第30話 ハルナの秘密
「はい、カズヤくんタオル」
3人のマネージャーが僕にタオルを持ってきた。3枚も要らない。
「あ、自分のでふくから大丈夫」
「相変わらず、カズヤはモテるよな」と男子部員たちはうらやましそうにしていた。
僕は身長は168センチ。決して大きな方ではない。顔はタクヤそっくりで別にそのへんにいる顔だ。
ただ、他の男子たちと違うのは、人生経験だ。僕は今年18歳だけれど、よけいに15年生きている。33歳である。2回も中学生までやっているのだから、そりゃ女の子たちが何をしたら喜ぶのかもわかる。どうしたらいじめられるのかだっていうこともわかる。そりゃ、世渡りだってうまくなる。
さらに努力をすれば才能が磨かれることもかけっこでわかった。生まれ変わることは悪いことばかりではない。
「よし、今日も図書館よって帰るか。今日は文春の発売日だな」
ネズミ人形をくくりつけたカバンを持って、体育館の前を歩いている時のことだ。
一人の女の子が板をのこぎりで切っていた。それがハルナだった。
真っ黒になりながら、体操ジャージでずっとギーコギーコとやっているのだ。
「ちょっと、何やってるの?」
「ああ、いまね立て看板作ってるの。演劇部のやつね」
「一人で?」
「あ、うん…」
彼女はポリポリと頭をかいて、うつむいた。
僕は、カバンを置いた。
「手伝うよ。力仕事は男のほうが得意だよ」
「ーありがとう」
そこから、僕とハルナの大道具、小道具制作の突貫工事が始まった。
部活が終わったらハルナのところに行って一緒に色々なものを作った。
なんと、ドレスにフリルをつけることもやった。
彼女は、一つも嫌な顔をせず、「文化祭が楽しみだわ!」と笑顔だった。
僕は、「彼女はやりたいことを見つけて幸せなんだな」と脳天気に思っていた。その時の彼女の苦しみも理解せずに。
外でペンキで立て看板を仕上げていた時のこと。顧問の山田先生がやってきた。
「ハルナさん、本当に私のせいでごめんなさい。私がオーディションなんて言わなければ、こんな…」
山田先生はまだ2年目の若い教師だった。大学は演劇部だった。クラブ活動を盛り上げようとして、これまでの立候補制からオーディションでの選抜に配役の仕方を切り替えたのだ。
「先生、悪いのは先生じゃありません。それに先生に選んでもらえて嬉しかった」
「えっどういうこと?」
僕は、先生を見た。
「ハルナさんは、スカーレット・オハラ役をやることになっていたの。1日でセリフも全部覚えてきたのよ」
ハルナは、一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「先生、私小道具も大道具も大好きです。舞台がうまくいくようにベストを尽くします。だから私のことも応援してくださいね」
ーハルナはやりたいことをやっているわけではなかった。やるべきことをやっていた。いまみんなを幸せに出来る最大限のことを。
細くて綺麗だった手がだんだん傷だらけになって、日に焼けて…。
そのとき、ミキがゴミ箱から僕の筆箱を見つけてくれたことが頭に浮かんだ。
「ミキ」
「えっ」
「あ、ごめんごめん、なんでもない」
ハルナは「誰と間違えたんじゃ」と軽く突き飛ばした。
「ただいまー」僕は、靴をそろえた。
母の声がする。「おかえりなさーい。ちょうどご飯できたところよ」
気がついたら、午後7時を過ぎていた。外はまだ明るい。
「たっだいまー」と元気な声がする。メグミだ。
カンカン帽にセミロングの髪をおろし、花柄のマキシワンピで現れた。
若く見えるが、32歳。独身の実家ぐらしである。
「お兄ちゃんがミキ姉ちゃんを見つけるまでは安心して結婚なんて出来ない」なんて言っているけど、30過ぎて相手がいなかったら、さすがにお兄ちゃんも不安になるぞ。
「ああ、また今日も家でお遊戯の衣装つくらないといけないわ。しんど」
「幼稚園の先生も大変ね」
母がカレーライスをテーブルにコトリと置いた。
「いただきまーす」僕たち3人はご飯を食べ始めた。
最近父は、定時に帰ってこなかった。なんだかんだ色々忙しいらしい。
詳しいことは何も知らない。でも、父の口数がだんだん減っていることは気になっていた。
「お母さん、実はね…合コンの話きたの!」メグミは嬉しそうだ。
「あら、どんな人たちと?」母は、本当に頭が柔らかい。というか早く嫁に出したいのだろう。
「実はね…学校の先生なの! うしし!」
「学校の先生ってさ人気なんかないの?メグミ姉ちゃんみたいな年増、相手にしてくれるのかな。」
「こら、カズヤ! そんなこと言ったらこうしちゃうぞ!」
「あ!」
メグミは僕のカレーのお肉をごそっととってパクっと食べた。
表向きは、仲の良い姉と弟として振舞っている。
ーあとで覚えとけよ。
しかし、このメグミの合コンがミキとの再会の大きな手がかりになることは、この時誰も知らなかった。
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