第28話 記憶剥奪の危機
メグミは怒りと驚きが混じった顔をしていた。
「あんた、なんでここを知っているの?」
「えっと…」
メグミは運動靴を履いているため、もはやダッシュで逃げることは出来ない。いや、逃げられたとしても家にいつか帰らなければいけない。だからもういま逃げても意味がないのだ。
「あ、おみくじ引きに行こうと思ったら間違えてここに来ちゃったんだ」
「そうそう、神社と間違えて来ちゃったんだよ。あはは」
「あんた、そんな嘘、私に通用すると思っているの?」
ーだよね。無理だよね。
「ちょっと私とゆっくり話をしよう」
「わかった」
大丈夫。前世の記憶について言わなければいいんだ。それにそんな記憶持っているなんてさ、メグミだって想像もつかないはずだ。そんなのマンガや映画の中の話じゃないか。
トボトボと僕たちは、帰り道を歩いた。
「私ね、あんたがネズミ人形に話しかけている話、何度か聴いてるんだ」
「へ、へぇ」
ネズミ人形の手が少し濡れてきているのを感じる。
「話の内容までよくわからないけれど、ミキ姉ちゃんの話ばっかりしてるでしょう」
「え、そうだっけかな」
もう、とぼけ倒すしかない。
「言ってもわからない子は、こうするよ!」
突然、ミキがネズミ人形を取り上げた。そして、コンクリート塀めがけて叩きつけた。
「メグミ、あ、ちがったお姉ちゃん突然何するの!」
「アイタタタ!!」ネズミ人形が大きな声を出した。
「神様、大丈夫?」僕はネズミ人形にかけよった。
「大丈夫、大丈夫…いや、大丈夫じゃないよ」
メグミが、「ギャー!」と叫んだ。
「なんで、私が作った人形がしゃべってるのよ!?」
「カズヤくん、もういいよ」
ネズミ人形が泥を自分ではたいて、起き上がった。
「いかにも私が神様である」ネズミ人形が僕の肩の上に乗って仁王立ちをした。
「あの…とりあえず家に帰ろうか」
メグミは、完全にフリーズしていた。そりゃそうだ。自分が作ったタオルの人形がしゃべりだすんだもの。
「あ、そのまえにお母さんに電話するね」とピンクのPHSを取り出した。
「もしもし、お母さん。あ、カズヤいたよ。どこにって? ああ、神社にいた。おみくじ引いてたよ。え、お金持ってなかったって? 子どもだからおまけしてもらったみたいだよ」
なんか、めちゃくちゃだけれど、どうやらつじつまを合わせてくれているみたいだ。
僕たち3人は無言で家路についた。
そして、メグミの部屋で緊急会議が始まった。
神様は、まず僕に謝った。
「ごめんね、カズヤくん。私のせいでややこしいことになっちゃって」
「いや、もう仕方ないよ。で、僕の記憶はどうなるの?」
「これは私の不手際だから、セーフね」
「あー、よかった」ネズミ人形を抱きしめた。
「なーにーがよかったの! 全部私に話しなさい!」
メグミはめちゃくちゃ怒っている。神様と僕は一から全て説明をした。
「えー、カズヤ。あんたお兄ちゃんだったの!」
「しー! バレたら記憶がなくなるんだから気をつけて」
「あ、ごめんね」
ああ、僕の前世の秘密が露呈する危険性はかなり高まった気がする…。
「ねえ、お兄ちゃん」
ーうう、なんだかなつかしい響きだよ。嬉しい。
「私さ、ずっとお兄ちゃんとミキ姉ちゃんの事件のこと調べていたよ」
「そうなのか?」
「もちろん、父だって母だってやってると思う。でも、多分私や生まれ変わったお兄ちゃんに気をつかってその話題は避けてるんだよ。でも、この際だから話すよ。
これは、絶対に殺人事件だよ。警察もそう言ってる。それに犯人が同じ可能性がかなり高いんだって」
「へえ、そんなこと警察から聞いているんだね」
「こっそり聞いた話だけどね」
