第31話 プロフェッショナル
文化祭が終わってからも、僕とハルナの友人関係は続いた。帰る方向が一緒だったということもあったが、それだけじゃない。もっとこの子と話をしてみたい。そんな気持ちが日を増すごとに強くなっていった。
「カズヤくんは、どこに大学に行くの?」
ハルナは、まもなくやってくる急カーブに備えて、つり革をギュッと握った。
「うーんと、まだ完全に決めたわけじゃないけど、ほぼ早稲田かなって感じ」
急カーブがきた。ハルナのスカートに不可抗力であたる。それだけでドキドキする。
「いいなぁ、早稲田にスポーツ推薦で行けるなんて。私も早稲田狙っているんだよね」
「え、そうなんだ!」
僕はキラキラと目を輝かせた。大学もハルナと一緒なら嬉しい。
「文化構想学部に入りたいの。日本だけじゃなくて海外の演劇についても勉強したくて」
「へえ、やっぱり演劇の道に進みたいんだね」
「うん」
ハルナはキラキラとした目で満面の笑みを浮かべた。都会の殺風景なビル街をも呑み込むような輝きを放っている。
そして、彼女が小指を出してきた。
「お互いがお互いの夢をしっかりと叶えていきたいね。一緒に早稲田に行こうね」
「おう」
僕は、大胆にも電車の中で彼女の小指に自分の小指をからめた。
そのまま、電車は僕たちを運んでいった。
「ああ、ハルナはカッコいいなあ。あんなに若いのに自分の道を自分の努力で切り開いていこうとしているなんて」
僕は、かつてタクヤの部屋であった自分の部屋に戻り、カバンにつけていたネズミ人形に話しかけた。
「ねえ、前から思っていたんだけど」
神様が突然神妙な面持ちで話しかけてきた。
「今の君は全くもって目的と行動がバラバラだ」
そう言って、ネズミはカバンからはなれ、僕の目の前に立った。
「君が駅伝を続ける目的はそもそもなんだった?」
「それは…箱根駅伝でテレビに出て、ミキに僕を見つけてもらうためだよ」
ーそう。僕はこのカズヤという人生になってからの18年間。ミキを探し続けている。でもどうやっても見つからない。だから自分の才能を開花させて、世間の注目を集めようと考えた。
ピアノをやったり、ギターをやったり、水泳をやったり色々試した結果、長距離走が一番自分にしっくりきた。それで、每日走り続け、ここまできた。
箱根駅伝を見たミキが、「おめでとう」と連絡をとってきてくれるかもしれない。僕も僕で、探してもらえるだけの存在になろうと頑張ってきたのだ。
「でも、君はいま、別の人のことを想っているよね」
「うっ」
ーとぼけても無駄だ。相手は神様だ。今日の指切りだってカバンから丸見えだ。
「はっきり言うよ。ミキちゃんいま一体何歳だと思ってる? メグミちゃんでさえもう30歳はとうに超えてしまったんだよ」
「…34歳だね」
神様は、「はぁ」と小さくため息をついた。
「君から見たら立派なおばさんじゃないか。それに彼女からみたって君はただの死んだ元カレの弟にすぎないだろう。少なくともただの子どもだ。18歳だからギリギリ犯罪にはならないけれど。
正直、見つけたとしても、絶望的だと思わない?」
「そりゃ、そうかもしれないけど…。まだ見つけてもいないし、わからないじゃないか」
そんなこといわれなくたってわかっているのに。なんでこんなことを今…。
「もうさ、ミキちゃんのことを忘れたらどうなの?」
「え」僕は、目を大きく見開いて、ネズミの顔を見た。
よく見ると、あちこちつぎはぎを続けてきたせいか、みずぼらしく年季が入っている。
「君は、誰かに『僕の前世はタクヤだ』と一言いっちゃえばミキさんのことなんてさっぱり忘れられるんだよ。完全にカズヤとして生きて、ハルナちゃんと付き合ったらいいじゃないか。せっかくの青春時代だよ。
会えもしない人のために、こんな18年も費やす必要があるのか」
ー僕は何も言い返せなかった。
たしかに、いつ会えるかわからないミキのために、恋愛をずっと封印してきた。ミキだけを見つめようとしてきた。
陸上の才能のおかげなのか、数えきれないぐらいの可愛い女の子たちからもアプローチを受け続けてきた。それでも、僕は遊ぶこともなく、付き合うこともなくここまできた。
初めて、心がトキメクような女の子にも出会った。多分恋もしている。
でも、ブレーキを踏んでしまうのは、ミキがいるからだ。
でも、ミキが好きだったのは今の僕ではなく、死んだ僕、タクヤなのだ。
出会ったとしても報われない可能性も高いのではないか。
というか、ここまでなんの手がかりもなく出会えていないのだ。一生出会えない可能性だってある。
だとしたら、このカズヤの人生は。あまりにも不甲斐なさすぎるのではないか。
ネズミ人形は言った。
「前世がタクヤくんだって言ったところで誰も信じないし、その瞬間前世の記憶も僕の記憶も全部忘れちゃうし、ただの笑い話になるだけだよ。何が一番シアワセなのかよく考えてみて。いまはもうそんな時期に来ていると思う」
すると、ドタバタと下から階段を上る音が大きくなってきた。
「ちょちょちょちょっと。お兄ちゃん。ヤバイことになってる!」
「突然、なんなんだよ」
「あのさ、テレビにミキ姉ちゃんが出てる。リビングに来て」
ええ!? 我を忘れて階段を駆け下りた。
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