ」


「メグミ姉さん、話をちゃんと聞こう」僕はメグミを落ち着かせた。


トオルさんは話し始めた。

「実は、ミキさんが最近帰り道で人につけられているらしいんだ。それで、怖いから一緒に帰って欲しいって頼まれていたんだよ」

「そんなの警察に言えばいいじゃない!」

「言ってるさ。でも事件性がないと動けないっていうことだったんだよ。あまりにも不安そうにしているから、僕は一緒に帰ることにしたんだ」

「あなた、仮にももともと付き合っていたんでしょう。そういう関係だったんでしょう」

「まあ、そうだけど」


メグミはすっかりカンカンだ。それも無理はない。もともと男女の関係にあった二人が毎日いっしょに帰っているんだから。


「僕もさ、最初は一緒に帰るのははばかられて、30メートルぐらい距離をあけて歩いていたんだ。その時に、とんでもないことが起こったんだ。それでこれはいけないと思って、一緒にピタッとくっついて帰ることにしたんだ」

「なによ、とんでもないことって」

「マンションの上から花瓶がふってきたんだ」

「えっ」


その花瓶はミキの足元で木っ端微塵になったという。

「それだけじゃない。『これもう3回めなの』っていうんだよ。まだ当たっていないからいいけれどこんなの当たったら死んじゃうよ。

 これはダメだと思って、僕は一緒に帰ることにしたんだ」


トオルさんは本当に人がいい。そんな危険なところを見たら逃げ出してしまう男性の方がほとんどだろう。さすが、我が家の大黒柱に入っただけある。


「じゃあ、部屋にはなんで入ってるのよ」

「あ、それは…。誰も居ないはずのミキさんの家から音がするときがあるんだ」

「ええ!」

「誰かが侵入している感じが確かにあるんだ。警察をその度に呼んでいるよ」


よく見ると、調査報告書に、「トオルさんが部屋に入った日は警察も出動」と書かれている。部屋に入っているインパクトがすごすぎて、ふたりとも見落としていた。


「不思議な事に、警察にみてもらっても誰かが侵入した形跡が全く無いんだよ。ああ、信じてもらえるかなこれで」


「うーん、たしかに矛盾はないんだけど」

メグミは腕組みをした。そしてしばらくうつむいて考えていた。


「あ!」

「なになに?」

「私、あなたのこと信じてあげる」

「本当?」

「でも、私から一つお願いがあるの」

メグミはトオルさんにいたずらっ子のような顔を見せた。

こんな風に夫婦として時を過ごしているんだなぁと僕は二人をうらやましく思った。


「あの、その犯人なのかわからないんだけれど、怪しい人が3人いるわ」

「え、なになに?」


メグミは、22年前の話をひととおりトオルさんに話をした。

「そうか、ミキさんはその時に顔と右足の傷を負ったんだね」

「え、それも知らなかったの?」

「うん、聞いたらだめかなと思って」

そうかトオルさんは、過去のミキのことは何も知らなかったのか。


「私が思うに、ミキさんはまた命を狙われているんじゃないかなって」

「なるほど、22年前の事件と今のこの出来事が結びついているかもしれないってことか」

「そのとおり!」

メグミはぱちぱちと手をたたいた。


「でね、私たち、実は、3人ほどタクヤとミキさんの命を狙う動機を持った人間を絞り出していたの」

「私たちって?」

「あ、うそ。私、私」

ーメグミ、心臓に悪すぎる。22歳の僕が絞り出していたらおかしいから…。


「3人の近況を調査事務所を使って調べたいの。トオル、お願い!」

「うーん、どれぐらいかかるかわからないけれど、命には変えられないよな。

 もしかしたら、その中に犯人がいるかもしれないもんな…。

 わかった、いいよ」

「やった!」


こうして、僕たちはもう一人の協力者をゲットすることが出来た。

一体誰がミキの命を狙っているのだろうか。




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