妹にバレたのは痛いけど、これから情報量が増えるのか。4歳のカラダでどうにかできるのは、かけっこぐらいしかない。本当に助かる。
「だとしたらさ、犯人はお兄ちゃんとミキさんの共通の知人ってことになるよね」
「まあ、そうだよな」
「なんか、心当たりある? お兄ちゃん、生きている時あんまり学校の話をしなかったからよくわからないんだよね。ほら、いじめられてたことも隠していたでしょう。お兄ちゃん死んでから、クラスメイトの人たちから色々聴いてびっくりしたよ」
ーいじめられていることを隠していたからな。家族に心配をかけたくない気持ちがここで裏目に出ているのだろうか。
僕は、考えうる犯人像を3人あげた。
一人は、中学校3年生の時の担任、金沢先生だ。
事なかれ主義で、有名だった。僕がいじめの話を打ち明けた時、本当にうっとうしい顔をしていた。「来年は最後の採用試験なのに」とつぶやいていたことを今も忘れられない。噂によると、僕のいじめがなぜか教育委員会に発覚して、次の年も採用試験を落ちたのだそうだ。年齢制限があるため、受験資格がなくなり、正教員の道を絶たれてしまったことは知っている。
もう一人は、ケンジだ。
あいつは、ミキのことが絶対に好きだった。イケメンでスポーツも勉強も出来た。でもミキは全然振り向ことはなかった。授業中もずっとミキのことを見ていたのも知っている。
ケンジの父は、不動産屋の社長だ。金持ちだったから殺人犯を雇ったなんてこともあるかもしれない。
最後の一人は、岩井さんだ。
岩井さんは、ミキの初めてのセックスの相手だ。よく考えるといつも一緒にいた。まんざらでもなかったところに、僕が現れた。嫉妬して、それが殺意に変わったなんてことがあってもおかしくない。
「うーん、この中だと、金沢先生がかなり怪しいかな」とメグミが言った。
「なんでそう思う? 僕は岩井さんかなって思ってるんだけど」
「だって、岩井さんだったとしたらミキ姉ちゃんが好きなわけでしょう。お兄ちゃんを殺すのはわかるけど、ミキ姉ちゃんを殺す理由は? お兄ちゃんが邪魔だから殺したとしたら、ミキ姉ちゃんを殺すのはおかしいよ」
「いや、僕もそう思ったんだけど、でも『もう誰かのものになったミキはいらない。死んで僕だけのものになってくれ』っていうのも殺人動機になるんじゃない」
「ああ、たしかにそうね」
神様だと、ここはだんまりだったから、一緒に深く話が出来る存在が現れたのは心強い。嫌なことばかりでない。
「メグミはなんで金沢先生って思ったの?」
「いや、素直にそうじゃない。だって誰かが教育委員会にチクったせいで最後の採用試験を受けられなかったってことでしょう。そのチクったやつミキ姉ちゃんだと思ったら殺意が湧くよね。
それに、そもそもいじめ事件でミキ姉ちゃんが騒ぎを起こさなければ、この問題も表面化していなかったんだし。いじめられていたお兄ちゃんも邪魔だし、それを明らかにしたミキ姉ちゃんも邪魔」
ケンジはさすがにないか、ということで、犯人は二人に絞った。
「でもさ、警察が取り調べをしてもさ、ふたりとも捕まらなかったんだよね」
「だよな、僕たちが思いつくことぐらい、警察も思いつくだろうね」
ネズミ人形は、いつものごとくまただんまりしている。
「何がともあれ、まず大事なことは、ミキさんを見つけることよ」
メグミが暗い空気を切るようにポンと手をたたいた。
そうだ、ミキを見つけよう。そして出会って、また…
恋をしよう。
しかし、日本中の通信大学からミキを探し当てるのは不可能だ。
でも、ボクには作戦があった。絶対にミキを探しだすための作戦が。
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