第29話 紙ふぶき
2010年5月10日、僕は高校3年生になっていた。
高校は、ミキと同じ日比谷高校だ。同じ高校なら、情報が得られるかもしれない。学校全体に同窓会で出会える可能性だってある。死にものぐるいで勉強してこの高校にすべりこんだのだ。人間、努力すればたいていのことはどうにかなることをまた知ることとなった。
ーうわ、怖い。落ちたらどうするんだ、これ。
体育館の天井上にいた。四つん這いになって、下をのぞいた。
すると、その僕の上からパラパラと金色の紙ふぶきが落ちてきた。
それが、舞台下のほうにどんどん雪のように落ちていく。
「そうよ、タラに帰りましょう。帰ってから、レットを取り戻す方法を考えましょう。」
ブロンドの髪の毛をまとめた宝塚の衣装のようなドレスを着た女の子が右手をだんだんあげていく。
オーケストラの音楽がしだいに大音量になっていく。
「望みはあるわ、 また明日が来るんだもの」
ー「ちょっと、カズヤくんも早く!」同級生のハルナがけしかけた。
「ごめんごめん」
僕も隣に置いていたカゴに入った紙ふぶきをパラパラとまきはじめた。
すると、紙ふぶきはさらに綺麗に舞い上がり、舞台はキラキラと輝いた。
僕は、となりのハルナを見た。
髪の毛を黒いゴムで無造作にまとめ、緑色のジャージを着て、泥だらけ。
舞台に立つスカーレット・オハラとは対照的な出で立ちだった。
でも、キラキラとした笑顔で、両手から金色の輝きをあふれさせるその姿に、僕は「ドキン」とした。こんなことはもう10年以上ぶりだ。
メグミに前世のことがバレてからもう12年の月日が経ってしまった。
僕たちがまずやったこと。それはもう一度教会に行くことだった。ミキの手紙の住所を知るためだ。
しかし、封筒にも中の手紙にも住所は書かれていなかった。もちろん、電話番号も。そこで、消印を見た。消印は意外にも東京だった。
「お兄ちゃん、消印が東京だったとしても、東京に住んでいるとは限らないわよ。住所を知られないために、わざわざ東京で投函したかもしれないから」
メグミが19歳で、僕は4歳。なんだかお兄ちゃんと言われると奇妙な感じがあったが、しだいに違和感を感じなくなっていった。
インターネットでも探した。1996年にはYahoo!の検索エンジンがスタートした。僕たちは每日のように父のパソコンで、「岩井ミキ」や「Miki Iwai」など検索を続けた。
図書館にも每日のように通った。おいてある雑誌すべてをパラパラとめくった。新聞も見た。
ーしかし、何も手がかりは見つからなかった。ミキがどこにいるのか、何をしているのか全然わからないままだった。
「カズヤくん、ありがとう。おかげで舞台は大成功よ」
僕とハルナはハイタッチをした。
「ほんと、直前に無理言ってごめんね」
「いやいや、困ったときはお互い様だよ」
ハルナは演劇部だった。顧問の山田先生が、去年主役をした女の子に小道具係を命じたことがきっかけでクラブは分裂し、文化祭2週間前に3分の1がやめてしまったのだ。
それで、小道具係を手伝ってくれと頼まれたのだ。
「ハルナ、本当はスカーレット・オハラって君だったんだろう。山田先生が言っていたよ」
「うん」
ハルナは、小石を蹴っ飛ばした。
「私が主役をしなければ、みんなやめていなかったから。どこかで誰かが責任をとらないとね、おさまらないものなのよ」
ハルナは空を見上げた。自分よりも一番痛みを感じている人のことを考える。
本当に誰かにとても似ている。
「演劇なんて、高校卒業してもできるから。気にしない気にしない」
ハルナは伸びをした。
「ところでさ、カズヤくんは大学に行っても陸上続けるの?」
「うん、まあ…。スポーツ推薦も取れそうだし。続ける」
これこそ、僕がミキを見つけるための秘策だった。
ミキとの再会のためにおにごっこを特訓したことがきっかけで、長距離走が得意になったのだ。タクヤの時には全く気がつかなかった才能だ。
「僕が目立てば、ミキが見つけてくれるかもしれない」
そう思って、雨の日も風の日もずっと走り続けた。2年生のとき、全国高校駅伝で優勝を果たした。僕は区間新記録をとった。雑誌にも新聞にも載った。テレビにも出た。インタビューも受けた。
「ミキ、僕のことを見てるか」思いはそれだけしかなかった。
「好きです」「付き合ってください」と、何度も何度も女の子たちからも告白をされている。正直、今の僕はタクヤと変わらない。けれど、能力があるかないか、華やかか華やかじゃないかだけで、人生が違っているのだ。
努力をした結果モテたという考え方もあるだろうけれど、僕は違うと思う。
多くの人は目に見える魅力にしか惹かれない。タクヤの人生を送ったからこそ見えてしまう悲しい現実だ。
と、こじらせてしまった結果、僕は当然のごとく童貞なのである。
でも、ハルナは他の女の子と少しちがう。主役をやったほうが人の注目を集められるのに、舞台が成功するために裏方を選んでいる。紙ふぶきのことなんて、いま体育館から出てきたばかりの観客ですら記憶に残っていないだろう。
僕が紙ふぶき係を引き受けたのは、何も暇だったからではない。
1ヶ月前のことがきっかけだった。
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