第39話 調査報告書

僕たちは、調査報告書の表紙を開いた。

ミキの人生を無断でのぞき見をしているようでズキンとした。でも、どうしても僕は知っておきたい。この会えなかった22年の間、ミキがどんな人生を送っていたのか。神様、どうか僕のこの心をお許し下さい。


「別に悪いことをしていないから、気にすることないよ」とネズミが言った。

ーそうだ、こいつは神様だった。あまりにも何もしてくれなさすぎて、時々忘れてしまう。


報告書の1ページ目には次のように書かれていた。

『牧村ミキに関する経歴報告

1992年1月15日 帽子を深くかぶったブラウンのロングコートを着た男に正面から腹でさされる。意識不明の重体。

1992年5月3日 意識が回復する。後遺症として顔の傷と右足の麻痺が残る

1993年4月 日比谷高校入学

1995年12月 義父の毛皮販売会社が倒産、母親が離婚し、牧村姓にもどる

1996年1月 おにぎり製造工場で深夜バイト勤務開始(〜2000年3月まで)

1997年4月 日本大学通信学部入学

2001年3月 同大学卒業後、一人暮らしを始める

2001年4月 私立富国女子高等学校で強弁をとり、現在に至る』



「なんか、ミキ姉ちゃんの人生が想像以上に壮絶だわ」とメグミは呆然としていた。

ーミキはおにぎり工場で深夜働いていたんだ。一番つらい時期に、何もしてあげられなかった。こんな姿、僕たちに見せたくなかっただろうな。そこからよく高校の先生にまでなったなぁ。


色々なことが僕の頭をかけめぐった。僕も富国女子高等学校で英語の先生を目指している。今年は英語教諭の募集がある。本当に僕は運がいい。


「次のページも見ようか」とメグミはページをめくった。


『牧村ミキの近況報告ー異性調査についてー』と書かれていた。

「お兄ちゃんは絶対に知りたいと思ったから頼んどいたわよ」

「あ、ありがとう」


そうだな。恋人がいるかもしれない。もうミキだって37歳だ。結婚していても全くおかしくないし。


「えええええ!」メグミが大きな声で叫んだ。

「ちょっと、ちょっと」と勝手に一人でページをめくりまくっている。

「メグミ、ちょっと待って」

「お兄ちゃん、かなりヤバ過ぎる・・・」


一体何なんだと思ってページを見てみると…。

密会相手は、なんとトオルさんだったのだ。


「柴田トオルとは月曜日から金曜日までほぼ毎日一緒に帰っている。

 週に2−3回は外食をし、每日ミキの家まで送り届けている」

と書かれていて、束のようにミキとトオルさんのツーショット写真が報告書に印刷されていたのだ。


「そういえば、最近どおりで帰りが遅いと思っていたら。ああ、こんなことに」

ートオルさんはもともとミキの元カノであり、別れた今も一緒に働いている。メグミはそのへんおおらかだったため、何もトラブルにはならなかった。


「おいおい、早とちりするなよ。密会とは書いてあるけれども、外食しているだけだろ」

「ううん、それだけじゃないみたい…」


さらにページを進めていくと、ミキの家に入っていく写真が何枚も入っていた。

出て行く写真もある。その写真たちに時間が書かれている。

だいたい、1時間ほどの滞在のようだ。


「1時間で何が出来るんだよ」と僕はメグミを安心させようとした。

「1時間あったら何でも出来るわよ!」と切り返された。

ーそうだな、1時間あれば十分だな。


「これは、トオルさんにちゃんと説明してもらわないとダメよ!」

調査報告書の趣旨と違う方向に急展開しはじめている。


僕の元恋人と、メグミの夫が密会しているなんて…。



その日の22時。「ただいまぁ〜」と脳天気な声を出しながらトオルさんが帰ってきた。メグミは僕の部屋からすっと立ち上がり、ドンドンと階段をかけおりた。


ああ、修羅場がこれから始まりそうだ…。


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