第34話 メグミの助け

頭を床にこすりつけたまま動かない父の目の前を何も言わないまま通り過ぎた。

怒りはほとんどなかった。だって、44歳で無理に僕をもう一度生き返らせてくれたんだから。父がいなければ、今の僕はいない。

でも、悲しみはおさえられない。むしろ怒るべきは・・・。

僕は、ドンドンと音をたてながら、二階の階段をのぼり自分の部屋にドアをバン!と開いた。


「神様! なんでだよ! どうして僕のじゃまをするんだよ!」

椅子の上でくつろいでいたネズミ人形をゆさぶった。

「タクヤくん、やめてぇ〜」

「こうなることわかってたんだろ。なのになんで僕が駅伝を続けることを止めなかったんだよ。全部水の泡じゃねーか!」


ネズミ人形はあわてて僕の手をすりぬけて、すちゃっと学習机の上に立った。

「タクヤくん」

「なんだよ」

「タクヤくんはね、根本的に少し間違っているところがあるよ」

「何言ってるの? 間違っているのは神様のほうだろ」

「ねえ、もうミキさんの場所がわかったんでしょう。なんで会いに行かないの?」

「だって、ただの高校生が会いに行ったって恋が芽生えるわけないじゃん」

「まあ、そうだな」


ー認めるのかよ!


「神様、僕はさ、一人前になった姿でミキの前に立ちたいんだ。歳の差16歳だぜ? ただのガキのままでミキの心をつかめるとは思えない。だからこれまでずっと一つでもいいから極めたいと思って勉強も陸上も頑張ってきたんだよ」

「そうだね、君は本当によく頑張ってきた。でもね」


ネズミ人形が静かにいった。

「全部自分の努力だけで乗り越えようとしているよね」

「なんだよ、それの何が悪いんだよ」

「努力だけでなんとかなるっていう考えはね、とても自己中心的なんだよ」

「はぁ?」


僕の頭は混乱した。16歳の歳の差になってしまったミキともう一度恋愛をするのに努力無くしてどうしろというのか。


と、そのときメグミがいきなり部屋に入ってきた。

「お兄ちゃん!」

「な、なんだ」

「私さ、覚悟を決めたから。お兄ちゃんは夢を捨てないで。私がどうにかするから」


すると、メグミがポケットからiPhoneを取り出した。

そして、僕の部屋で電話を始めた。


「あ、トオルくん。ごめんちょっと時間ある?」

どうやら、彼氏に電話をしているようだ。

「あの話、受けるわ。あ、そうそう結婚する」

「は?」僕が声を出しそうになったところを、ネズミの手が口をふさいだ。


「ただ、うちねお父さんが詐欺事件になって無一文になっちゃったの。結婚しても私が働いて家を支えてもいいかな?」

すると、メグミが「ふんふん」と聞いている。そして涙を流し始めた。


「本当にありがとう。愛してる。本当に」

と何度も何度も頭を下げながら、電話を切った。


そして、こちらを笑顔で見た。

「お兄ちゃん、商談成立したわ。トオルくん、一緒にうちに住んでくれるんだって。それで一緒に家を支えていこうって」

「ええ!?」

「実は、1ヶ月前にプロポーズされていたんだけど、まだ付き合って3ヶ月も経ってないからね。どうしようかなって思っていた。多分ここがね、年貢の納め時。もうね私も32歳だしね。

 それに、トオルくんなら、多分私のことを助けようとするだろうって。多分そういう人だって思っていたけど、そのとおりだった。トオルくんも泣いてた。あの人、本当に泣き上戸ね。

 お兄ちゃん、生活はなんとかしたから、あとはがんばって」


メグミが僕を抱きしめた。

「お兄ちゃん、なんでも自分で頑張らなくていいからね。困ったら助けを求めて。私たちたった一人の兄妹だから」


僕はオンオンと泣いた。


ネズミ人形が言った。

「僕が人間をたくさんつくったのは、助けあってつながるためなんだ。だから自分でなんとか出来ないことを用意しているんだ。つらい思いをさせてごめんね」


「神様、全部が全部納得出来ない。でも、僕がこれから何をすべきなのかが少し見えてきたよ」


その日、僕は眠れなかった。


ミキと一緒に働きたい。一人ひとりの子どもたちにガチンコで向き合い、良い所を引き出し輝かせていくそんな生き方を僕もしてみたい。


今の自分の学力で入ることが出来て、なおかつ奨学金ももらえる教員免許がとれる大学を探さなければ。その場合は駅伝は諦めなければいけないか。


神様が布団の中に入ってきた。

「カズヤくん、全部自分で問題解決をするんじゃないよ。

君はね今までも努力だけではなくて、たくさんの人に助けられて生きてきたんだ。自分の努力だけでやってきたわけじゃないんだ。どんなに生まれ変わって知恵があったとしても赤ちゃんから一人で生きることは出来なかっただろ」

「言われてみれば、そうだね。両親が44歳で僕を生む覚悟をしてくれたところから、僕は助けられて生かされてきたね」


神様は僕の頭をなでた。

「そう。これまでは何も助けを求めなくてもやってもらえたよね。でも、もう大人になるってことはそれが当たり前ではなくなる。

 助けを求めなければ、助けてもらえなくなるんだ。つまり頭を下げなければいけない。それは、めんどくさかったり、いやなことかもしれない。

 でも、君の人生は君が思っている以上に、開けるはずだ。」


そうか。大人になるというのは、自分で何でも出来るようになることではなくて、人に助けをお願いできるようになることなのかもしれない。














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