第36話 交渉

僕は、ノートに今の自分の状況を書きだした。


・学費を自分で捻出、もしくは奨学金。

・英語の教員免許をとる

・箱根駅伝に出る

3つの条件を満たすような大学をこれから選ばなければいけない。


今まで自分で何でも考えすぎていた。誰に助けを求めるべきか。


やはり、担任の先生になるか。

とうことで、野上先生のところへ話を持っていくことにした。


「おい、学費を親が負担できないって…。こんな条件満たす大学ないぞ。

 それにスポーツ推薦の時期も終わったしな」

「ですよね」


ダメ元だったけれども、やっぱりダメだったな。

他に誰に助けを求めたらいいんだろう。

そう考えながら、席を立った時、先生が「ちょっと待て」と呼び止めた。


「そういえば、東洋大学の陸上部から最近、電話かかってきてたぞ。今年は目玉の選手を確保できなかったらしいし、慌てているみたいだった」

「先生、東洋大学とコンタクトを取ってもらえないでしょうか」

ーダメ元が功を奏した。


僕は、1週間後、担任とともに東洋大学へ行くことになった。

「いいか、向こうは選手がとれなくて焦っているんだ。君みたいな全国高校駅伝で区間賞をとる選手は、先方からすれば、喉から手がでるぐらいに欲しいはずだ。今だったら、英語の教員免許取得についても条件を飲んでくれるかもしれない」

「先生、ありがとうございます。もし、教員免許取得できなくても、僕は東洋大学に決めます」


 メグミから、大学を卒業してからでも通信制大学で教員免許を取得できることを教えてもらった。今は、特待生として寮生活を送りながら学費免除をしてもらえる待遇のほうが優先順位が高い。


「どうぞお入りください」と通されたのはなんと、学長室だった。

賞状がたくさん飾られていて、黒革の重厚なソファーがどっしりと置かれている。

そして、学長らしき人と、陸上部の監督が入ってきた。


「山本くん、うちの陸上部に入ってくれるんだってね」

監督は、50歳前後で目が大きく、黒髪がふさふさとした若々しい長身の男性だ。

「はい、ぜひそうさせてもらえたら」と。

「で、野上先生から聴いたのだけれど、君教職とりたいんだってね」

「はい、英語の教員免許取得を目指したいと」

「やっぱり本当だったのか」


監督は、大きくため息をついた。

「君、教育実習と遠征がかぶったりしたら教員免許をとれなくなる可能性もあるけど、そのへん大丈夫かな」

「あの、覚悟しております。その場合は遠征を優先します。大学を卒業してから、通信制で残りの単位の取得や教育実習も考えています」

「そうか」

監督は、少し安心した顔をしていた。


そこで話が終わりかなと思ったら学長が言った。

「なんで英語の先生なんかそもそもやりたいの? 陸上だったら体育の教員免許のほうがはるかに取りやすいと思うのだけれど」

ーしまった、その答えを用意していなかった。ああ、ミキと再会したいからなんて言ったら、あたまおかしいと思われる。


そこで返答に困っていると、突然野上先生が答えた。

「山本は、生きた英語を生徒たちに教えたいのだそうです。違った道を極めた人生経験を英語で表現することで、少しでも多くの生徒に英語に関心を持ってもらえたらと思っているそうです」

なにそれ、全然そんなこと言ったことも考えたこともないんだけれど。

野上先生が僕に目配せをした。


「あ、そうですそうです。僕は学校の中で終わらせる英語ではなくて、飛び出す英語みたいなことをやってみたいので」

と、意味不明なことを情熱的に話した。


「なるほど! それは面白いな。一応試験を受けてもらうことになるが、特待生として君を迎えよう。教員養成課程での受験も認める」


やった! 寮生活に学費免除の獲得だ!

これで家族に負担をかけずに、大学生活を送ることが出来る。


僕たちは、ルンルンで大学を後にした。

野上先生は、「おまえ、本当になんで英語やりたいんだ」

「秘密です」とだけ答えた。


試験は、1週間後に特別に行われることになった。


そして、2010年10月31日、東洋大学の合格通知が家に送られてきた。



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